第117話 原料組合の公開競り
演壇を片づけた場所へ、リーゼが亀裂の走る鉱石を置いた。磨いた良質材ではない。光へ翳すと、銀白の奥に黒い筋が浮き、指で弾けば澄んだ音にわずかな濁りが混じる。
南方から帰った翌朝、導魔雲母へ三倍の値札を見てから、二年近い歳月が過ぎようとしていた。新品を止めた一週間も、王冠の倉庫を開いた朝も、鉱山の安全費を価格へ戻した契約も、原料不足を一度で終わらせはしなかった。新しい季節が来るたび、私たちは修理、再生、地方の最低在庫へ同じ薄片を配り直し、その都度、選ばれなかった注文と返金を帳簿へ残してきた。
「これを急いで掘らせれば、明日の出荷には混ぜられます」
七階の星見広間に集まった行政官と商人たちを見渡し、彼女は鉱石を熱色札の上へ載せた。
「ただし、この亀裂を見つけた採掘手が作業を止められる値で買ってください」
その隣には良質な鉱石、選り直せば低出力部品へ使える材、古い接触部から取り出した再生雲母が並ぶ。王冠の防湿箱へ結ぶ運賃札と、修理を待つ業務具も机へ上げた。同じ銀白色でも、出所も保証も、次に要る手も違う。国有化の是非を語る演説より先に、誰が何をどの条件で買うのか、現物を動かすことにした。
リーゼが最初に床へ置いたのは、安全費込みの最低買価だった。採掘する人の賃金、坑道の支柱、換気と散水、保護具、選鉱。亀裂音や粉塵、支柱のずれで作業を止めた時の休業も、鉱石が出なかったから零とはしない。ここを下回る札は、どれほど大量に買う条件でも競りへ上げない。
「高い値を付けた者が取るのが競りでしょう」
問屋が札を持ったまま言った。
「高値を競うのは、この線から上です」
私は亀裂のある鉱石を持ち上げた。掌へ細かな粉が移り、指紋の溝が銀色になる。
「安く買うために支柱を値札の外へ出せば、届くのはこの材です。次には、人が届かなくなるかもしれません」
最初の買付札は床を越えていたが、不足時にも決めた量を納めるという条件が付いていた。リーゼが、危険で停止した時はどうするのか尋ねる。
「別の坑口で埋めればよい」
「そちらの粉塵と支柱を確かめずに、ですか」
値そのものは高くても、採掘停止を名だけにする札だったので外した。別の札は停止を認める代わり、市況が下がった時の最低買価をすぐ外せるようになっている。リーゼは継続条件を書き直させた。採れる日にいくら払うかだけでなく、採れない日に誰が損を引き受けるかも競りに載せる。
落札できなかった買い手が、次から鉱石を買えなくなることはない。組合の競りに参加しない工房にも通常市場を残す。安全条件を守った鉱山にも、組合へすべて売る義務を負わせなかった。
良質材には王冠が大口の札を出した。標準接触部へ加工し、全国の店へ運ぶ線をすでに持っている。《星灯り》は、既売品の修理と少数の調整品へ回せる量だけを示した。再選鉱材を低出力の部品へ変えられる小工房も、再生片を地域の修理へ使える店も、それぞれ別の札を置く。
「再生品にも同じ値を付けなければ、差別になる」
見学席から声が上がると、ルチアは新品材と再生片を同じ器具へ取り付けた。どちらも安全線には届いているが、再生片には短い間隔での再検査が要る。分解と洗浄、元の所有者へ払う対価、使えなかった廃材の処理も価格へ戻る。
「同じ色だから同じ材として売る方が、作った人にも使う人にも不利です」
ルチアは光の残り方が違う二枚を並べた。新品より必ず安いとも、高いとも決めず、元品の製造番号、用途の制限、保証の差を付けた札で競る。
買付を始める前に、各地域の最低安全在庫を机の下の封印箱へ移した。冬に道が閉じる地方、次便までの長い辺境、すでに国外で売った品の修理分、王都で事故が起きた時に止められない分。王都がどれほど高い値を付けても、この箱は競りへ出ない。
