第二十二話 街道の 影に潜むは 何者ぞ
〜街道に潜む小さな影〜
城下町へと続く街道には、昼下がりの穏やかな風が吹いていた。
道の両脇には背の高い木々が並び、枝葉の隙間から差し込む陽光が、土の上に淡い影を落としている。
遠くからは荷車の車輪が地面を転がる音や、旅人たちの話し声が聞こえてくる。
しかし、その賑わいとは裏腹に、街道の一部にはどこか落ち着かない空気が漂っていた。
「……この辺りですね」
先頭を歩いていた緋月桜花が足を止めた。
腰には愛刀・桜蕾。
その隣には白峰こはくと白夜が並んでいる。
「商人さんが言ってたのって、この辺りだったよね?」
白夜が周囲を見回しながら尋ねた。
「はい。荷物を盗まれたという話があった場所から、それほど離れていないはずです」
桜花は街道の先へ視線を向けた。
前日に出会った商人と侍から聞いた話。
荷物を積んだ荷車が何者かに荒らされ、積み荷の一部がなくなっていたという。
それも一度だけではない。
複数の商人が同じような被害に遭っており、街道を通る者たちの間では不安が広がっていた。
「でも、盗まれた荷物って全部同じものじゃなかったんだよね?」
こはくが確認するように尋ねる。
「ええ。食料や衣類、工芸品など、種類は様々だったそうです。特定の品を狙っているというより、目についたものを持ち去っているようですね」
「ふ〜ん……。人間の盗人なら、売りやすいものとか高く売れるものを狙いそうだけどね」
白夜は腕を組んだ。
「そうですね。ですが、今のところ人間の仕業だと断定できる証拠はありません」
桜花はそう答えると、街道の脇へと歩み寄った。
そこには、荷車が通ったと思われる車輪の跡が残っている。
その近くには、踏み固められた土と、草がわずかに倒れた場所があった。
桜花は膝を折り、地面を確かめる。
「……何か見つかりましたか?」
こはくも隣にしゃがみ込んだ。
「こちらの草が倒れています。荷車の通った跡とは別のものですね」
「誰かが道から外れたのかな?」
「その可能性はあります。ただ、足跡は少し不自然です」
桜花は草の周囲を見つめた。
人間のものにしては小さい。
しかし、獣の足跡とも少し違う。
いくつかの跡が重なっており、誰かが同じ場所を何度も行き来したようにも見えた。
「……妖怪の仕業でしょうか」
こはくが小さく呟く。
「まだ分かりません。もう少し調べてみましょう」
桜花は立ち上がった。
すると、白夜が突然顔を上げた。
「……ん?」
「白夜、どうしました?」
「今、向こうから何か感じた」
白夜が街道脇の林を指差した。
木々の間は薄暗く、奥までは見通せない。
「妖気ですか?」
こはくが尋ねる。
「うん。ほんの少しだけどね。あっちから感じる」
白夜は耳をぴくりと動かし、林の奥を見つめていた。
桜花はその様子を確認すると、静かに頷いた。
「では、少し様子を見に行きましょう。何かいるとしても、むやみに刺激しないように」
三人は街道を外れ、林の中へと足を踏み入れた。
林の中は街道よりも静かだった。
木々が風を遮り、葉擦れの音だけが頭上から聞こえてくる。
桜花たちは周囲を警戒しながら、白夜が感じ取った妖気の方向へ進んでいった。
しばらく進むと、白夜が再び足を止める。
「この辺りだよ」
「近くにいるのですね」
こはくが声を潜めた。
「うん。けど、隠れてるみたい」
白夜は鼻を動かしながら周囲を探る。
そのときだった。
かさり、と。
茂みの奥から小さな音がした。
三人の視線が一斉にそちらへ向く。
「……誰かいるのですか?」
桜花が穏やかな声で問いかけた。
返事はない。
しかし、茂みの向こうで何かが動いた。
白夜が一歩前へ出る。
「隠れてないで出てきなよ。こっちは気づいてるんだから」
その言葉に反応したのか、茂みが大きく揺れた。
次の瞬間、小さな影が横へ飛び出す。
「待って!」
白夜が追いかけようとしたが、桜花が片手を上げて制した。
「白夜、待ってください。周囲にもいるかもしれません」
「でも、逃げちゃうよ!」
「大丈夫です。こはくさん、反対側をお願いします」
「分かりました」
こはくは頷き、林の反対側へ回り込む。
桜花と白夜も、逃げた影を追って進んだ。
やがて木々の間が少し開けた場所に出る。
そこには、いくつかの木箱が置かれていた。
箱の中には布や食料品らしきものが詰められている。
そして、その傍らに小さな影がいくつも動いていた。
狐だった。
それぞれ毛並みや大きさに違いはあるものの、どの狐からも妖気が感じられる。
