↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/20

第10話 娘(母視点)

娘は、少し変わっている。


少し。


そう思っていた時期もあった。


*


未来が生まれた日のことは、今でも覚えている。


看護師さんが連れてきた小さな赤ちゃんを見て、最初に思ったのは。


可愛い。


当たり前だ。


自分の娘なんだから。


でも、親の欲目を抜きにしても整った顔をしている子だった。


目が大きいとか、鼻が高いとか。


そういう一つ一つではなくて。


なんとなく、全部の位置が綺麗だった。


夫も同じことを思ったらしい。


「この子、美人になるかもね」


なんて笑っていた。


その時は、それだけだった。


*


三歳。


日焼け止めを嫌がらない。


珍しい子だと思った。


むしろ、自分から塗りたがる。


外へ行く時には帽子。


髪を乾かす時には、熱すぎる風を嫌がった。


最初は私の真似をしているのだと思っていた。


女の子だし。


そういうことに興味を持つのが少し早いだけ。


でも。


「ママ、それ顔擦ってるよ」


三歳の娘にクレンジングを注意された時。


さすがに変だと思った。


「どこで覚えたの?」


「見た」


「何を?」


「スマホ」


「……何見てるの?」


美容の動画だった。


三歳。


私はスマホを取り上げるべきか、本気で悩んだ。


*


四歳。


英語を始めた。


別に英会話教室へ入れたわけではない。


本人が勝手に始めた。


理由を聞いた。


「日本語だけだと読めないのあるから」


何を読むつもりなのか。


その時は分からなかった。


五歳になる頃には、英語の動画を見ていた。


六歳では、本を読んでいた。


七歳。


アメリカの大学教授と話していた。


ここまで来ると。


もう。


どうしてこうなったのか、私にも分からない。


*


「ママ」


「なに?」


「これ買っていい?」


タブレットを渡される。


値段を見る。


「高っ」


「教科書」


「教科書ってこんなにするの?」


「専門書だから」


「図書館にはないの?」


「調べた。近くにはない」


「大学の図書館とか」


「私入れない」


「ああ……」


八歳の娘との会話だった。


「パパに聞いて」


「ママ決められない?」


「一万円超える本は相談します」


「分かった」


未来がタブレットを持って戻っていく。


「未来」


「なに?」


「それ読み終わったら、次また買う?」


「必要なら」


「必要じゃない可能性ある?」


「あるよ」


「ほんと?」


「うん」


少し安心した。


「論文で足りたら買わない」


「……そっか」


安心するところを間違えた。


*


学校では。


今のところ大きな問題はない。


友達もいる。


たぶん。


少なくとも、一人はよく名前を聞く。


蓮くん。


「今日、蓮くんは?」


「いたよ」


「何したの?」


「別に」


「一緒に帰った?」


「うん」


「仲いいね」


「そう?」


本人にはよく分かっていないらしい。


蓮くんのお母さんと授業参観で会ったことがある。


「蓮が未来ちゃんの話ばっかりするんですよ」


そう言って笑っていた。


少し申し訳なくなった。


うちの娘。


蓮くんの話、ほとんどしません。


言わなかったけど。


*


授業参観。


未来を探す必要はなかった。


すぐ分かった。


親だから、ではない。


目立つ。


八歳になって、顔立ちはかなりはっきりしてきた。


幼稚園の頃は、ただ可愛い子だった。


今は。


少し違う。


同じ制服。


同じ年齢。


同じ教室。


なのに、未来だけ妙に完成して見える。


姿勢もあると思う。


髪もいつも綺麗だ。


本人が毎日気にしている。


肌も焼けていない。


でも。


それだけではない。


「未来ちゃん、本当に可愛いね」


隣のお母さんに言われた。


「ありがとうございます」


何度目だろう。


最近、増えた。


スーパー。


美容院。


学校。


知らない人にまで言われることがある。


本人は。


全く喜ばない。


褒められ慣れたとか、そういう感じでもない。


この前も。


「未来ちゃん、美人さんねえ」


近所の人に言われて。


「ありがとうございます」


ちゃんと笑って。


家に入った瞬間。


「今日湿度高い。髪広がってる」


それだけ。


