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紅残光 〜散りゆく花は神をも斬る〜  作者: 柚子胡椒
紅残光 一刀流 異聞録 第一章 紅い残光の噂

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第十話 繭を解くその手の先に

〜命を救うために〜

廃村を覆う蜘蛛の糸が、風もないのに揺れていた。

幾重にも張り巡らされた糸。その先には、いくつもの繭が吊るされている。

そして、その中央では――緋月桜花が刀を構えていた。

対峙する女郎蜘蛛は、先ほどまでとは明らかに様子が違っていた。桜花の斬撃を受けた身体から妖気が乱れ、動きにもわずかな鈍さが見られる。

それでも、その瞳から戦意は消えていなかった。

女郎蜘蛛は桜花を警戒しながら、周囲の繭へと視線を巡らせている。

「……まだ、諦めてはいないのですね」

桜花は静かに呟いた。

この妖怪は、自らが不利になれば繭を利用することもためらわない。

人々を捕らえるだけでなく、戦いを有利に運ぶための手段としても扱っているのだ。

桜花は刀の柄を握り直した。

「こはくさん、白夜。救助をお願いします!」

「分かりました、桜花さん!」

「任せて!」

二人が繭の並ぶ一角へと駆けていく。

桜花は仲間たちの背中を一瞬だけ見届けると、再び女郎蜘蛛へ向き直った。

「さあ、続きを始めましょう」

女郎蜘蛛が、低く身を沈めた。

次の瞬間、無数の糸が桜花へと放たれる。

桜花は一歩踏み込み、刀を走らせた。

紅の残光が、薄暗い廃村に閃く。

切り落とされた糸が宙を舞い、地面へ落ちた。

女郎蜘蛛が距離を取ろうとした瞬間、桜花はその動きを見極め、逃げ道を塞ぐように間合いを詰めた。

無駄のない動きだった。

女郎蜘蛛がどれほど糸を張り巡らせようとも、桜花の剣を正面から受け続けることはできない。

女郎蜘蛛はすぐさま後退する。

桜花は追った。

今度は、相手に距離を取らせるつもりはなかった。

〜繭の向こう側〜

「この繭……!」

こはくは、目の前の繭を見つめた。

外側からでも分かるほど、内部の状態が違っている。

ある繭には、かすかな反応がある。

別の繭は、すでに人の形をほとんど留めていない。

そして、また別の繭には、内側から何かが動く気配があった。

すべてを同じように扱うことはできない。

「白夜、こっちをお願い。私はこの人の様子を確認するね」

「分かった!」

白夜は繭のそばへ移動した。

こはくは慎重に状態を確かめ、救助できる人を優先して取り出すことにした。

繭の中から現れたのは、若い男性だった。

衣服の一部は溶け、身体にも深い傷を負っている。

「大丈夫ですか? 聞こえますか?」

こはくが声をかける。

男性は、かすかに頷いた。

「よかった……。今から治療しますね」

こはくは治療妖術を用いて、負傷者の手当てを始めた。

すべての傷をすぐに治せるわけではない。それでも、今できることを一つずつ進めるしかなかった。

「……あ、あの」

男性が弱々しい声を上げた。

「はい?」

「その……服が……」

こはくが視線を落とす。

繭に捕らえられていた間に、男性の衣服はほとんど失われていた。

「……あっ!」

こはくは慌てて顔を背けた。

「す、すみません! すぐに何か掛けるものを探しますね!」

「い、いえ! 助けていただいたのは本当にありがたいのですが……!」

男性は、顔を赤くして視線を泳がせた。

助けてくれたのは、三人とも女性。

しかも、今の自分は身を隠すものすらない。

命が助かったことへの安堵と、どうしようもない気まずさが入り交じっていた。

「……お気持ちは分かります。ですが、今はお身体を優先してください」

こはくは努めて落ち着いた声で告げた。

そう言いながらも、どこか申し訳なさそうに視線をそらしている。

「白夜、何か布になりそうなものを探してくれる?」

「了解!」

白夜は周囲を見回した。

幸い、近くの家屋には使えそうな布が残されていた。

彼女はそれを持って戻ると、男性の身体を覆えるように差し出した。

「はい。これで少しは落ち着くでしょ?」

「ありがとうございます……!」

男性は、ほっとしたように布を受け取った。

白夜は、いつもの調子で笑った。

「どういたしまして! でも、まだ安心するのは早いよ。ほかにも助けなきゃいけない人がいるんだから!」

「は、はい……!」

そのやり取りを聞きながら、こはくは小さく息をついた。

ほんの少しだけ、緊張が和らいだ。

しかし、すぐに表情を引き締める。

まだ救助は始まったばかりだった。

〜救える命と救えない命〜

次に確認した繭は、外側から見ても異様だった。

内部はすでに大きく変質しており、人の姿をほとんど留めていない。

こはくは、しばらく黙ってその繭を見つめた。