中には人間の姿に近い形を取っているものもいたが、狐耳や尾だけでなく、全体的に獣の特徴が色濃く残っていた。
まだ幼い妖狐たちだった。
「……あれ?」
白夜が目を丸くする。
「妖狐……?」
こはくも少し驚いた様子で呟いた。
そう。
そこにいたのは、白夜と同じ妖狐だった。
妖狐たちは三人の姿を見ると、慌てて木箱の陰へ隠れた。
「見つかっちゃった!」
「どうするの?」
「早く逃げようよ!」
小さな声がいくつも聞こえてくる。
「あなたたちが、商人さんたちの荷物を盗んでいたのですか?」
桜花が尋ねた。
妖狐たちは互いに顔を見合わせる。
しかし、誰も答えようとはしなかった。
「ねえ、何でこんなことしてるの?」
白夜が少し前へ出る。
「盗んだ荷物をどうするつもり?」
「うるさい!」
一匹の妖狐が声を上げた。
その直後、別の妖狐が木箱の陰から飛び出し、白夜たちの足元へ何かを投げつけた。
ぱっと土煙が舞い上がる。
「わっ!」
白夜が目を細める。
妖狐たちはその隙に逃げようとした。
しかし、桜花は慌てることなく、彼らの進路へと回り込む。
「逃がすわけにはいきません」
妖狐たちは足を止めた。
「どいてよ!」
一匹が身体を震わせ、口元に小さな火を灯した。
狐火だった。
淡い炎が揺らめき、妖狐の周囲を漂う。
しかし、その火は一定の形を保てず、ふらふらと不安定に揺れていた。
「えいっ!」
妖狐が狐火を放つ。
けれど、狙いは大きく外れ、火は桜花の横を通り過ぎて地面へ落ちた。
別の妖狐も負けじと狐火を生み出す。
だが、今度は炎が途中で揺らぎ、思いがけない方向へ流れていった。
「わっ、熱い!」
自分の狐火が近くをかすめ、妖狐は慌てて飛び退いた。
「ちょっと! 気をつけなよ!」
「そっちこそ、ちゃんと狙ってよ!」
妖狐たちは互いに声を上げる。
その様子を見て、こはくが少し驚いたように目を瞬かせた。
「狐火……。でも、まだ上手く扱えていないようですね」
「うん。あたしも最初から上手く使えたわけじゃないけど、あの子たちはまだまだ練習が必要だね」
白夜は妖狐たちを見つめた。
狐火を生み出すことはできている。
しかし、火の大きさや向き、飛ばす距離を上手く調整できていない。
力を込めすぎれば炎が大きくなり、かといって抑えようとすれば途中で消えてしまう。
まだ妖術を覚えたばかりなのだろう。
桜花は飛んできた狐火を静かに避けると、妖狐たちへ向き直った。
「もうやめてください。私たちは、あなたたちを傷つけに来たわけではありません」
「嘘だ!」
「人間はいつもそう言う!」
妖狐たちの声には、警戒と怒りが混じっていた。
桜花は彼らの言葉を遮らず、静かに耳を傾ける。
その間にも、妖狐たちは逃げ道を探していた。
一匹が木々の隙間へ走り出す。
だが、そこにはこはくが回り込んでいた。
「申し訳ありませんが、こちらは通せません」
こはくは御札を手に持ったまま、穏やかに告げる。
妖狐は慌てて方向を変えようとする。
その前に白夜が立ちはだかった。
「もう逃げられないよ」
「くっ……!」
妖狐たちは周囲を見回した。
前には桜花。
左右にはこはくと白夜。
逃げ道は塞がれていた。
「……もう抵抗しないでください」
桜花は刀の柄に手をかけることなく、彼らを見つめていた。
妖狐たちはしばらく睨みつけていたが、やがて一匹が悔しそうに俯いた。
「……分かったよ」
それを合図にしたように、ほかの妖狐たちも抵抗をやめた。
三人は妖狐たちが落ち着いたことを確認してから、周囲の木箱を調べ始めた。
中には、布地や食料品、いくつかの工芸品が入っている。
どれも商人たちが運んでいた荷物と思われるものだった。
「やはり、盗まれた荷物のようですね」
桜花が箱の中を確認する。
「こんなにたくさん……。一度に運んだのかな?」
こはくが周囲を見回した。
木箱は一つではない。
少し離れた場所にも、同じような箱がいくつか置かれていた。
「ここに集めていたみたいだね」
白夜が妖狐たちへ視線を向ける。
「ねえ、これ全部あなたたちが盗んだの?」
妖狐たちは答えない。
「どうしてこんなことをしたの?」
「……」
「誰かに頼まれたの?」
その言葉に、妖狐たちの耳がぴくりと動いた。
ほんのわずかな反応だった。
しかし、白夜はそれを見逃さなかった。
「……今、反応したよね?」
「してない!」
一匹がすぐさま声を上げる。
「じゃあ、どうしてそんなに慌てるの?」
「うるさい!」
妖狐は顔を背けた。
桜花はその様子を見て、少し考えるように目を伏せる。
「……何か事情があるようですね」