「『最低』と書けば、地方が余らせたまま抱え込めます」
行政官が封を確かめる。
「だから前年の故障、予約、代替品、次の輸送までの事情を、定期的に照合します。余れば競りへ戻します」
「必要な所へ高値で回す方が、公平ではありませんか」
「払える所と、次便まで一枚を失えない所を同じ列にはしません」
地域最低は、善意で譲ってもらう在庫でも、現地名目で隠す財産でもない。封印番号と所有者を記し、床を越えた分だけを公開台へ上げた。
競りが始まると、王冠は良質材へ最も高い札を置いた。標準部品へ加工できる線、地方まで運ぶ防湿箱、受入検査、交換所までが札へ結ばれている。《星灯り》が専売灯の利益を見込んで価格だけを上げれば勝てるかもしれない。けれど、今ある修理予約と加工の手を越えて材を取れば、別の棚へ寝かせることになる。
私は札を上げなかった。良質材は王冠が落札し、封印箱へ収められる。悔しさはあったが、王冠の大きな加工線が、多くの標準品へ変えられる事実は消えなかった。
次の再生片には、地域の修理店が《星灯り》より低い値を付けた。王都へ往復させる運賃が要らず、近くの既売品を用途制限内で直せる認定もある。買値だけなら私たちが上でも、加工と輸送、客へ返すまでを重ねれば、その店の札が軽かった。弱い店だから譲るのではなく、その仕事にかかる全体の費用で選んだ。
誰の札も出ない再選鉱材もあった。公益用だからと参加者へ押しつけず、鉱山の所有のまま保管し、再選鉱の試験を通常の公募へ出す。売れなかった品まで成功例の後ろへ隠さず、保管費を国有化案との比較へ加えた。
競りを見ていた職人が、売れ残った材へ手を伸ばし、低い声で言った。
「国が買い上げてくれるなら、工房で試せます。失敗しても注文は失わない」
「試験する仕事として公募へ出してください。材を買う契約と、使えるか調べる契約を一つにはしません」
国が所有すれば、売れない石も在庫として引き受け、長い試験を命じられる。それは確かに利点だった。供給組合で同じことをするなら、保管する鉱山と試験する工房へ、結果が出ない期間も料金を払わなければならない。国有化より安い案に見せるため、その仕事を無償へ落とすことはできなかった。
王冠の運賃札は、原料の買価と別に開いた。中央倉庫から地方への積替え、防湿箱、破損した時に誰が負う区間、事故ロットを見つけた時の停止、到着後の再検査。国や組合が王冠の荷車を取り上げるのではなく、必要な区間を通常契約で買う。
「公益に使うのです。運賃を抑える協力はできませんか」
行政官の問いに、マクシムが乾いた声で答えた。
「無料で運べば、荷車より先に御者がいなくなります。必要な値を払い、遅れたら契約どおり責任を取らせてください」
王冠の物流へ対価を払いながら、全国の配分権まで渡さない。《星灯り》の修理と返品窓口、小工房の加工、辺境の保管にも同じように料金と停止条件を置いた。公共の仕事という札が、働いた人の給金を消す理由にならないようにする。
優先度を決めるため、相性個票を中央へ集約する案も、もう一度台へ出された。マクシムは悪意からではなく、重複申請や虚偽の地域在庫を見抜くには、ひとりずつの情報が必要だと主張した。
「個票を出さない人は、原料を買えなくなるのですか」
「精度を上げるには、同じ情報が要る」
「その条件では受けません」
使うのは、本人が目的と期限を選んだ匿名需要、返品と修理の集計に限る。少数で誰かへ戻れる区分は公表せず、集計前の撤回も残す。その分、需要の読みは粗くなる。虚偽の申請は、個人の暮らしを集める代わりに、製造番号、在庫、予約、返却票を別の担当が照合する。
