第116話 配給札を選ぶ客
「『仕事用』なら、この札を貼るのでしょう。でも、うちでは貼りません」
マルタは行政から届いた札を客の前へ裏返し、乾燥具の脇へ置いた。洗濯店の名を書けば、その一語だけで病院の器具と同じ列へ入る。けれど雨の日に宿の寝具を乾かす店と、祝宴の飾り布を急ぐ店では、止まった時に困るものが違う。
一階の配給窓口には、行政案の用途札が色別に揃えられていた。医療、仕事、家庭、贈答、輸出。遠くからでも並ぶ列が分かり、王都全体の数を集めるには便利である。札の角まで美しく揃っているのを見ていると、私たちがひとりずつ用途を聞く方が、ひどく遅く、不公平な仕事にさえ思えてくる。
試しに品物だけへ当てれば、病院から来た申請は最優先の医療になる。だが修理を求められたのは客室の飾り灯だった。一方、所有者が運送業者なら、薬を冷やして運ぶ箱も仕事用へ落ちる。国外へすでに売った診療所の保温具は、輸出品として最後へ回される。整った札ほど、聞かなかった事情をきれいに隠した。
「まず、これが止まると、どなたの暮らしや仕事が止まるのかを聞かせてください」
マルタは新しい白票を差し出した。
「魔法を使わない代わりがあるか、今の品を直せるか、どのくらい待てるか。返金が必要かも、こちらで決めません」
行政札は壁へ残した。何が多いかを粗く見るためには使える。ただしその札を入口の判決にはせず、客が選んだ結果をあとから匿名で数える。病名や手の動きまで記した相性個票を、原料一枚と引き換えに中央へ集める必要はなかった。
行政係は、札を裏返すマルタの手元へ眉を寄せた。
「店ごとに聞き方を変えれば、全国の順番が揃いません」
「同じ質問は使います。ただ、答えを『仕事用』の一語へ畳みません」
私は病院名の入った申請品を開いた。中身は入院室の治療具ではなく、来賓を迎える客間の飾り灯だった。隣の運送業者名で届いた箱には、診療所へ薬を運ぶための保冷具が収まっている。札だけを交換しても優先順位の矛盾は消えず、使う人を呼ばなければ、どちらも本当の停止時間を確かめられない。
「遅くなりますよ」
「ええ。ですから待ち時間も、配給にかかる費用として出します」
早さを装うため聞き取りを無料の善意へ押しつけず、受付と通訳の時間を配給原価へ加えた。列が長くなる不満も掲示し、急ぐ客にはほかの店や非魔法品の窓口を案内する。星灯りで相談を始めたことを、ここで待ち続ける契約にはしなかった。
窓口へ来たエマは、洗濯店で使う乾燥具を台へ置いた。摩耗した接触部は、濡れた指で押すと鈍い光を返し、止めたあともしばらく熱を残す。
「仕事用なら、早い列でしょう」
「これが止まると、どなたが困りますか」
「宿屋と診療所、それから近所の家。晴れた日は外へ干せるけれど、雨なら遅れる。古い乾燥具もあるわ。ただ、一度に少ししか動かない」
私は、新品の予約を延ばす札、中古と再生表示品を試す札、手持ち品を修理する札、取り消して返金を受ける札を扇のように広げた。どれを取っても次の申請を不利にせず、配給そのものへ参加せず別の店へ行くこともできる。
「新品を譲ったら、良い客として新聞へ載せる?」
エマが私を見上げる。
「載せません。どなたに回ったかも、お伝えしません」
「それなら今の品を直して。新品が要らないのではなく、今の台へ合うなら、その方が早いから」
彼女は誰かへ譲る札を選んだのではなかった。修理で店を動かせる可能性を、自分の仕事のために選んだ。
乾燥具を五階へ運び、普段と同じ高さの足板へ据えた。乾いた布では再調整した接触部が働くのに、濡れた布へ持ち替えると入力を拾いにくい。ニナが反応を強めると、停止後の熱が黄色を越えかけ、ルチアがすぐ手を出した。
「これ以上強くすれば、売場では動いても洗濯店で危険になります。新品なしで済む形へ押し込まないで」
別の再生部品へ替えると、起動は穏やかになり、停止後の色も青へ戻った。その代わり、連続して動かせる時間が短い。エマは布を実際に干し替え、作業を小分けにした時の手間を確かめた。
「これを使いながら新品を待つわ。雨が続けば貸出も頼む」
延期と再生品、必要になった時の貸出を、ひとつの美談へまとめず別々の票にした。購入価格、修理工賃、再検査もそれぞれ示す。彼女が使わなかった新品枠は寄付とは書かず、配分待ちへ戻した。
「待ったら、次は列のいちばん後ろ?」
「最初に申し込まれた日と再検査の日を残します。乾燥具が危なくなれば、新品や返金へ選び直してください」
「良いことをしたのだから、もう少し待てとは言われない?」
「言わせません」
エマはようやく笑い、乾燥具の新しい停止位置へ自分で印を付けた。
その会話を聞いていた製本職人が、紙を圧着する業務具を抱えたまま、「私は待てません」と先に告げた。今抱えている注文を落とせば工房を閉じることになり、外干しのような代替も古い具もないという。
中古と再生品を、傷んだ右手で一つずつ試してもらった。両手でしか止められない型は外し、作業台に収まらない品も戻す。再生接触部の付いた候補は、紙の厚みを変えるたび調整が要るものの、片手で起動も停止もできた。新品候補には補助具が必要で、今日の仕事には間に合わない。
「エマさんは新品を延期したのに」