「そうだね。盗みを働いていたのは間違いないけど、何かを隠している感じがする」
こはくも頷いた。
「それに、この子たちだけで商人の荷物をこれだけ集めるのは、少し不自然です」
「うん。妖術もまだ上手く扱えていないみたいだしね」
白夜は腕を組んだ。
「もっと強い妖怪が後ろにいるのかな?」
その言葉に、妖狐たちは一斉に顔を上げた。
そして、互いに視線を交わす。
その反応を見た桜花たちは、何も言わずに彼らの様子を見守った。
やはり、何かがある。
ただの盗難事件ではないのかもしれない。
「……皆さん」
桜花は妖狐たちへ向き直った。
「私たちは、あなたたちを必要以上に責めるつもりはありません。ですが、盗まれた荷物を待っている商人さんたちがいます。まずは、これらを持ち主のもとへ返す必要があります」
妖狐たちは俯いたまま、何も答えなかった。
「それから、どうして盗みを働いたのかも聞かせてください。何か事情があるのなら、話していただけませんか?」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、一匹の妖狐が小さく口を開く。
「……返したら、もう怒られない?」
「それは、荷物を盗まれた方々と話し合う必要があります。ですが、事情を聞かずに決めつけるつもりはありません」
桜花の返答に、妖狐は少しだけ顔を上げた。
「……本当に?」
「はい」
桜花は静かに頷いた。
その言葉を聞いても、妖狐たちの警戒心が完全に解けたわけではない。
それでも、先ほどまでのように逃げ出そうとする様子はなくなっていた。
しばらくして、三人は木箱の中身を整理し始めた。
荷物の種類や数量を確認し、どの商人のものなのかを調べる必要がある。
「この布地は、街道で出会った商人さんが運んでいたものかもしれませんね」
こはくが一枚の布を手に取る。
「そうですね。ほかの荷物も確認して、持ち主を探しましょう」
桜花は頷いた。
白夜は妖狐たちの近くに座り、じっと彼らを見つめている。
「ねえ、あたしたちに何か聞きたいことないの?」
「……別に」
「そっか。まあ、無理に話さなくてもいいけどさ」
白夜は少しだけ肩をすくめた。
「でも、あたしも妖狐だからね。あなたたちが何を考えてるのか、少しくらいは分かるかもしれないよ」
妖狐たちは白夜を見た。
同じ妖狐。
しかし、彼らにとって白夜は見知らぬ相手だった。
それに、白夜は自分たちとは違い、人間の姿を自然に使いこなしている。
その姿を不思議そうに見つめる妖狐もいた。
「……あなたも狐なの?」
一匹が小さく尋ねる。
「そうだよ。見れば分かるでしょ?」
白夜は自分の狐耳を指差した。
「でも、人間みたいな姿をしてる」
「こういう姿にもなれるんだよ。狐の姿にも戻れるしね」
そう言って白夜は、少しだけ得意げに笑った。
妖狐たちは互いに顔を見合わせる。
その様子を見て、白夜は続けた。
「あなたたちも、いつか上手く化けられるようになるかもしれないね」
「……本当?」
「さあね。練習次第じゃない?」
白夜は軽く答えた。
妖狐たちの表情から、ほんの少しだけ緊張が薄れていく。
まだ警戒心が解けたわけではない。
それでも、先ほどまでのように白夜の言葉を拒絶する様子はなかった。
桜花はそんな様子を見て、少しだけ表情を和らげた。
街道の盗難事件。
その原因は、どうやらこの妖狐たちにあったらしい。
しかし、彼らの行動にはまだ分からないことが多い。
なぜ商人の荷物を盗んでいたのか。
なぜ、これほどまでに人間を警戒しているのか。
そして、先ほど白夜が口にした「もっと強い妖怪が後ろにいるのではないか」という疑問。
妖狐たちの反応を見る限り、その可能性は決して低くない。
桜花は林の奥へ視線を向けた。
木々の向こうには、まだ見ぬ何かが潜んでいるような気配があった。
「……まずは、この子たちの話を聞くところからですね」
「そうだね。焦っても仕方ないし」
白夜が頷く。
こはくも静かに同意した。
三人は妖狐たちと向き合いながら、盗まれた荷物の確認を続けた。
小さな盗難事件。
その裏に何があるのか。
まだ、その答えは誰にも分からない。
けれど、街道に潜んでいた小さな影を見つけたことで、事件はようやく動き始めたのだった。
今回の話はどうでした?
ココ最近話の内容が短く感じたのでボリューム多くしてみました。
もしかしたら多くて読みにくいと感じたなら率直に感想をください。
読者様がいちばん読みやすいような文字数で頑張ります。
次回もお楽しみに




