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第12話 顔は便利

九歳の終わり。


最近、知らない人に話しかけられることが増えた。


「お人形さんみたいね」


とか。


「モデルさん?」


とか。


別に珍しくない。


最初の頃は母が喜んでいた。


今は母も慣れた。


私も。


「ありがとうございます」


笑う。


終わり。


*


自分が可愛いことは知っている。


毎日見ているから。


というより。


誰より私が一番、自分の顔を見ていると思う。


正面。


斜め。


横。


笑った時。


真顔。


髪を上げた時。


下ろした時。


写真。


動画。


自然光。


室内。


全部。


だから。


他人に言われて初めて気づくようなことでもない。


ただ。


最近。


少し変わってきた。


可愛いと言われるだけじゃない。


人の態度が変わる。


*


母と買い物に行った。


服を見る。


まだ子供服。


つまらない。


早く大人用が着たい。


でもサイズが合わないから仕方ない。


「未来、これ可愛くない?」


母がワンピースを持ってくる。


見る。


「微妙」


「えー、可愛いじゃん」


「形が嫌」


「どこ?」


「ここ」


ウエスト。


「もうちょっと位置高い方がいい」


「子供服にそこまで求める?」


「だって同じ値段なら可愛い方がいいじゃん」


「はいはい」


別のものを見る。


こっち。


悪くない。


取ろうとした時。


「あの」


声をかけられた。


店員。


「よかったら、こちらも似合うと思います」


持ってきた服を見る。


可愛い。


さっきのよりいい。


「着てみる?」


母。


「うん」


試着。


鏡。


見る。


悪くない。


でも。


袖。


少し気になる。


「どう?」


「ここもう少し短かったらいい」


店員がすぐに別のサイズを持ってきた。


着る。


こっち。


「これ」


「気に入った?」


「うん」


母が値札を見る。


「じゃあこれにしようか」


店員が笑った。


「本当に何でも似合いますね」


何でもは言いすぎ。


似合わないものもある。


でも言わない。


「ありがとうございます」


笑う。


店員が少し嬉しそうになる。


前世でもよく見た。


この顔。


*


顔がいいと、人は優しい。


もちろん。


全員じゃない。


美人を嫌う人もいる。


嫉妬する人もいる。


変な人も寄ってくる。


でも。


平均すれば。


優しくされる。


前世で嫌というほど知った。


ただ。


前世では。


その差を、下から見ていた。


今は。


上から見ている。


同じ世界なのに。


全然違う。


*


会計。


母が店員と話している。


私は横で待つ。


「娘さん、本当に可愛いですね」


「ありがとうございます」


「モデルとかされてるんですか?」


「全然ですよ」


「もったいない」


また。


最近多い。


母が笑う。


私は鏡を見る。


店内の照明。


少し黄色い。


肌がいつもより暖かく見える。


悪くない。


「未来」


「なに?」


「行くよ」


「うん」


店を出る。


「モデルだって」


母が言う。


「やらない」


「即答」


「時間もったいない」


「未来なら楽しそうだけど」


「撮影って待ち時間長そう」


「そこ?」


「あと日焼けする仕事嫌」


「モデル全部外じゃないよ」


「じゃあもっと大きくなって暇だったら考える」


「研究は?」


「そっち優先」


「美容より?」


「それは違う」


母が笑った。


なんで。


研究は美容のため。


比べるものじゃない。


*


帰り。


駅の近くで母が電話に出た。


私は横で待つ。


暇。


ショーウィンドウを見る。


髪。


今日ちょっと毛先乾燥してる。


帰ったらオイル少し変えようかな。


「あの」


声。


振り返る。


女の人。


若い。


二十代くらい。


「ごめんね。お母さんいる?」


「そこです」


指差す。


「あ、よかった。びっくりさせてごめんね」


名刺を出された。


芸能事務所。


「こういう仕事、興味ないかなと思って」


またか。


初めてではない。


でも名刺まで渡されたのは初めて。


母を見る。


まだ電話。


「母に渡します」


「ありがとう。無理にじゃないからね」


受け取る。


女の人が去る。


名刺を見る。


事務所名。


