第92話 持っていかない百貨店
七階分の商品を並べた床に、国外へ持ち出せる印は十枚に一枚しか置けなかった。博覧会向けに使える船腹が、通常予定していた量の十分の一へ縮められたためである。
一階の暮らしの道具から、二階の装いと贈答、三階の台所、四階の学習具、五階の仕事道具、六階の旅と防災、七階の比較試用品まで、長い列が窓辺を巡っている。各売場が推薦札を付けた品はどれも、自分たちの階の誇りだった。高価な新作、冬市の人気品、王室婚礼で使われた贈答具、都市危機を越えた留め具。光沢のある箱が並ぶ様子だけなら、博覧会はもう始まっているように見えた。
「十分の一なら、売上の高い順に選ぶしかありません」
仕入係は売上台帳を胸へ抱いていた。自分が推薦した商品を残したいのではなく、遠征費を回収するために、一箱で大きな代金になる品を選ぼうとしている。その考えを退けるなら、売れなかった時の責任も私が負うことになる。
「先に、この品が南方で壊れた時の流れを見せてください」
私はいちばん高価な新作の前へ座った。
高価な新商品をまとまった数だけ選べば、狭い船腹から大きな売上を望める。けれど一品ずつ異なる専用部品まで積めなければ、国外で壊れた時には本体ごと王都へ戻すしかない。その帰り道を持たない品から、順に箱を開けていった。
二階から選ばれた肩飾りは、衣服の色を読み、淡い光を重ねる。王都の舞踏会でよく売れ、小箱に収まるため船腹も取らない。首元へ当てれば花弁のような光が開き、国外展示の遠目にも美しかった。
ニナが灯核を外そうとして、専用工具がなければ留め具へ届かないことに気づいた。交換用の核は製造元にしかなく、現地の修理者へ構造を教える許可も、まだ工房から得ていない。
「会期中に壊れなければ、問題にはならないと思います」
売場担当の声には、どうか選んでほしいという願いが滲んだ。
「船内の湿気と南方の暑さは、試しましたか」
「雨の日の屋外試験なら」
「では、品質不良とは書きません。現地で交換できる部品と修理許可がないため、今回は持参しない、と工房へ返します」
推薦札を外すと、肩飾りの光だけが床へ残った。売れない品ではない。王都で大切に作られ、実際に選ばれてきた品だ。それでも、遠い土地で壊れた時、華やかな箱がそのまま捨て箱になるなら、いま船へ乗せる準備が足りない。
三階の自動撹拌鍋には、さらに大きな推薦札が付いていた。具材を入れれば蓋の内側の羽根が回り、煮崩さず混ぜる。実演すれば人を呼べるが、大きな蓋と専用台だけで出品枠を圧迫する。回転核に異常が起きた時に開けられるのはルチアで、彼女を連れていけば本店の大修理が止まる。
「私が外輪と停止紐を見ることはできます」
ニナは資格票を鍋の脇へ置いた。「蓋の高さも調整できます。でも、内部の回転異常は開けません」
国外だから一度だけ、と資格の外へ手を入れさせれば、現地の客は次も同じ修理を頼めると思う。鍋も持参しない側へ移した。担当者は顔を伏せたが、私は工房への返書に、現地修理許可、交換部品、返送時の保温と洗浄を整えれば次の候補へ戻すと記した。
四階の学習投影板は、子どもが絵へ触れると文字を映す。現地語の札を差し替えれば、何種類もの言葉が光の中へ浮かぶという。ところが、その訳を誰が確かめ、意味が違った時に子ども自身がどう止めるかは空欄だった。
「主催者の通訳へ頼めます」
「展示文を訳す方が、すべての学習語を使う子どもではありません」
誤訳を直す場所もない投影板を、言葉を越える魔法として持ち込むことはできない。推薦から外すたび、床の豪華さが薄れていった。
「これでは、百貨店らしい品が残りません」
仕入係が呟いた。磨かれた箱の間に空白が増え、長い売場を国外へ見せる夢が、取消線で細くなっている。
「七階の棚をそのまま見せることだけが、百貨店でしょうか」
