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第3話「黙りこくる洞窟」

ー新暦852年6月27日昼ー

 リュナと2人で旅立って、丸4日が過ぎた。


 ユルラ村から南下し、丘をいくつか超え、川を2つ跨いだ。

 2つ目の川で小さいアクシデントはあったものの、現在はエラン大陸の南北の境界とも言われる、『ドルディア山』の麓にいる。

 ドルディア山を南に越えて少し西に進むと、第一のチェックポイントとも言える鉱山町『ブランダル』につくはずだ。


 ドルディア山の斜面は多くの木で埋め尽くされているが、所々にはっきりとした段差があり、その壁は層状に異なった色の重なる地層が、剥き出しになっている。

 

 山の向かいを見回すと、ぽつぽつと緑と茶色の中間色の葉をつける落葉樹が生えている程度で、ユルラ村の森林とは大違いだ。

 風が吹くと、一面に広がる薄茶色の短草草原が一斉にサーという乾いた音を立てて揺れる。


 麓からドルディア山を見上げると、頂上を捉えられず、天まで続いているのかと思ってしまう。


 近くを歩いていた行商人曰く、標高は2500mほどらしい。

 南北の境界という別名に恥じぬほどの威圧感に、俺は息を呑む。


 この山を登って越えることが、正気の沙汰でないのは子供でも分かる。

 リュナも、山の頂上をポカーンと口を開けて呆然と見ている。


 俺はそんなリュナのテカテカと光る頬を見て、軽いため息をつく。


 これは、例の行商人から、乾燥・肌荒れ防止のアロエクリームを購入して、それを顔に塗っているからだ。

 値段を提示された時、どこか釣り合わないような気がしたが、リュナの光輝く視線を無視できず、黙って4000ダルを手放した。


「ねえ、これ登るとしたらどれくらいかかるかな?」


 物理的に顔を光らせたリュナは問いかける。

 そんなリュナに対し、俺は少し不機嫌な口調で、


「さあね、考えたくもないな。」


 と素っ気ない返事を返した。

 俺たちの会話は、この山を登らないことを前提にしているが、実際はそうするつもりだ。


 院長から貰ったデフォルメ地図を開き、中心に視線を運ぶ。

 院長の地図は、エラン大陸だけがピックアップされていて、主要な町や危険地帯に、それぞれマークが付けられている。

 また、院長が勧めたルートが赤く太い矢印で記されている。

 その矢印は、ドルディア山を通り抜け、鉱山町ブランダルも通過している。

 ドルディア山に重ねるように、1つの吹き出しがあり、そこには「麓の洞窟を通り抜ける」と書いてある。


 リュナは俺の開いた地図をきょとんとした顔で覗き込み、「なるほどねー」と呟く。


「麓に来たのはいいけど、洞窟は一体どこだ?院長の示すルートをなぞるように来たのに、それらしいものはないぞ。」


 リュナは首をかしげて考える。少し考えると、はっとした様子で、


 「ねえ、隠されているって可能性はない?あの院長が一般的なルートを示すとは思えないし…」


 とオフモードのリュナにしては鋭い指摘をする。リュナの冴えた発言に、俺は先程の後悔を忘れ、声のトーンを少し上げて「なるほど、リュナにしては冴えてるな。」と言葉を漏らす。リュナは得意げな顔で鼻を鳴らした。