「……そんな」

声が震えた。

白夜も、何も言えなかった。

救助できる人ばかりではない。

目の前にある現実が、二人にそれを突きつけていた。

「こはく……」

「……うん。分かってる」

こはくは唇を引き結んだ。

今は、立ち止まっている場合ではない。

助けられる可能性が残っている人を、少しでも早く救わなければならなかった。

「次へ行こう、白夜」

「……うん」

二人は再び、繭の確認を始めた。

こはくは救出した人々の状態を一人ずつ確かめ、治療を必要とする者から順に手当てを進めていた。

白夜は周囲への警戒を怠らず、救助に必要なものを運びながら、こはくの作業を手伝っていた。

桜花が女郎蜘蛛と戦う一方で、こはくと白夜もまた、それぞれにできることを続けていた。

こはくは負傷者の治療を進め、白夜は周囲を警戒しながら救助を手伝う。

桜花は二人の働きを信頼していた。だからこそ、目の前の女郎蜘蛛を確実に追い詰めながら、救助を妨げないよう戦いの行方を見極めていた。

そのたびに、二人は繭の中に残された人々の状態を知ることになった。

助け出せた人。

重い傷を負い、治療を必要とする人。

そして、もう救うことのできない人。

その違いを目の当たりにするたび、こはくの胸は締めつけられた。

それでも、彼女は手を止めなかった。

「……一人でも多く」

小さく呟き、次の負傷者へ向き直る。

今、自分にできることをする。

それが、彼女の選んだ戦い方だった。

〜紅残光 一刀流〜

一方、桜花と女郎蜘蛛の戦いも続いていた。

女郎蜘蛛は、桜花の攻撃を避けながら、繭のある方向へ移動しようとしていた。

しかし、桜花はそのたびに進路を塞ぐ。

「何度試しても、同じことです」

刀が閃く。

女郎蜘蛛は身をひねり、かろうじて斬撃を避けた。

だが、避けた先にも桜花がいる。

次の一撃を受ければ、今度こそ大きな傷を負う。

女郎蜘蛛は、それを理解していた。

ならば、戦い続ける必要はない。

この場から逃れ、生き延びることを優先するべきだ。

女郎蜘蛛の身体から、妖気が膨れ上がった。

同時に、無数の糸が周囲へと放たれる。

桜花は糸の軌道を見極め、身体をひねってかわした。

しかし、女郎蜘蛛の狙いは攻撃そのものではなかった。

糸を張り巡らせ、わずかな隙を作る。

その隙に、女郎蜘蛛は身を翻した。

「……逃がしません!」

桜花が踏み込む。

女郎蜘蛛は最後の抵抗として、脚を振るった。

桜花はその動きを見極めた。

相手の攻撃を受け止めるのではなく、最小限の動きでかわし、間合いへ入る。

そして――。

「紅残光 一刀流、参之型――」

桜花の声が静かに響いた。

「朝日を羨む宵の花」

次の瞬間、桜花の刀が閃いた。

女郎蜘蛛が反応するよりも早く、紅の残光がその身体を斬り裂く。

女郎蜘蛛は大きく体勢を崩し、地面へと退いた。

桜花は追撃できる位置に立っていた。

それでも、女郎蜘蛛が逃走の機会をうかがっていることを見抜き、無闇に追い立てることはしなかった。

鋭い斬撃を受けた女郎蜘蛛は、地面へ叩きつけられるように着地した。

その身体から妖気が乱れて散っていく。

桜花は刀を構えたまま、相手の動きを見極める。

女郎蜘蛛は、もはや先ほどまでのようには動けなかった。

それでも、残された力を振り絞り、廃屋の奥へ逃れようとしていた。

女郎蜘蛛は、深手を負いながらも逃走を図っていた。

桜花には、その背を追い、仕留めるだけの余裕があった。

本気で追えば、逃がすつもりはない。

しかし、背後では今も救助が続いている。負傷した人々を残して追撃に向かえば、その間に救える命を危険にさらしかねない。

桜花は逃げていく女郎蜘蛛を見据え、静かに刀を納めた。

「……追うことはできます。ですが、今は皆さんを救うことが先です」

女郎蜘蛛を倒せないから、追わないのではない。

今、優先すべきものが別にある。

桜花はそう判断し、救助にあたる仲間たちのもとへ向かった。

桜花が女郎蜘蛛を追わずに戻ってきたのは、二人が救助を続けていることを理解していたからでもある。

女郎蜘蛛の姿が、廃屋の向こうへ消えていった。

桜花は深追いしなかった。

女郎蜘蛛は逃げ延びた。

だが、それは桜花が仕留め損ねたからではない。

桜花には、追撃して決着をつけるだけの実力があった。ただ、今は逃げた妖怪を追うよりも、目の前の人々を救うことを選んだのだ。

桜花は、女郎蜘蛛が消えた方角を一度だけ見やる。

「……次に相対したときは、逃がしません」

そう静かに告げると、彼女は救助活動へと戻った。

今は、救助を優先するべきだった。

桜花は静かに刀を納める。

紅の気配が薄れ、廃村に再び静けさが戻った。

「……皆さんは、無事でしょうか」

彼女は、仲間たちのいる方へ歩き出した。

〜いつも通りの笑顔〜

「桜花!」

白夜が、いち早く気づいた。