私は一階の返品台を運ばせ、空いた床の中央へ置いた。返金を数えるためについた細かな傷が、豪華な品の間でひどく地味に見える。
「試せること、返せること、直せること。この三つを先に十分の一へ入れます」
最後まで出品候補に残したのは《星雫灯》だったが、完成した灯りばかりを持っていくわけではない。三種類の灯芯、交換式の調整輪、二種類の反射笠、都市危機で共通化した留め具、触って分かる上下印。交換部品と小修理の道具、折り畳める試用台、言葉が通じなくても症状を指せる図解返品票、内部を開けず王都へ照会する製造番号札も箱へ並べた。
「返品台は一つも売れません」
「ええ。それでも、売る品と同じ船へ乗せます」
売った後に返す場所がなければ、展示日の鐘だけが成功になる。そんな輸出のために、王都で返品を受け続けてきたわけではなかった。
船積み箱へ実際に詰めてみる。完成した星雫灯を揃えると、開封した時の眺めは美しい。そこへ折り畳み台を入れるには、完成品を出さなければ蓋が閉まらない。図解票の束、交換用の反射笠と調整輪、乾燥材、所有者別の返送袋、大修理を開けずに送る封印箱を足すたび、売れる灯りが床へ戻った。
床へ戻した完成品には、持参中止の札を一つずつ付けた。箱へ入らなかった、という一言では工房へ理由が返らない。試用台の場所を取ったのか、交換部品を優先したのか、湿気試験が足りないのかを分ける。展示機会を失う負担が工房にもあるため、出品料のうち使わなかった分を誰へ戻すかもマルタが計算した。
「私たちの品だけ減らされるのですか」
若い職人が、自分の灯りを箱から出されるところへ立ち会った。推薦を勝ち取ったと思った翌日に取消線を引かれれば、納得できないのも当然だった。
「代わりに入るのは、別の工房の商品ではありません。あなたの灯りが戻った時にも使う返品袋と、現地で交換する部品です」
彼は折り畳まれた空袋を手に取り、売れなかった時に自分の名がどこへ残るかを確かめた。製造番号を袋の外から読める位置へ移し、封を切る者の欄を足す。その直し方まで、出品を外された職人から教わった。
返品箱を端へ載せた状態で試用台を開くと、脚が傾き、積んだ灯りが滑った。脚の留め位置を広げ、立って試す高さと、椅子から届く高さを変えられるようにする。厚手袋で閉じた時にニナの指が金具へ挟まりかけたため、つまみの形も直した。商品より先に、商品を試す台が不合格になった。
「見せる数が少なくなりすぎます」
担当者は、床へ戻された灯りを数えかけ、途中で指を握った。箱の外へ出された品が増えるたび、磨かれた床に光の溜まりだけが残る。
「売れない時の道具が、売れる品より場所を取ったことも出品票へ書きます」
図解返品票も店員同士で試した。眩しい、熱い、点かない、止めにくい、濡れた、そして気が変わったことを絵で表す。ボルクには眩しさの絵が目の怪我に見え、ハンナには心変わりの絵が贈り先を変えた印に見えた。
「絵なら通じると思っていました」
描いた店員が肩を落とす。
「通じなかった時に分かる印を足しましょう」
札の裏へ、分からない、意味が違う、通訳を呼ぶという絵を置いた。絵は説明を消す魔法ではない。どこで言葉が止まったかを客自身が示せるようにする。
今度は、濡れた灯りを返す客役をボルクに任せた。彼は「点かない」の絵を選び、返送袋へ本体だけを入れる。ところが調整輪は家へ置いてきた設定で、誰が外したかも分からない。完成品の番号だけでは、灯芯と輪の組合せを再現できなかった。
「全部持ってこなければ返品不可にしますか」
「濡れた品を家へ取りに戻らせるより、足りない部品の絵を渡しましょう。品はここで隔離します」
本体、灯芯、調整輪、笠を別々に示す札を袋へ縫い付けた。持ち主が後から部品を持ち込めること、揃わなくても危険品の回収は受けることを絵で示す。空袋はますます厚くなり、完成灯をまた床へ一つ戻さなければならなかった。
