第9話 忙しい
八歳になった。
忙しい。
小学校。
勉強。
論文。
以前オンラインで話したアメリカの研究者への質問。
美容。
一日二十四時間では、微妙に足りない。
あの時話した研究者の名前は、ダニエル・マーサー。
アメリカの大学で研究室を持つ教授で、専門は細胞老化。
細胞が分裂をやめたあとも身体の中に残って、周囲に炎症を起こす物質を出したりする。
そういう老化細胞と、そこから分泌されるSASPが身体にどう影響するのかを研究している。
私が老化について調べ始めて、最初に興味を持った分野の一つだった。
もちろん、老化細胞だけどうにかすれば人間が永遠に若くなる、なんて単純な話ではない。
幹細胞。
DNA。
ミトコンドリア。
免疫。
代謝。
調べれば調べるほど、老化に関係するものは増えている。
マーサー教授の専門は、その中の一つ。
でも今の私より、遥かに詳しい。
だから使える。
オンラインで話して以来、たまにメールで質問するようになった。
ただし。
最近は、その質問を作るだけでも結構時間がかかる。
*
「ミラ」
「なに」
「聞いてる?」
「聞いてる」
「じゃあ何の話してた?」
「知らない」
「聞いてないじゃん」
蓮が呆れた。
休み時間。
私は鏡を見ながら前髪を触っていた。
右。
少しずらす。
違う。
戻す。
左。
こっち。
「何してんの?」
「前髪」
「ずっと同じじゃん」
「違うよ」
「どこが?」
「ここの幅」
指で示す。
蓮が覗き込んでくる。
「分かんない」
「でしょうね」
「どっちでも可愛いじゃん」
「それ一番意味ない」
「なんで?」
「どっちがいいか聞いてるのに、どっちでもいいって答えたら何の情報にもならないじゃん」
「聞かれてないけど」
「あ、そうだった」
もう一度鏡を見る。
今の顔なら、大抵の髪型は成立する。
それは分かってる。
でも、成立することと一番綺麗に見えることは別だ。
前髪の幅。
顔周り。
髪の長さ。
艶。
全部少しずつ印象が違う。
せっかく素材がいいのに、適当に扱う意味が分からない。
「こっちだな」
決めた。
スマホで写真を撮る。
正面。
斜め。
光を変える。
比較。
うん。
こっち。
「何枚撮るの?」
「必要なだけ」
「全部同じ顔じゃん」
「蓮にはそう見えるんだね」
「なんか馬鹿にされた」
「してないよ」
「絶対してる」
「してないって」
半分くらいはしてる。