「女郎蜘蛛は?」

「大きな傷を負わせました。逃げてしまいましたが、今は追うよりも救助を優先した方がよいでしょう」

「そっか……」

白夜は安堵したように息をついた。

こはくも、治療の手を止めずに声をかける。

「桜花さん、お疲れさまです。こちらも、何人か救助できました」

「ありがとうございます、こはくさん。お二人がいてくださって助かりました」

「いえ、私は……できることをしただけです」

こはくは、わずかに微笑んだ。

桜花は救助された人々へ視線を向ける。

負傷者たちは、互いに身を寄せ合いながら、三人に感謝の言葉を伝えていた。

「本当に、ありがとうございました……!」

「あなたたちが来てくれなかったら、どうなっていたか……」

その言葉を受け、桜花は静かに頭を下げた。

「皆さんが無事で何よりです。どうか、今はご無理をなさらないでください」

白夜も、いつもの調子で手を振った。

「もう大丈夫! ……って言い切りたいところだけど、まだ怪我をしてる人もいるからね。こはくの指示に従って、ちゃんと休んでて!」

その明るさに、何人かの村人が、ほんの少しだけ表情を和らげた。

けれど、白夜の心は晴れていなかった。

女郎蜘蛛は逃げた。

人々を救うことはできた。

それでも、もし自分にもっと力があったなら。

もっと早く、もっと多くの人を救えたのではないか。

桜花やこはくに、危険な思いをさせずに済んだのではないか。

そんな考えが、頭から離れなかった。

「……白夜?」

桜花の声に、白夜ははっとした。

「ん? なに?」

「少し、お疲れのように見えますが、大丈夫ですか?」

「へーき、へーき! あたし、そんな簡単にへばらないから!」

白夜は、いつものように笑った。

桜花はしばらく彼女を見つめていたが、それ以上は追及しなかった。

「そうですか。ですが、無理は禁物ですよ」

「分かってるって!」

明るく答える。

その笑顔は、いつもと変わらない。

けれど、白夜自身は分かっていた。

自分が今、何を恐れているのか。

もっと力が欲しいと思う気持ちと、その力を手にすることへの恐れ。

そして、いつかその力が、二人を傷つけてしまうのではないかという不安。

それらは、まだ言葉にならなかった。

だからこそ、白夜は笑顔を崩さなかった。

いつも通りに振る舞っていれば、二人に余計な心配をかけずに済む。

そう思っていた。

〜まだ終わらない事件〜

日が傾き始めた頃、救助活動はひとまず落ち着きを見せていた。

こはくは負傷者の治療を続け、桜花と白夜は周囲の安全を確認している。

助かった人々の中には、衣服を失い、布を身体に巻きつけたまま、気まずそうに三人から距離を取っている男性もいた。

白夜はそれに気づき、思わず首をかしげた。

「……ねえ、こはく。あの人たち、さっきからなんであんなにこっちを避けてるの?」

「白夜……」

こはくが困ったように視線をそらす。

「その……色々と、恥ずかしいのだと思います…」

「え? 助かったんだから、別によくない?」

「そういう問題ではないと思いますよ」

桜花が穏やかな声で答えた。

白夜は少し考えたあと、ようやく察したらしい。

「あっ……そっか!」

彼女は、気まずそうに布を巻いた男性たちを見た。

「……なんか、ごめんね?」

「い、いえ! 助けていただいたことには、本当に感謝しています!」

男性たちは慌てて首を振った。

その様子に、こはくは思わず小さく笑った。

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。

けれど、桜花は廃屋の奥へと続く道を見つめていた。

女郎蜘蛛は逃げた。

しかも、ただ逃げただけではない。

あの妖怪は、こちらの動きを見極め、繭を利用し、状況に応じて戦い方を変えていた。

そして、まだ分からないことが多すぎる。

なぜ、この村が廃村になったのか。

繭に捕らえられていた人々は、どこから連れてこられたのか。

あの女郎蜘蛛は、今後どう動くのか。

桜花は、静かに息をついた。

「……まだ、終わりではありませんね」

その言葉に、こはくと白夜も表情を引き締めた。

三人は、それぞれの思いを胸に、廃村の奥を見つめていた。

助けられた命。

救えなかった命。

逃げ延びた妖怪。

そして、白夜の胸に残った不安。

この事件は、まだ完全には終わっていない。

お待たせしました、第十話です。

作中での治療妖術についてなんですけど、治療魔法だと思って大丈夫です。メタいんですけど世界観的に魔法というよりかは妖術と呼称した方があってると判断したからです。

妖術だから妖怪しか使えないのではなく魔法と瓜二つな感じなので妖怪も人間も扱えます。以上柚子胡椒でした。

次回もお楽しみに

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