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第8話 初めての恩師

第8話 会ってみたい


返信は、翌日に来た。


三人に送って、最初に返ってきたのはアメリカの研究者だった。


メールを開く。


長い。


最初から読む。


私が聞いたことへの回答。


読むべき教科書。


今の段階なら、専門分野だけを追うより数学、化学、生物の基礎を固めた方がいいこと。


そこまでは分かる。


問題は最後だった。


保護者の同意があるなら、一度オンラインで話してみないか。


「……お」


予想してなかった。


もう一度読む。


オンライン。


それならアメリカまで行く必要もない。


「ママ」


リビングへ行く。


「なに?」


「アメリカの大学の先生と話すことになった」


「……何?」


「まだなってない。話しませんかって」


「なんで?」


「メールしたから」


「誰に?」


「先生」


「どこの?」


「アメリカ」


「なんでアメリカの先生にメールしてるの?」


質問が多い。


タブレットを渡した。


「これ」


母が読む。


途中で私を見る。


また読む。


「未来、これ英語だよ」


「うん」


「これ未来が送ったの?」


「うん」


「パパに見せたメールってこれ?」


「そうだよ」


「日本の先生に送ったんだと思ってた……」


「なんで?」


国なんて気にしてなかった。


論文を探して、研究内容を見て、聞きたいことがある人を選んだだけだ。


一人は日本。


一人はアメリカ。


一人はイギリス。


たまたま最初に返事をくれたのがアメリカだった。


「話していい?」


「ちょっとパパにも相談してから」


「早めにしてね」


「はいはい」


たぶん大丈夫。


*


父はかなり驚いた。


メールを最初から読み直して、大学のホームページまで確認していた。


「本当に教授だ……」


「だから言ったじゃん」


「いや、疑ってたわけじゃないけど」


「疑ってるじゃん」


「一応確認は必要だよ」


「じゃあ話していい?」


「お父さんかお母さんも一緒なら」


「向こうも保護者同席でって」


「じゃあ日程決めようか」


よし。


返信する。


候補日。


そこで時差に気づいた。


忘れてた。


調べる。


向こうの午後は、日本だと。


「遅」


夜になる。


まあいい。


一日くらい。


日程が決まった。


*


当日。


母が隣に座った。


父もいる。


結局二人とも来た。


「別に二人いなくてもいいのに」


「パパも気になるんだよ」


「邪魔しないでね」


「未来、それ親に言う?」


「だって私が話すんでしょ」


「はいはい」


パソコンの画面を見る。


開始まであと一分。


少しだけ緊張する。


英語で話すこと自体はできる。


動画も普通に見られるようになった。


でも、大学の研究者と専門的な話を英語でしたことはない。


論文なら、分からなければ止まれる。


会話は待ってくれない。


まあ。


分からなかったら聞けばいい。


時間になった。


接続。


画面が変わる。


男の人が映った。


論文と大学のページで顔は知っている。


『聞こえる?』


『はい。聞こえます』


通じた。


教授が両親にも挨拶した。


父と母が英語で返す。


それから、また私の方を見た。


『それで、あのメールは本当に君が書いたの?』


やっぱりそこか。


『はい』


『書いてあった論文も、自分で読んだ?』


『読みました。でも全部は理解できてません』


『それは普通だよ。どこが難しかった?』


待ってました。


私は用意していた論文を開いた。


*


最初は少し大変だった。


専門用語そのものは分かる。


論文で何度も見ているから。


でも、発音を知らない単語があった。


教授が言った単語と、頭の中にある綴りがすぐに繋がらない。


二回聞き返した。


悔しい。


これは後で直す。


ただ。


話の内容は面白かった。


メールでは上手く聞けなかったところ。


論文を読んでも分からなかったところ。


一個ずつ聞く。


教授が答える。


そこからまた疑問が出る。


聞く。


また答え。


途中から、英語で話していること自体をあまり考えなくなった。


『ちょっと待って』


教授が話を止めた。


『はい?』


『君、何歳だったっけ』


『七歳です』


『七歳』


『はい』


メールに書いたのに。


『この質問は誰かに考えてもらった?』