「じゃあ、ちょっとしらみ潰しに撃ってみるか。」


 と言って俺は、新調した杖の先を少し離れた地層の壁に向けると、リュナが突然、杖を持つ俺の手を掴み、杖ごと手を下ろさせる。


 リュナは深刻な表情で、


「ラクス……大丈夫なの?」


 と問いかける。

 俺は右手で、俺の左手を掴むリュナの手を丁寧に振り払い、微笑みながら言う。


「大丈夫だよ。2級の風属性魔法だし……負担もそこまでだから。」


 リュナがここまで心配するのは、ある院長の言葉に起因する。

 それは要約すると、「俺は体に大きな負担がかかると気絶する」というものだ。

 一旦気絶すると、いつ目を覚ますか分からない状態で、野外に留まることになり、非常に危険になるのは言うまでもない。

 よってリュナは、俺が魔法を使おうとする度に俺を気にかけるし、俺は俺で疲労が溜まり過ぎないように気をつけている。


 リュナは俺の言葉を聞いて、「わかった、でも気をつけてね。」とだけ言って、俺から距離をとる。


 俺は再び杖の先を地層の壁へ向け、句を唱える。


「ウィンドバースト=ワイド」


 空気の塊が、壁に向かって発射され、壁の表面で圧縮された空気が爆発する。


「バアァァン!」という心臓に悪い爆音が鳴り響き、砂埃が舞い、俺たちは咄嗟に腕で目を覆う。

 砂埃が収まり始め、目を凝らして壁の表面を見ると、何やら奥行きのある暗い空間があるように見える。

 砂埃が完全に止むと、そこにはリュナの予想通り、洞窟が存在していた。


 考察が見事当たったリュナは「すごいでしょ!」と訴えかけるような表情で俺を見ている。

 俺もこれにはすごいと言わざるを得ず、「嘘だろ……すげーよリュナ!」と絶賛する。




 洞窟に入って、大体2時間が過ぎた。


 入る直前は、一度入ったら一生出られなそうな不気味さを感じ、多少の抵抗感があった。

 しかし、入ってみると、魔物に不意打ちを喰らうどころか、住み着いていそうなコウモリすら姿を見せない。


 暗闇の中、入り口付近に落ちていた木の枝に、炎属性魔法で炎を纏わせ、周囲を照らしながら警戒してここまで進んで来た。

 洞窟の幅は約6mといったところで、高さは俺2人分ほどだ。


 火をつけて30分程経つと、枝の長さが短くなり、手で持つと火傷するほどになってしまう。

 故に、今はちょうど5本目の枝を、背負っている皮のバッグから取り出し、炎を再び灯し終えたところだ。


 炎を枝に灯すと、光が波のように地面を伝い、前後約15mの視界が開ける。

 リュナに先行して再び進み出すと、リュナは暫く閉ざしていた口を開く。


「にしてもさ、こんなに進んできたのに、何もいないなんて、流石におかしくない?壁の中に隠してある程だから、多少苦労する魔物くらいは覚悟してたのに……疑いすぎだったのかな。」


 リュナは不安まじりに言葉を発する。


 隠されていたとはいえ、ここは洞窟だ。

 設計者が意図していなくとも、何かしらの魔物が住み着いてもおかしくない、むしろそっちの方が自然だ。


「俺も同感だ。だけど、何もないに越したことはないし、院長の地図だと、この洞窟の全長は、そう長くもなさそうだ。あまり深く考えず、この状況に乗っかって、さっさと出てしまうのがいだろうな。」


「そうだよね。いないに越したことはないもんね!……ところでさ、なんか少し冷えてきてない?」


 後ろを振り返ると、リュナは少し青ざめた顔で、腕を組んで、肘の辺りを摩っていた。

 俺は右手で松明を構えているからか、全く気が付かなかったが、確かに気温は、数分前よりもかなり下がっているように感じる。


「言われてみれば、うおー、意識し出すと俺も寒くなってきた。……気味悪いな。…ちょっとペース上げよう。多分あと30分も歩けば出られる距離だろうし。」


 突然の環境の変化に薄気味悪さを感じた俺は、リュナが頷いたことを確認して、早歩きに切り替える。

 リュナは少し走って、俺の右側に並んでそのまま早歩きを続ける。


 不気味な空気に一言も発さず、俺たちはただ出口の光を求めて足を進める。

 今更訪れた違和感によって、洞窟に対する恐怖は、加速度的に増していく。気づくと俺たちは走り出していた。


 何も考えず必死になって走り続けると、突然開けた空間に出た。


 俺たちは急ブレーキをかけ、辺りを見回す。松明の光では全貌が見えないので、俺は直ちに「ジェネレートライトキューブ=ワイド!」と2級の光属性魔法を、杖を頭上前方へと振りながら、早口で唱える。


