第112話 国が買うということ
国の印を置いた仮の配給台では、原料の箱が空でも、店員の給金日と債務の支払予定は消えなかった。
紙の上だけで公益会社を動かす。政府の担当者からそう説明された時、私は、実物を運ばない試験にどれほどの意味があるのか疑った。けれど鉱山、王冠の倉庫、星灯りの本店と辺境支店から実際の帳票を集め、法案に従って印を移してゆくと、最初に現れたのは反対する理由ではなかった。
リーゼが危険停止を出せば、減った出荷分とは別に、支柱と換気、休業補償の費用が国の購買枠から払われる。一店との長期契約より広い財源で、安全費込みの最低買価を支えられる。王冠の全国在庫を同じ表へ載せれば、ある地域で余った標準部品を、欠けている地域へまとめて運べる。大口の購買と配送によって土地ごとの値幅を抑え、遠い店も王都と近い条件で仕入れられる可能性があった。
星灯りの給金表も安定した。新品を売らない週のように現金収入が細った時でも、修理と返品を担う者の人件費を公共供給の予算へ置ける。債務は買収時の整理表へ入り、債権者は回収の日程を見通せる。突然期限が動く恐れが減れば、店は今日の返済だけを考えず、修理人の教育へ金を回せる。
仮の発注票を本当に一巡させると、その強さはいっそう明らかになった。辺境で不足した標準接触部を、王冠の地方倉庫から探し、積み替え便の空きを全国表で押さえる。王都本店が個別に電信を送り合うより、同じ型と封印をひと目で照合できた。運賃は大口にまとめられ、地方店だけが高い送料を商品へ載せる必要も薄くなる。
債権者の側にも利点があった。売上の波で返済日が揺れる私店より、買収と同時に債務を整理し、国の支払表へ移した方が、いつ何が戻るかを読める。突然の取立てで給金や修理材が消える危険も減る。私には店を失う案でも、働く人や貸した人にとっては、長く待たされてきた不確かさを終わらせる案だった。
「王都の高い値を全国へ押しつけるのではなく、安い地域へ揃えることもできます」と担当者は言った。
「逆に、輸送費の高い土地だけを置き去りにせず、全国の購買費から支えることも?」
「できます。公益会社なら、一店の採算だけで支店を閉じずに済む」
その答えを、私は救済欄へそのまま書いた。反対する側に都合が悪いからと曖昧にすれば、仮運転をした意味がない。
「働く側から見れば、こちらの方が安心です」
マルタが仮の給金票を手にした。いつもなら翌月の売上見込みと照らしてから置く支払印が、国の予算欄へまっすぐつながっている。
「ええ。この利点を小さく書くつもりはありません」
自分の名が店主欄から消えることを恐れ、従業員へ不安定な給金を選ばせるなら、それは店を守るという言葉で包んだ私物への執着になる。公益会社なら、大口購買、全国在庫、雇用の継続、債務整理、地域価格の平準化を一つの責任の下で動かせる。鉱山の安全も、売上のよい時にだけ払う費用ではなくなる。
ただし、安定した給金票の職種欄には、七階で試用を行う者も、辺境で配給と修理を兼ねる者も、国外で現地語の返品を扱う者も、同じ「販売員」と記されていた。雇用は残っても、何を担ってきた人かが薄くなる。私は利点の紙を裏返さず、その隣へ、失われる仕事の違いを書き足した。
仮運転は、辺境支店から始めた。イーダの机へ、熱を残す家庭用保温具が持ち込まれた想定で、実物と過去の修理票を使う。現行の支店なら、本人に三候補を試してもらい、危険なら即座に停止し、貸出か返金をその場で選べる。
公益会社の手順では、まず事故番号を中央へ送り、全国で同じ型の故障が起きていないか照会する。重なった事故なら、一支店が安全と思った交換品を渡すより、同じ製造番号を一度に止められる。その広い目は本物の長所だった。
照合すると、別の地域で似た熱残留が見つかった。中央は同じ型を保留し、各地へ停止票を返す。イーダ一人には見えなかった危険が、国の表によってつながった。
ところが、目の前の品は事故の出た製造番号ではなかった。客役は今夜、薬湯を保つために使う。イーダが非魔法の湯筒を貸そうとすると、申請された魔法保温具を別種類の貸出へ変える承認が必要になった。現物を見れば代わりがあるのに、分類を変える権限が支店から中央へ移っている。
「返事を待つ間、返金も止まりますか」
「配給品の重複受取を防ぐため、中央で取消印が要ります」と担当者は答えた。
イーダは仮の客役に何度も詫び、砂時計を返した。全国の事故を見つけた安全と、事故番号の違う一人を待たせた時間が、同じ卓へ並ぶ。国の手順を遅いと笑えば最初の危険まで消えるし、広いから正しいと言えば、本人が今選べる湯筒と返金が消えた。
「支店が止めることと、勝手に再開することは分けられます」とイーダが言った。「危険な品はここで止める。代替と返金は本人へ返し、製造番号を中央へ事後報告する。全国停止の解除だけ、中央と照合する方法を試したい」
私はその案を、公益会社への反対欄ではなく、移してはいけない支店権限として書いた。中央の事故照合を残したまま、目の前の人へ停止と返金を返すためである。
次に、相性個票の箱へ国の印を移した。法案では、店の営業記録は買収と同時に公益会社の資産となる。そこには現在使っている票ばかりでなく、本人が期限を定めたもの、匿名集計へ入れる前に撤回したもの、購入履歴と結ばないと約束したものも含まれていた。
「撤回済みの票は、資産ではありません」