『いいえ』


『ご両親とか、学校の先生とか』


『違います』


横を見る。


父と母も首を振っている。


教授が笑った。


『ごめん。一応聞いておきたくて』


疑われてたらしい。


まあいい。


『次の質問していいですか?』


『もちろん』


続ける。


*


しばらくして、今度は教授から質問された。


『どうして老化に興味を持ったの?』


これは簡単。


『老けたくないからです』


教授が止まった。


『老けたくない?』


『はい』


『君くらいの歳の子は、あまり老化を心配しないと思うけど』


『私は嫌です』


『どうして?』


なんで。


老けたくないから老化を調べてる。


それ以上ある?


『老化したら綺麗じゃなくなるからです』


教授が笑った。


『それが理由?』


『はい』


何がおかしいんだ。


『でも、肌だけじゃなくて身体全部を若いままにしたいです』


肌だけ二十歳でも意味がない。


臓器。


骨。


血管。


脳。


歯。


髪。


全部。


『脳が老化したら研究できなくなるかもしれないし、臓器が老化したら病気になるかもしれない。それも嫌です』


少し考える。


『あと、老人臭も嫌です』


教授が吹き出した。


横で父が顔を覆った。


何。


大事でしょ。


『つまり、身体全体の老化を止めたい?』


『はい』


『それはかなり大きな目標だよ』


『知ってます』


『できると思う?』


少し考えた。


英語だからじゃない。


答えそのものを。


『まだ分かりません』


『分からない?』


『できるか判断できるほど、まだ知識がないので』


今の私ができますと言っても、ただの願望だ。


『今の技術で無理なら、まず何が足りないのか知りたいです。必要な技術がないなら、それも作ればいい』


教授が少し黙った。


ちゃんと伝わったかな。


『変ですか?』


『いや。筋は通ってるよ』


ならいい。


*


予定では三十分だった。


気づけば一時間近く経っていた。


最後に教授が教科書を何冊か紹介してくれた。


タイトルを覚える。


『全部今日覚えなくていいよ。あとでメールでリストを送るから』


『覚えました』


『全部?』


『はい』


教授がまた変な顔をした。


何。


『……まあ、メールでも送るよ』


『ありがとうございます』


それは助かる。


間違えて覚えてないか確認できる。


『それから未来』


『はい』


『勉強を続けるなら、たまに質問を送ってきてもいい。ただ、いつもすぐ返事ができるとは限らないよ』


『大丈夫です』


『その代わり、自分で一度調べてから』


『それはもうやってます』


『そうみたいだね』


教授が笑った。


通話が終わった。


画面が消える。


すぐに検索を開く。


「未来?」


父。


「なに?」


「終わったよ?」


「うん」


「何してるの?」


「さっき分かんなかった単語の発音」


二個。


聞き返した。


次は聞き返したくない。


音声を流す。


もう一回。


口に出す。


違う。


もう一回。


「今やるの?」


「気になる」


「未来、忘れないでしょ」


「あ」


そうだった。


でも気になる。


もう一回。


今度は近い。


よし。


*


次の日。


教授からメールが来た。


教科書の一覧。


昨日話した内容。


それから最後に一文。


Keep asking difficult questions.


難しい質問をし続けて。


悪くない。


昨日聞けなかった質問を書き始める。


途中で止めた。


自分で調べてから。


そう言われた。


検索する。


二時間。


一応、答えらしきものは見つかった。


でも別の疑問が三つ増えた。


「……増えた」


一個調べたら三個。


効率が悪い。


いや。


たぶん、これでいい。


知らないものが見つかる。


調べる。


分かる。


その先に、また知らないものがある。


今までと同じだ。


ただ一つ違うのは。


分からない時に聞ける人ができたこと。


しかも、かなり詳しい。


便利。


私は新しく増えた三つの疑問を保存した。


すぐには送らない。


もう少し自分で調べる。


聞く価値があるところまで絞ってからでいい。


二十歳まで、あと十三年。


アメリカは遠い。


でも画面一枚なら、思っていたより近かった。


こうして私に初めての恩師ができた。


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