 光輝く立方体が打ち出されるように前へと進み、だんだんと空間の全貌が明らかになる。


 光が進むにつれ、俺たちの顔から血の気が引いていく。


 鋭いかぎ爪のついた2本の足、コウモリのような翼。

 かぎ型の鋭い嘴と、目の前の全生物を怯ませるような鋭い眼光を放つ目を、丸っこい頭に具えた、巨大なフクロウらしき魔物がこちらをギラリと睨んでいる。


 俺たちが恐怖による後ずさりを始めたあたりで、その魔物は鋭い口を大きく開く。


「ガアァァァァァ!!」


 抱えていた恐怖すらも吹き飛ばしてしまうほどの音に、俺たちの頭は真っ白になる。


 今までの戦闘訓練と比べるのがおこがましい程の圧力を放つその魔物は、俺の身長の3倍はあるその巨体の翼を、軽々と動かし始め、空中を飛び始める。


 魔物の姿に圧倒されて気が付かなかったが、よく見ると向かいの位置に先への道が見える。おそらくリュナも気づいただろう。


 真っ先に「逃げる」という考えが浮かんだものの、ここ以外に道が実質的に存在しないことを思い出し、「魔物を倒して先に進む」という考えに思考をシフトさせる。


「どうするのラクス?!この子黙って通してくれなそうだよ!」


「見りゃわかるさ!もうこうなったら2人で倒すしかないだろう!……作戦を考えるから、少しあのフクロウの注意を引きつけてくれ!頼む!」


「分かった!じゃあお願い!……なるべく長く持たせるね!」


 そう言ってリュナは、最初から両手に剣を持ってフクロウの方へ一直線に走り出す。

 俺の生み出したライトキューブの光が、新調したリュナの鋼の剣の剣身を輝かせる。


 魔物は右足を空気を切るように前へと繰り出し、その先の鋭い爪をリュナは2本の剣でガードする。


 リュナの表情が途端に険しくなる。

 剣が小刻みに震えていることからも、魔物の力は、その巨体に見合う、もしくはそれ以上のものであることが伝わってくる。

 その重みに耐えられず、リュナは後方へ吹っ飛ばされてしまったが、見事受け身をとって、剣を杖のように地面へ突き立て、立ち上がる。


 俺はリュナの行動を無駄にしないためにも、即座に安全圏から分析を開始する。


 攻撃魔術師の俺と、剣士のリュナのコンビに不足しているものは、間違いなく耐久役だろう。

 タンクの1人もいれば、そいつが魔物を引きつけ、空中を飛び回る魔物の、移動範囲を狭めて、集中攻撃を浴びせることができるのだが。


 (いや待てよ、そもそもあいつが空中を飛び回らなければいいんじゃないか。)