後ろの列から声が飛んだ。職人の肩が強張る。自分の工房を守るために急ぐというだけで、誰かの診療や暮らしから奪う人にされたような顔だった。
「エマの選択は、この方が待つ理由にはなりません」
私は声の主を探さず、職人へ試用票を戻した。彼は再生品を選び、調整の手間と再検査を引き受ける。用途と片手停止、急ぐ事情を匿名集計へ加えるかは本人へ尋ね、許された範囲だけに期限を付けた。名前や工房の所在地は中央へ送らない。
贈答用の《星雫灯》を予約していた客は、日程を動かせると答えながら、中古棚を見たいと言った。返された灯りや反射笠を交換した品、再生雲母を使う品を、修理跡まで隠さず並べる。贈られる本人にも来てもらい、普段の部屋の暗さと利き手、長く灯した時の熱を確かめた。修理跡が見える品を気に入ったものの、その場では決めず、二人で相談するため予約だけ残した。
翌日、その人は贈られる本人と連れ立って戻った。琥珀色の樹脂で継いだ笠を光へ透かし、「新品の傷を隠した品ではないのね」と念を押す。マルタは元の返品理由と、灯核は再使用せず交換したこと、笠だけを修理して誰の工程名義が残っているかを箱の内側へ貼った。贈る側が気に入った物語ではなく、受け取る側が修理跡を見たまま選び、持ち帰った。
その言葉を広告へ使ってよいかと尋ねかけた店員を、マルタが目だけで止める。修理品を喜ぶ人の声を掲げれば、中古棚全体を温かな物語で包めるだろう。しかし同じ跡を見て、知らない人が触れた品は贈れないと返金を選ぶ客もいた。どちらの好みも、資源不足の時だけ賞賛や恥へ変えなかった。
希少な新品を使わないからといって、その迷いまで善良さとして飾れない。修理跡を嫌い、取り消しと返金を選ぶ客もいた。私は同じ窓口で代金を返した。
家庭用の保温具を持ち込んだ女性には、再生接触部つきの品が割り当てられていた。安全試験には合格している。けれど立った姿勢から片手で触れると、弱い入力を拾わず、二度目には起動そのものが遅れた。
「希少な品を取っていただいたのですから、慣れてください」と行政係が言いかける。
「合わないなら、返せます」
私は新品を待つ方法、足板式を借りる方法、返金、ほかの店へ行く道を示した。女性は返金を選び、配給制度からもいったん外れると言った。割当てを断った理由を匿名需要へ入れてよいか尋ねると、それも断られた。
「承知しました。情報を残さなくても、返金と次のご相談の条件は変わりません」
本人の白票を返し、匿名札へは何も写さない。珍しい部品を受け取った恩を、個票で返してもらうこともしなかった。再生品は再試験棚へ戻り、別の客が自分の手で選び直せる。
行政係は返金箱が閉じたあとも、空欄の匿名札を見つめていた。
「この方を数えなければ、再生品を嫌った需要が統計から消えます」
「消えます」
「政策を誤るかもしれない」
「その精度を上げるために情報を求めるなら、返金の条件とは別に、もう一度お願いしてください。答えない選択ごと記録することはできません」
不参加者の姿が数字から薄れる危険は、利用者へ同意を強いる理由にせず、集計の限界として表へ添えた。来店できない人、電信代を払えない地域、珍しい用途のため匿名化できない人も、同じ空白へ沈む。見えている票だけを国全体の声とは呼ばない、と欄外へ記した。
閉店が近づく頃、匿名集計へ同意した分だけを地域ごとに重ねた。王都では延期、中古、修理、返金の選択が散らばり、窓口だけを見れば、ひとりずつ聞く方法でも何とか回せそうに思える。ところが辺境の札には、代替品の棚そのものが少なく、次便まで待てない事情が滲んでいた。国外では、船が出るまで回収箱を抱える。人数の少ない地域ほど用途を粗くしなければ本人へ辿れてしまい、匿名集計にさえ載らない。
王都の客が新品を延期すると、空いた品はすぐ隣の列へ見える。辺境から届いた札には、雪や崩れた道のため、次の品がいつ見えるかさえ書けない。個人同士の譲り合いだけを続ければ、感謝を言える距離にいる人へ原料が集まり、遠い地域は善意の話へ登場する前に棚を失う。私は地域名の下へ、現在の申請数ではなく、次便、代替、故障歴、停止できる責任者を記す欄を足した。
声の大きな客が辞退し、次の客へ一枚を譲っても、その繰り返しだけでは遠い棚が先に空になる。情報が少ない地域を、需要の少ない地域として扱えば、王都へ来られない人は必要を証明する前に在庫を失う。
修理した乾燥具を受け取りに来たエマが、「私が待った分は、診療所へ行ったの?」と尋ねた。
「誰へ渡すかは、あなたの延期だけでは決めません。地域の最低分も先に残します」
「では、良いことをした気にはなれないわね」
「ご自分の店に合う選択をしたでしょう。それを受け取りに来られたのです」
エマは乾燥具の取っ手を握り、雨が降れば遠慮なく貸出を求めると言った。私は頷き、再検査日を記した。
客へ新品の延期、中古と再生品、修理、返金、不参加を返すことはできた。けれど個人の選択だけでは、声の届かない地域へ残す原料を決められない。閉店後、壁から外した行政札の下へ、地域最低在庫という新しい欄を置いた。
誰か一社へ全国を渡さず、その床と余剰を同時に見せる器が必要だった。




