第7話 最短ルート
最短ルートを探す。
そう決めてから、まず三日使った。
勉強はほとんどしなかった。
代わりに、調べた。
日本の学校制度。
海外の学校制度。
飛び級。
飛び入学。
早期卒業。
大学。
大学院。
研究室。
研究機関。
子供向けの研究プログラム。
科学コンテスト。
思いつくものを片っ端から見た。
途中から英語の記事の方が多くなった。
読むだけなら困らない。
知らない制度が出てきたら、その制度を調べる。
知らない学校が出てきたら、そこも見る。
そこからまた別のものが出てくる。
三日目。
床に寝転がったまま、タブレットを置いた。
「めんどくさ」
思っていたよりずっと面倒だった。
*
最初は単純に考えていた。
学校の勉強を早く終わらせる。
大学に早く入る。
研究する。
それでいいと思っていた。
でも、調べるほど違う気がしてきた。
大学に入ることと、好き勝手に研究できることは別だった。
当たり前と言えば当たり前だ。
大学一年生になった瞬間、
はい、研究室です。
好きな実験してください。
なんてなるわけがない。
それに。
私がやりたいのは、学校の実験じゃない。
老化を止めたい。
人間の身体に使えるものを作りたい。
当然、細胞を扱う。
そのうち動物も必要になるかもしれない。
もっと先なら、人間に使うことも考えないといけない。
薬を作るなら、そのための設備もいる。
お金もいる。
許可もいる。
倫理審査というものまである。
知らない言葉がまた増えた。
調べた。
「……うわ」
面倒。
ものすごく面倒。
でも無視できない。
勝手に人間を捕まえて薬を打つわけにもいかない。
捕まったら終わりだ。
研究できない。
美容もできない。
それは一番困る。
ノートを開く。
昨日書いたものを消した。
早く大学に入る。
その下に書き直す。
早く研究できる立場になる。
こっちだ。
*
もう一つ、問題があった。
お金。
研究には金がかかる。
どのくらいか調べてみたけれど、研究内容によって違いすぎてよく分からなかった。
ただ一つ分かった。
私のお小遣いでは絶対に無理。
当たり前だけど。
「パパ」
夕食の時に聞いてみた。
「なに?」
「研究っていくらかかる?」
父の箸が止まった。
「急だね」
「調べてもよく分かんなかった」
「何の研究?」
「老化」
「まだやってたんだ」
「やめる理由ないじゃん」
「そうだけど……」
父が少し考えた。
「研究って言っても色々あるからなあ」
「細胞使うやつ」
「パパは専門じゃないから分からないよ」
「じゃあ大学の先生に聞きたい」
「……知り合いいないよ?」
「探せばいるでしょ」
「どうやって?」
「大学のホームページに名前いっぱい載ってるよ」
「未来」
「なに?」
「知らない先生にいきなり連絡するつもり?」
「ダメなの?」
「ダメではないけど……」
「じゃあいいじゃん」
母が横から入ってきた。
「七歳の子からメール来たら、先生もびっくりするよ」
「年齢書かなきゃいい?」
「そういう問題じゃないと思う」
「じゃあ書く」
「送るの?」
「聞きたいことあるし」
「未来が自分で?」
「うん」
父と母が何か話し始めた。
私は味噌汁を飲む。
止められるかなと思ったけど、最終的には父が一度文章を見ることになった。
別にいい。
送れれば。
*
問題は誰に送るかだった。
老化。
細胞老化。
再生医療。
幹細胞。
遺伝子。
調べれば調べるほど、分野が増える。
まだ私には、どれが一番重要なのか判断できない。
だから、一人に絞るのをやめた。
気になる研究をしている人を十人。
論文を読む。
分からない。
分からないところを調べる。
もう一度読む。
まだ分からない。
また戻る。
一人目の論文だけで半日潰れた。
「遅い」
思っていたより読めない。
英語の問題じゃない。
知識が足りない。
論文一つ読むために、知らないことが多すぎる。
