第13話 足りないもの
十歳になった。
二十歳まで。
あと十年。
半分。
ではない。
生まれてからなら半分だけど。
私が老化について本格的に勉強し始めてから考えれば、まだ数年。
でも。
十年。
数字にすると短い。
*
最近。
困っている。
知識は増えた。
論文も読める。
実験計画も、前よりは作れる。
マーサー教授に送れば、相変わらず大量に直されるけど。
それでも。
一年前とは全然違う。
問題は。
私はまだ。
一度もまともな実験をしたことがない。
*
学校の理科。
実験。
楽しい。
でも。
違う。
私がやりたいのはこれじゃない。
試験管。
顕微鏡。
薬品。
触れるだけなら学校でもできる。
でも。
細胞培養。
遺伝子解析。
タンパク質。
実験動物。
そういうものは無理。
当然だ。
小学生だから。
「……邪魔だな」
年齢。
かなり邪魔。
*
マーサー教授にメールする。
実験をしたいです。
送る前に止まる。
これだけだと怒られそう。
具体的に。
何をしたい。
なぜ必要。
今の自分に何が足りない。
書く。
送る。
返事。
翌日。
長い。
読む。
結論。
まだ早い。
「……」
閉じたくなった。
我慢。
続きを読む。
知識の問題ではない。
安全。
設備。
責任。
研究倫理。
訓練。
事故が起きた時。
研究室には、子供が面白そうだからという理由だけで触ってはいけないものが大量にある。
分かってる。
分かってるけど。
最後。
If you want to work in a lab, learn how a lab works first.
研究室で研究したいなら。
まず研究室がどう動いているか学べ。
「……どうやって?」
返信しようとして。
止める。
また聞いたら。
たぶん。
自分で調べろ。
って言われる。
調べる。
*
研究室。
大学。
インターン。
研究体験。
高校生。
高校生。
高校生。
どこを見ても高校生。
「またこれ」
私は十歳。
あと五年待つ?
無理。
次。
海外。
アメリカ。
イギリス。
子供向け。
STEM。
サマーキャンプ。
違う。
実験はできる。
でも。
子供向け。
私が欲しいのは。
色が変わった。
楽しい。
じゃない。
本物の研究室。
本物の研究。
次。
次。
次。
見つからない。
*
「ミラ」
「なに」
「今日遊べる?」
蓮。
「無理」
「明日は?」
「無理」
「日曜」
「分かんない」
「最近ずっと無理じゃん」
「忙しいから」
「何してんの?」
「研究室探してる」
「研究室?」
「入れるところ」
「学校の?」
「大学」
「……ミラ十歳だよ」
「知ってる」
「大学って十八歳じゃないの?」
「普通はね」
「あと八年じゃん」
「遅い」
「何が?」
「全部」
蓮が変な顔をした。
「ミラって何歳まで生きる予定なの?」
「分かんない」
「じゃあ別に八年くらいよくない?」
「よくない」
「なんで?」
「二十歳までに作りたいものあるから」
「何?」
「老化止める薬」
「まだ言ってんの?」
「ずっと言ってるけど」
「本当に作るの?」
「その予定」
蓮が少し考えた。
「じゃあ俺も大学行けば手伝える?」
「何勉強するの?」
「……分かんない」
「じゃあ無理じゃない?」
「今からやれば?」
「何したいの?」
「ミラの手伝い」
意味が分からない。
「自分のやりたいことないの?」
「あるよ」
「何?」
「まだ決めてない」
「ないじゃん」
「これから決めるんだよ」
まあ。
十歳なら普通か。
「決まったら教えて」
「うん」
私は検索に戻る。
「ミラ」
「なに?」
「なんか手伝える?」
「今?」
「うん」
「ない」
「そっか」
少し考える。
「あ」
思いついた。
「英語できるようになって」
「なんで?」
「将来海外行くかもしれないから」
「俺も?」
「知らない」
「え」
「蓮が行くなら必要でしょ」
「行く」
早。
「じゃあやれば」
「何から?」
「自分で調べて」
「そこは教えてよ」
「私忙しい」
「ケチ」
「便利になったら使ってあげる」
「ほんと?」
「うん」
蓮が笑った。
何が嬉しいんだろう。
*
研究室について調べ始めて二週間。
少し分かった。
私が欲しいのは。
制度じゃない。
制度を探しても、小学生向けなんてほとんどない。
だったら。
例外を作ってもらうしかない。
そのためには。
例外にする価値が必要。
十歳です。
研究したいです。
だけでは無理。
当たり前。
じゃあ。
何があればいい。
研究実績。
ない。
論文。
書けない。
実験経験。
ない。
全部、研究室に入らないと作りにくいもの。
「詰んでない?」
卵が先か。
鶏が先か。
少し考える。
いや。
一個ある。
研究室がなくてもできること。
*
マーサー教授にメールした。
今回は質問じゃない。
研究室を使わずにできる研究をしたいです。
今ある公開データ。
論文。
データベース。
それだけで。
何かできないか。
返事は三日後。
珍しく遅かった。
開く。
最初の一文。
Now that’s a better question.
その方がいい質問だ。
「……やっぱり」
絶対。
実験したいです。
って送った時から、こっちに誘導してた。
続きを読む。
公開データを使った解析。
既存研究の再解析。
バイオインフォマティクス。
計算生物学。
知らないもの。
知ってはいるけど、ちゃんと勉強していないもの。
そのために必要なもの。
統計。
プログラミング。
数学。
「……増えた」
また。
勉強するものが増えた。
でも。
設備はいらない。
パソコン。
データ。
知識。
それなら。
私にもできる。
*
その日の夜。
新しいノートを作った。
Bioinformatics
英語で書く。
その下。
必要。
Python。
統計。
データベース。
遺伝子発現。
分からない言葉を並べる。
一つずつ。
潰す。
十歳。
研究室には入れない。
なら。
研究室がなくてもできる研究をする。
それで結果を作る。
結果があれば。
次は。
今より話が早い。
*
寝る前。
鏡。
肌。
問題なし。
髪。
問題なし。
唇。
少し乾燥。
リップ。
ベッドに入る。
スマホを見る。
美容系。
十五分だけ。
新作。
服。
メイク。
保存。
一つ。
二つ。
閉じる。
明日からプログラミング。
面倒。
でも。
使えるなら覚える。
私は研究者になりたいわけじゃない。
プログラマーにもなりたくない。
数学者にも。
医者にも。
肩書きなんて。
どうでもいい。
老化を止めるのに必要なら。
全部使う。
それだけだった。