 俺はリュナとの稽古を思い出し、ある作戦を立案する。


「リュナ!フクロウを壁際に誘導してくれ!作戦を思いついた!」


「分かった!任せて!」


 ちらっと一瞬だけ俺の方を向いて返事をして、リュナは俺とは対極の位置にある壁へと向かって、再び走り出す。


 俺が思考していた間も、リュナは魔物の猛攻を、受け身を使って命がけで耐えていたのだろう。

 黒のパンツの両膝の辺りは、ビリビリに破けていて、また赤く滲んでいた。


 リュナが壁付近で魔物と戦闘を繰り広げているのを確認したのち、俺は覚悟を決め、リュナのいる戦場へと走り出す。


 俺の足音がドーム状の空間に響き渡り、それにリュナは気づくも、俺に危害が及ばぬようにと必死になって、魔物のかぎ爪の連撃を受け止め続ける。


 魔物の間合いに入る手前辺りで足を止め、俺は魔物に向けて円を描くように杖を振り、言葉を放つ。


「地面に叩き落としてやるよ。……ビルドロック=シャープ!」


 その瞬間、勢いよく、先の尖った岩石柱が壁から2本、地面から1本飛び出し、大きく広げた魔物の羽を貫通する。

 貫通した箇所から青い血が流れ出し、魔物は「グガアァァァ!」と先ほどとは違った叫び声を上げる。


 釘付けのような状態になった魔物は、空を飛ぶどころか、身動きも取れなくなっている。

 しかし、魔物は釘付けになっているにも関わらず、その羽を犠牲にするかのように暴れ出す。


「リュナ!今だ!思うようにやっちまえ!」


「ラクスの攻撃を…無駄にはしないっ!……はあぁっっ!」


 リュナは魔物の懐に入り、両手に構えた剣で、正方形の対角線をなぞるように、下から上へとクロス状の切れ目を魔物の腹に刻み込む。

 魔物は羽を刺されたときよりも、激しく暴れ出す。


 相当なダメージが入ったようだが、リュナの反撃は止まることを知らない。


 クロスカットを決めた勢いで、そのまま上から下へと再びクロスを決める。

 さらに、十字、横、横と決め、ついには青い血が飛沫を上げ、リュナの顔に雨のように降りかかる。


 凄まじい轟音と共に、血しぶきを上げた魔物は、操り人形の糸が切れたように、首がコテンと前へと倒れる。


 魔物は確実に息絶えた。


 しかし、俺はリュナを見て言葉を失う。

 誰がどう見ても息絶えている魔物に対して、リュナは攻撃をやめないどころか、その勢いにブーストがかかり始めている。


 (おいおい、あいつどうしたんだよ。血しぶき浴びておかしくなったのか?)


 死体を一方的に蹂躙するリュナの顔には、どこか狂気じみた笑みが浮かんでいるように見える。

 

 リュナの異変に気づいた俺は、


「リュナ!もういいだろ!フクロウは死んでいる!」


 と叫ぶ。リュナの体がビクンと反応する。

 死体に切り込む直前で、リュナは我に返り、顔から一瞬にして笑みが消える。


「え、私……どうしちゃったの」


 リュナの手から剣がすらっと抜け落ちる。

 まるで先ほどの記憶がないかのように、青い血にまみれた両手を見て、一気に顔面蒼白になる。


 こちらを向くと、リュナは、取り返しのつかないことをしたかのように、もの寂しい顔をしていた。

 また、無意識のうちに凶暴化していたことに対して、恐怖を抱いているようにも見える。

 

「リュナ……。話は後で聞くから、今はとりあえずこの洞窟から出よう。…このフクロウの死が、何か別の災厄のトリガーになるかもしれないからな。」


「うん、分かった。……ごめんね。」


「いや気にすんな。とりあえず早く出るぞ。ドロップ品は諦める。」


 リュナがこれ以上深く考える暇を与えないように、俺はリュナを急かす。

 俺たちは、無惨にも切り傷の位置さえ分からない程になった魔物を置いて、先の道を急ぐ。


 そこから俺たちは、何も考えず、何も言葉を発さず、何かから逃げるように、無心で走り続けた。


 少なくとも、あの魔物の死体や、洞窟に対する恐怖から逃げているわけではなかった。


 戦闘による疲労もあり、息も絶え絶えになりながらも、止まることはなかった。


 一度でも立ち止まると、さっきのことを思い出してしまいそうな気がした。




 何分走ったのだろうか。


 30分走り続けた後のような疲労感だ。

 でも実際は、10分足らずしか走っていないだろう。


 光が見える。

 赤い光が見え始める。


 出口だ。

 出口だと信じたい。


 俺はそんな言葉を頭で反復する。


 反復すればするほど、光は大きくなる。


 そして、ついに


 俺たちは全身で、黄金に色づく夕焼けを浴びた。

 

予測不能の出来事に見舞われたものの、ラクスたちはついに洞窟を脱出する。しかし、疲労が限界に達しそうなことを察したラクスたちは、最寄りの町である鉱山町ブランダルで、しばらく心身ともに休息を取ろうと決意する。


次回 第4話「悩める子羊」



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