検索。


本物っぽい。


「……へえ」


少し面白い。


*


「スカウト!?」


家に帰って父に話すと、父の方が騒いだ。


「名刺は?」


「ママ持ってる」


「見せて」


「未来はやりたいの?」


母に聞かれる。


「別に」


「全然興味ない?」


「今はない」


「もったいなくない?」


父。


「何が?」


「せっかく声かけてもらったのに」


「時間取られるじゃん」


「まあそうだけど」


「お金になる?」


父が黙った。


「そこ?」


「仕事でしょ?」


「子役とかモデルなら多少は」


「時給にしたら?」


「知らないよ」


調べる。


撮影。


オーディション。


移動。


待ち時間。


「効率悪そう」


「九歳が仕事の効率考えないで」


「じゃあやらない」


「未来らしいなあ……」


父が名刺を見る。


私は興味を失った。


*


その夜。


鏡を見る。


顔。


前髪を上げる。


下ろす。


横。


笑う。


真顔。


今のところ。


かなりいい。


前世の私が見たら。


どう思うだろう。


たぶん。


殺したいくらい羨ましい。


少し笑った。


分かる。


私だってそうだった。


何千万使っただろうか。


骨を切った。


鼻も触った。


目も。


歯も。


肌も。


髪も。


体も。


痛かった。


働いた。


夜も。


笑いたくない相手にも笑った。


触られたくない相手にも近づいた。


金を作った。


また美容に使った。


それでも。


届かなかった。


骨格。


頭の形。


目の位置。


鼻の土台。


顔の大きさ。


生まれつき決まっているもの。


金を使えば使うほど。


分かった。


変えられるものと。


変えられないもの。


最後まで。


私はこれになれなかった。


鏡を見る。


今は。


何もしなくても。


最初からある。


「……ほんと不公平」


前世では死ぬほど嫌いだった言葉。


生まれつき。


今は。


好き。


*


でも。


だからこそ。


無駄にしたくない。


顔が良ければ何もしなくていい。


そんなわけがない。


肌が荒れれば汚くなる。


太れば輪郭は変わる。


髪が傷めば清潔感が落ちる。


姿勢。


歯。


体型。


服。


メイク。


年齢。


素材がいいほど。


ちゃんと使った方がいい。


高い絵を買って、床に放置する人はいない。


少なくとも。


私はしない。


鏡の中の自分を見る。


私の身体は。


今世で最初に手に入れた。


一番高価なもの。


だから。


最高の状態にする。


それだけ。


*


翌日。


学校。


「ミラ」


「なに」


「昨日駅いた?」


蓮。


「いたよ」


「やっぱり」


「見たの?」


「車から」


「ふーん」


「知らない女の人と喋ってなかった?」


「ああ」


「誰?」


「スカウト」


「……何の?」


「芸能事務所」


「え」


蓮が止まった。


「芸能人になるの?」


「ならない」


「ほんと?」


「今は」


「今は?」


「大人になって暇だったらやるかも」


「……ふーん」


なんか変。


「なに?」


「別に」


「そう」


「東京行くの?」


「行かないって」


「そっか」


分かりやすい。


置いていかれると思ったのかな。


まあ。


今のところ、どこにも行かない。


「蓮」


「なに?」


「消しゴム貸して」


「あるじゃん」


見る。


ある。


「あ、本当だ」


「ミラ今日ぼーっとしてない?」


「昨日寝るの遅かった」


「何時?」


「十一時」


「遅」


「だから今日早く寝る」


「そうしな」


消しゴムを戻す。


蓮はもう普通だった。


*


放課後。


マーサー教授からメール。


論文。


本文。


Two days.


二日。


「……覚えてたのか」


前回三日かかった。


次は二日。


そう言われた。


開く。


読む。


一ページ。


二ページ。


難しい。


「絶対前より難しくしてるじゃん」


まあいい。


二日。


やってやる。


鏡を閉じる。


髪を結ぶ。


パソコンを開く。


今世。


顔は当たりだった。


頭も。


記憶も。


かなりいい。


なら。


全部使う。


持っているものを腐らせる趣味はない。


私は論文の続きを読み始めた。

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