「行政監査では、なぜ削除したかを確かめる記録が要ります」と政府担当者は言った。「営利会社へ転売するわけでもない」
「売却だけが利用ではありません。配分や雇用、保険の判断に見れば、本人が許した目的を越えます」
国にも、記録を残す理由がある。予算をどの地域へ配ったか後から確かめるには、判断の根拠を保存しなければならない。けれど星灯りは、集計する前なら本人が票を戻せると約束してきた。国へ移った瞬間、その約束より保存義務が強くなるなら、撤回という言葉だけが紙に残る。
配給を断った客役でも試した。今ある手動具で足りるから何も受け取らない、と告げても、二重申請を防ぐため辞退理由が中央記録へ入る。灯りを受け取らない人まで、配給制度に参加した個人として残された。
箱の底には、南方博覧会の後で本人へ返したはずの青票の控えもあった。集計前に撤回され、用途へ加えなかった記録である。公益会社の資産目録は、店内に保管されている紙という理由で、それまで一緒に引き取ろうとする。撤回の事実を証明する最低限の事故記録と、本人の暮らしが書かれた票そのものを分ける欄がない。
「撤回したことまで消せば、後で店が勝手に使わなかったか監査できません」と行政係は言った。
「撤回の受付日と削除確認は残せます。使わないと決めた内容まで、行政資産として読む必要はありません」
何も残さなければ、店の不正を隠せる。その懸念は正しい。だから削除したという事実、担当者、複写先を監査記録に置き、個人の頭痛や家族の事情は戻す。保存か消去かを一枚ごと選ぶのではなく、監査に要る証拠だけを切り出す手順が必要だった。
「正確な全国需要には、断った理由も必要です」
「匿名で、商品と地域と代替の有無を集める方法と比べてください。名を残す必要まで、同じではありません」
匿名では重複や虚偽を見逃す。その損も利点の紙へ記した。個票を中央へ送らない案を、何も失わない清らかな方法にはしなかった。
工房の仮工程には、さらに別の消失があった。ルチアが判定した再生雲母へ、ニナが安全接触部の調整を施し、ヨナスの灯芯とつなぐ。地方工房が湿気へ合わせて布輪を替える。ところが公益会社の完成札では、すべてが「国営標準部品」という一つの名へ収まった。
仮の修理依頼を逆向きに辿ってみると、名の消失はすぐ実害になった。停止後に熱が残った品を、国営標準部品の窓口へ返しても、耐久判定、入力調整、灯芯接続のどこから調べるべきか分からない。中央は全工程を一度止め、共通の検査所へ送る。責任を一か所へ集めることで、逃げる者は減るかもしれないが、直せる工房へ届くまでの道は長くなった。
地方の職人が布輪だけを改良しても、完成品は公益会社名義になるため、次の工房がその人へ照会できない。使用料は給金の中へ吸われ、改良を続けても同じ額である。安定した雇用を得る代わりに、仕事の責任と報酬が切れれば、小さな改善は中央の仕様変更を待つようになる。
「客には分かりやすいでしょう」と担当者は言う。「職人は公益会社の給金を受け、仕事も継続できます」
「次に亀裂が出た時、どの工程へ戻りますか」
耐久はルチア、調整はニナ、灯芯はヨナス、湿気への布輪は地方工房に責任と改良の手がかりがある。一つの名へまとめれば、職人は給金を得ても、自分の工程を使われた対価と、次に直す権利を失う。誰の名を大きく見せるかという名誉だけの話ではなかった。
仮運転を続けた分、通常修理は遅れた。政治の思考実験だから無料の時間にはせず、待たせた客へ貸出を延長し、間に合わない者へ返金する。公益会社を検討したと聞いて裏切りだと言う人も、国へ売れば安心なのになぜ迷うと問う人もいた。どちらにも結論だけを先に渡さず、止まらない給金票と、中央承認を待つ返金票を同じ台で見せた。
終業前、私は二枚の紙を作った。
一枚には、国が買うことで守られる大口購買、全国在庫、雇用、債務、地域価格、鉱山安全費を置いた。もう一枚には、所有ごと移してはいけない顧客の相性個票、撤回済み記録、支店の即時停止と返金、職人の工程名義と使用料を書いた。
「建物と商品を手放したくない、とは書かないのですか」とマルタが尋ねた。
「手放したくありません。でも、それだけなら、雇用と債務を守る案を断る理由には足りません」
店の所有を残すこと自体ではなく、所有者が変わっても移せないものを分ける。国有化を断るなら、最初の紙にある利点を、通常の購買と物流、雇用契約、債務の整理でどこまで残せるかを示さなければならない。
法案を受ければ、アルノルトの家系と店を結ぶ債権も早く整理されるかもしれない。同じ家へ帰りたいという私たちの願いにも、近道ができる。胸のどこかでその未来を思い浮かべながら、私は二枚のどちらにも書かなかった。結婚しやすくなることを、客の個票を移す代金にはできない。
彼からも、法案への私的な意見は届かなかった。公表した恋人なのに黙っているのではない。監査の対象になる案を、自分の立場から私へ傾けないための沈黙だと分かっていた。それでも、助言のない夜は以前より広く感じられた。
仮運転の記録を封じる直前、審査の人選表が届いた。
公益会社化審査の委員長候補。その欄には、アルノルト・ヴァイスベルクの名がある。
恋人であり、ヴァイスベルク系債権者の代理であり、星灯りの監査案件を知る人が、国が店を買うかどうかを決める席へ置かれていた。