私たちは店員を客役にし、王都で試せる範囲の穴を探した。南方の暮らしを知っているふりはせず、サフィアから聞いた砂除け布や市場の時刻を、あくまで仮の条件として使う。
ハンナが顔と手首へ薄布を巻き、《星雫灯》へ触れた。弱い灯芯は布越しの入力を拾わず、強い灯芯は端へ熱を集める。調整輪を布の外へ出せば止められるが、顔の近くで金具が引っかかった。
「南方では、この巻き方が正しいのでしょうか」
「分かりません。現地の方に、まずそこから違うと言ってもらいます」
ボルクは右手に荷箱を持ち、左手だけで起動と停止を試した。両手なら外せる交換輪を床へ落とし、工具へ付けた紐は荷箱の角に絡んだ。マルタは砂時計の短い間だけ点けて消すことを繰り返し、王都で人気の灯芯が起動のたび強い光を放つため、目の奥が疲れると告げた。
家族で交替する役では、ニナが起動し、ハンナが調整し、ボルクが停止した。共通留め具は外れなかったものの、反射笠が使う人ごとに自分の正面へ戻され、最後には最初の人へ眩しい角度になる。操作部だけ合わせても、光の向きまでは一人のものにならなかった。
「結局、どれが南方向けなのですか」
「それを決めずに行きます」
仕入係は困り切った顔をした。「展示で失敗しますよ」
「ここで想像した成功を持っていけば、現地で違うと言われた時に返す場所がありません。失敗したまま比べられる物を持っていきます」
ニナは小修理の教材を箱へ入れた。灯芯と調整輪の交換、反射笠の固定、共通留め具の上下、砂や湿気を分解前に記録する方法。その上へ、灯核の微細な亀裂、内部発熱、構造分解は扱わないという赤札を置く。
「国外まで行ったら、頼まれれば開けたくなると思います」
「だから、できない範囲にもあなたの名で署名してください」
ニナは資格票を読み返し、小修理教育と王都への照会先を自分の字で記した。本店にはルチアの大修理窓口を残し、製造番号と症状を送る封印箱を整える。ニナを連れていくことによって、王都の修理が無人にならぬよう担当も組み直した。
出発前には、本店へ模擬照会を送った。南方役の店員が絵札だけで「内部が熱い」と伝え、王都側は製造番号、停止した時の姿勢、濡れの有無を問い返す。最初の往復では、王都と南方で店を開く刻のずれを考えず、返答期限が本店の閉店後になった。次は、受け付けた時刻と、本店が読める時刻、客へ代替品を渡す担当を一枚へ置く。
ルチアは照会の写しを読み、赤い筆で返した。
『開けないこと。写図を先に。返事を待つ間に乾かすなら、その前後を別々に残す』
彼女の不在でも王都の大修理は続き、ニナが国外で分からない品を抱え込まずに済む。船へ載せない人の仕事も、出品箱の内側へ入っていた。
持参しない理由は、工房ごとに返した。肩飾りの工房主は「南方で壊れると決まったわけではない」と怒ったが、交換核と教材、湿気試験、現地修理者の同意まで揃えば次回の候補へ戻ると伝えると、取消札を破らず持ち帰った。落選の烙印ではなく、次に必要な工程として読んだのだろう。
出品箱と私用品箱も分けた。アルノルトへの土産候補を展示品へ紛れ込ませず、私物の船賃は私費から出す。まだ何を贈るかは決めなかった。国外で私の手に合った品が、彼にも似合うとは限らない。
床から九枚の推薦札を外し、一枚分の出品印を残した。その箱の中には、完成した灯りより、返品票と修理道具の方が多くの場所を取っている。七階建てを小さく見せるための箱ではなかった。七階建てが間違えた後、客のところへ戻るための道だけを折り畳んだ箱だった。
招待を受けてから出品箱を港へ運ぶまでに、冬はほどけ、《星灯り》は三年目へ入っていた。棚へ新しい品が加わっても、個票を売らないという返事と、持ち出せる十分の一は変わらない。長い支度の末に積荷表を確かめたところで、ニナが封を切った。
王都を出た時には鏡のように澄んでいた反射笠の内側へ、白い曇りが花のように広がっていた。