「精度の損は、組合が負うのですね」
「はい。個票を出さない客にも、通常市場で買い、修理し、返金を受ける道を残した上で」
安全寸法、再生材の表示、事故ロット、停止手順は、誰でも読める規格として開く。ただし実際に使えるよう教える教材、認定試験、検査、改良利用は無料にしない。ルチア、ニナ、ヨナス、王冠の技師、国外の工房へ、工程名義と料金が戻るよう契約へ書いた。
「組合へ入らない工房が、規格を読むだけなら?」
「読めます。認定を名乗り、教材や検査を使う時に、決めた料金を払ってください」
加入しないことを、商売そのものから締め出す罰にはしない。外の店も通常市場で原料を買い、後から規格へ加わることができる。
条件を重ねるほど、誰か一人だけが救われる案ではなくなっていった。王冠は単独の配分権を持てず、《星灯り》は専売品の高い利幅を失う。鉱山は安全費を切って大量契約を得る道を閉ざす代わり、危険な採掘を止められる。小工房は安全に関わる工程を開き、名義と教育料を受け取る。地方は最低在庫を守れるが、余剰を隠せない。
競りで動いた鉱石と再生片を、落札者の箱へ入れて終わりにはしなかった。鉱山への買価、元品の所有者へ払う再生対価、加工費、運賃、照合の費用をそれぞれの票へ結ぶ。輸送中に割れた時は、製造番号から責任区間を辿る。王冠の箱だから王冠がすべて負うとも、公益だから《星灯り》が無償で直すとも書かなかった。
実際に、防湿箱へ良質材を収め、封をして荷車へ載せるところまで行った。御者は受け取る前に箱底の傷を指し、鉱山側の封印係と同じ札へ署名する。王冠の中継倉庫で割れが見つかれば、出発時の傷か、運送中の衝撃か、開封後の扱いかを、その札から辿る。『公共用』という大きな宛名だけでは、誰の手で壊れたかが霧の中へ消えてしまう。
地域最低の申告も、札を信じるだけにはしなかった。少なく申告して競りへ出す分を隠せば、現地の封印番号と修理予約が合わない。多く申告して優先を得ようとしても、返品済みの製造番号が重なる。照合には別の人手と運賃がかかり、その費用も組合の仕事として載せた。
「記録の遅れが見つかったら、その地域の最低在庫を取り上げますか」
「故意に隠したのか、返却票が遅れたのか、所有者の欄を間違えたのかを先に調べます。没収を急げば、次から悪い数字ほど届きません」
訂正の手順と再発防止は公開し、虚偽だった場合の返還も定めた。正直な申告だけを期待する案ではないが、誤りを見つけた途端に地域の安全床まで消す案にもしなかった。
公開競りの記録を読み終えた後任委員は、空いたままの席へ一度目をやった。そこは、債権者代理と国有化審査から忌避したアルノルトの席だった。私はその不在を同情にも信用にも使わず、最後の契約票を委員へ渡した。
視線につられて空席を見ると、会いたいという思いより先に、そこへいてほしいという弱さが胸を掠めた。彼なら条文の穴を見つけ、債権者の不安を、私より短い言葉で切り分けただろう。けれど、その確かさを恋人だから借りられるなら、国有化せずとも別の中央へ判断を集めるだけになる。私は空席から目を戻し、自分で読んだ条件へ署名した。
「国有化案の採決は明日です」
委員は鉱石、再生片、運賃札、修理品を順に見た。
「この広間だけで紙が動いても、全国で働く証明にはなりません。王都本店、辺境、鉱山、病院、認定工房、国外窓口、王冠の店。同じ条件表を七地点で同時に動かしてください」
「本店で全件を承認すれば、判断は揃えられます」
「それでは中央所有と変わらない」
採決までに、私が立てるのは王都の一か所だけだった。残る場所へ送った条件表には、私の承認印を受ける欄ではなく、止めた理由と、規定から外れた時の事後報告欄を残した。