少し腹が立つ。
でも。
昨日よりは分かる。
ならいい。
*
「ミラ、帰ろ」
放課後。
声をかけられて時計を見る。
もうこんな時間か。
「あと二十分」
「また?」
「うん」
「今日何読んでるの?」
「論文」
「ろんぶんってなに?」
「研究した人が書くやつ」
「面白い?」
「今はあんまり」
「じゃあなんで読むの?」
「必要だから」
「ふーん」
蓮はいつもの席に座った。
最近はもう、私が図書室に残る日は勝手についてくる。
「宿題終わった?」
「まだ」
「じゃあやれば」
「今やる」
静かになった。
私は画面に戻る。
知らない単語。
検索。
戻る。
また知らない。
検索。
「……あー」
全然進まない。
「ミラ」
「なに」
「これあげる」
机の端に飴が置かれた。
「なにこれ」
「いちご」
「見れば分かる」
「疲れてそうだから」
「別に疲れてない」
「じゃあいらない?」
「いる」
袋を開ける。
一個ならどうでもいい。
口に入れる。
甘い。
画面に戻る。
数分して、ふと思った。
「蓮」
「なに?」
「なんでいつもお菓子持ってるの?」
「今日のは友達にもらった」
「前のグミも?」
「あれは家」
「ふーん」
まあいいか。
論文に戻った。
*
結局、十人全部の論文を読むのにかなり時間がかかった。
もちろん全部理解できたわけじゃない。
でも、研究内容くらいは分かった。
その中から三人に絞った。
メールを書く。
七歳です。
老化について研究したいです。
現在、生物と化学を独学しています。
将来的に細胞老化を止める研究がしたいのですが、そのためには何を学ぶべきでしょうか。
書いて。
消した。
なんか馬鹿っぽい。
もう一度。
自分が今どこまで勉強しているか。
読んだ論文。
分からなかった部分。
聞きたいこと。
長くなった。
父に見せる。
「……未来」
「なに?」
「これ、本当に未来が書いた?」
「うん」
「この論文も読んだの?」
「全部は分かってないよ」
「どこで見つけたの?」
「検索した」
「英語だけど」
「読めるよ」
「……そっか」
何。
今さら英語で驚かれても困る。
「送っていい?」
「ちょっと待って」
「なんで?」
「パパにも読ませて」
「読んでるじゃん」
「そうじゃなくて、ちゃんと」
「今日送れる?」
「今日中には」
「じゃあいい」
待つ。
その日の夜。
三通送った。
*
返事は、すぐには来なかった。
一日。
二日。
三日。
来ない。
「無視されたかな」
まあ、そういうこともある。
知らない七歳児からメールが来ても困るだろう。
別の人にも送ろうか。
そう思っていた四日目。
一通。
返信が来た。
開く。
読む。
もう一度読む。
長い。
私の質問に、一つずつ答えてくれている。
最後まで読んで。
最初に戻った。
もう一度。
今度はノートを出した。
必要な基礎。
分野。
おすすめの教科書。
研究というものについて。
そして最後。
焦って専門分野だけを追わず、まず数学・化学・生物の基礎をしっかり身につけること。
「……やっぱりそこか」
少し期待していた。
もっと近道があるんじゃないかと。
なかった。
少なくとも、この人はそう思っている。
でも。
メールの途中に、一つ気になることが書いてあった。
研究室では、高校生を対象にした見学や研究体験を受け入れることがあるらしい。
高校生。
遅い。
でも。
年齢制限が法律で決まっているとは書いていない。
そこだけ、もう一度読む。
高校生を対象に。
対象。
必須とは書いてない。
「……」
返信画面を開いた。
父に見せる前に、まず下書き。
小学生では参加できませんか。
打つ。
さすがに無理かな。
まあ。
聞くだけならタダだ。
送信は父に確認してからにしよう。
私は画面を閉じた。
最短ルートは、まだ見つからない。
でも。
入口らしきものは、一個見つけた。