「さっき美人って言われたじゃん」


「うん」


「嬉しくないの?」


「嬉しいよ」


「見えない」


「だって知ってるし」


知ってる。


自分で。


「未来、自分のこと美人だと思ってるの?」


「思ってるよ」


即答だった。


「すごいね」


「何が?」


「普通ちょっと謙遜するよ」


「ママしかいないのに?」


そういう問題なのだろうか。


「外では言わないよ」


「なんで?」


「面倒な人いるから」


八歳。


誰に教わったんだろう。


*


授業が始まる。


先生が黒板に問題を書く。


子供たちが手を挙げる。


未来は挙げない。


知っているはずだ。


家では、もっとずっと先のことをやっている。


でも手を挙げない。


先生に当てられた。


答える。


正解。


また窓の外を見る。


先生。


ごめんなさい。


家でも注意してるんです。


一応。


*


休み時間になった。


子供たちが動き出す。


未来は席に座ったまま。


男の子が一人寄ってきた。


たぶん。


あれが蓮くん。


何か話している。


未来が答える。


蓮くんが笑う。


未来は机の中から小さな鏡を出した。


前髪を直す。


蓮くんがまだ何か言っている。


未来が鏡を見たまま答える。


なんだろう。


ものすごく。


未来らしい。


少し笑ってしまった。


*


家に帰って。


未来はランドセルを置いた。


手を洗う。


おやつ。


宿題。


終わる。


そこから専門書。


夕食。


お風呂。


スキンケア。


髪を乾かす。


鏡。


「ママ」


「なに?」


「私、左右で眉毛の生え方ちょっと違う」


「……そう?」


「ほら」


近づいてくる。


見る。


分からない。


「同じじゃない?」


「違うよ」


「どこ?」


「ここ」


「分かんない」


「そっか」


鏡に戻った。


気になるらしい。


でも抜いたりはしない。


「今いじると変になるから、もう少し大きくなってから考える」


そう言っている。


こういうところは妙に冷静だ。


美容に夢中なのに。


思いつきでは何もしない。


調べる。


比較する。


待つ。


それは勉強でも同じだった。


*


夜。


夫と二人になった。


「未来、今日どうだった?」


「いつも通り」


「授業聞いてた?」


「聞いてなかった」


「あー……」


「でも当てられたら答えてた」


「先生大変だな」


「ね」


少し笑う。


それから。


「今日また可愛いって言われた」


「未来が?」


「うん」


「そりゃ可愛いでしょ」


「親バカ」


「そっちもでしょ」


「まあね」


少し黙る。


「ねえ」


「ん?」


「未来って、将来どうなるんだろうね」


夫が考える。


「研究者じゃない?」


「そういう意味じゃなくて」


「分かってる」


七歳で海外の研究者にメールを送って。


八歳で専門書を読んで。


分からないことがあると、何時間でも調べる。


それなのに。


日曜日になると二時間ずっと美容動画を見て。


髪の毛一本で悩んでいる。


よく分からない。


天才。


そう呼んでしまえば簡単なのかもしれない。


でも。


それだけでもない気がする。


未来には。


ずっと何か。


急いでいるようなところがある。


誰も追いかけていないのに。


一人で。


何かに間に合わせようとしている。


「二十歳までに老化止めるんだって」


夫が言った。


「知ってる」


「まだ言ってる?」


「今日も言ってた」


「本気なのかな」


「本気でしょ」


そこだけは。


もう疑っていない。


できるかどうかは分からない。


たぶん。


普通に考えたら無理なんだと思う。


でも。


未来がそれを諦めるところは。


なぜか想像できなかった。


「とりあえず」


「うん」


「本代はかかりそう」


夫が笑った。


「そこ?」


「今一番現実的な問題」


「まあ、買ってあげようよ」


「一万円超えてるよ」


「……図書館探す?」


「未来がもう探してた」


「ああ」


「近くにはないって」


「じゃあ買うか」


そうなるよね。


明日。


未来に言おう。


たぶん。


「ありがとう」より先に。


「いつ届く?」


って聞かれる。


そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。