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エピローグ 第2話「旅立ち」

第1話のエピローグの続きになります。突然意識を失ったラクスは、状況を詳しく知るために、母親を探します。しかし、そこで衝撃の事実が母親から伝えられる…

ー新暦852年6月×日夕方ー


 知っている天井であるが、知らない状況だ。


 俺が覚えているのは、リュナとかき氷を食べる機会を、失ったということだけだ。


 俺が気絶した後、誰かが(おそらくリュナだろうが)俺を家まで運んでくれて、今に至るのだろう。右にある窓を通過する光が、残った赤色であることから、今は夕方であることが分かったので、存外早く目が覚めたことに対し、横になったまま安堵のため息をつく。




 しばらく自室のベッドで横になって落ち着いた後、俺は心配させたことを謝ろうと、母を探した。普段なら手芸をするか、料理をしているので、リビングにいる可能性が高い。


 廊下にある窓から差し込む夕焼けが眩しくて、俺は片目を瞑りながらリビングへ行くと、案の定母がソファに座って手芸をしていた。


 「心配かけてごめん。少し前に起きたよ。」


寝起き口調でそう言うと、母はこっちを向き、編みかけのポーチと棒針を、多少乱暴に目の前の机に置いて、立ち上がった。

 

 「ラクス!あんた大丈夫なの?!。とりあえず意識が戻ってよかったわ。ひとまず……リュナちゃんに知らせないと。昨日から気にかけてくれてたのよ!」


 母は安堵の涙を数滴流し、俺の背に両手を回した。母親として当然の行動だろう。ただ、どうも「昨日」という言葉が喉のあたりで引っかかった。


 「え、昨日は俺なんともなかったよ。リュナが心配してたとしても今日だけだよ。」


 「なに言ってんの!あんた昨日から丸一日寝込んでたのよ!」


 母は抱擁を解いて、俺の両肩に手を当てて、目をまん丸にして言った。不吉の前兆を感じた俺は、記憶喪失になったかのような問いを投げた。


 「え……待って。今日何日?」


 「6月15日よ。」


 数時間ではなく、丸一日寝込んでいたことが発覚して、数秒は何も考えられない程には驚いた。


 母に後遺症が全くないことを報告すると、すぐにリュナを尋ねろと言われ、トマトを3つほど、不釣り合いな大きさのバスケットに入れて持たされた。




 バスケット片手に一日ぶり(俺としては数時間ぶりの感覚だが)にリュナの家の前に行くと、リュナが丁度、家の敷地内に掘られた井戸の近くで、洗濯板を持っていた。リュナは忙しない様子で全くこちらに気づかない。


 家の壁には例の熊のぬいぐるみが立てかけてあって、「風呂に入れてもらえてよかったな」と言って、俺は熊に微笑みかける。


「ラクス?」


 熊に意識を持って行かれていた俺は、突然声をかけてきたリュナを、少し驚いたような表情で見る。


「やっぱ……ラクス…だよね?」


 リュナは透き通る水面のような目で、俺を見ている。洗濯板を投げ捨てて、俺に向かって一直線に走り出す。そのままリュナは俺に抱きついてきた。リュナの暖かさを感じて安心し、バスケットを手放して、俺もリュナの背に両手を回した。


「心配かけてごめん。俺は何ともないから…安心してよ。」


「私は何ともあるよ!ひとまず……良かった……ラクスが死んだらどうしようって」


「ただ気絶しただけだよ。後遺症も無いみたいだし、また明日からいつも通り稽古できるからさ…あんまり気にすんな。」


「そういうことじゃ……でも…よかった……」


 何も言葉を交わさずして暫く、抱擁を解いた俺たちは、互いに平常心を取り戻す。冷静になったリュナは、気のせいか頬を赤らめているように見えた。リュナの顔を直視できない俺は、コロコロと転がったトマトを回収し、「これお詫び。母さんに渡してくれ。」とだけ言って、バスケットごとリュナに渡す。


 その後、明日の稽古のことなど、普段のたわいもない会話を済ませ、日が暮れる前に、俺はリュナの家を去った。


 ところが、俺が母と会話している時に感じた不安を煽るように、リュナの家の前の畑道を黄色い目の黒猫が横切った。俺は黒猫を見て、ため息をつく気にもなれず、何も起こらないことを願って足を進めた。



 

 ー新暦852年6月16日昼ー

 しかし、俺の望むように物事が進むことはなく、俺は訓練の途中で再び気を失ってしまった。難易度の高い炎属性の魔法を放った瞬間、魂が抜き取られるように体に力が入らなくなったのだ。




 ー新暦852年6月19日夕方ー

 目を覚ますと、赤い夕焼けの光が窓から差し込み、以前と同じ光景が目に入る。


「またか。今回は何日寝てたんだろうな。」


 以前よりは落ち着いた様子で、廊下へ出て右を向くと、そこには水を張ったボウルを持ったリュナがいた。リュナは、生き別れの兄妹に遭遇したような顔で俺を見ている。洗濯板のときのデジャブを感じ「ちょいちょいちょいちょい」と言葉を最後まで発せぬまま、すかさずリュナの持つボウル目がけて全力疾走する。案の定リュナは水を廊下にぶちまけて、俺に抱きついてきた。


 泣きじゃくるリュナを落ち着かせ、母とリュナに状況を確認した。どうやら今回は丸三日、目を覚さなかったようだ。


 流石におかしいと感じた俺は、この症状(突発的に意識を失うこと、高熱が出ること)が何の病気なのかを確かめるため、リュナと母と3人で、この村一番の医者を訪れた。


 村一番といっても、こんな小さな村には、そもそも医者の数が少なく、この『ユルラ医院』に来たのも言ってしまえば消去法だ。


 ユルラ医院は、現村長の息子が院長を務めているそうだ。彼はエラン大陸最西端の先進国『フェンリル』の上級学校で、この世界に伝わる伝説や、歴史的事象についての研究に手を付けていたらしい。


 待合室に入ると、まず目に入ったのは、本棚いっぱいに並べられた、伝記や歴史的文献だ。本の背にあるタイトルを読んでも、何のことかさっぱりなので、手に取りはしない。


 20分ほど待つと、「次の方どうぞー」と若い男性の声が聞こえたので、診察室に入る。椅子に座って待っている院長は、輝かしい金髪に、赤い宝石の入ったネックレスをしていて、陽気な雰囲気がだだ漏れている。「よろしくお願いします」とだけ言って、院長の向かいの椅子に腰をかけると、院長がその真っ赤な唇をぬるりと動かした。


 「で、兄ちゃんどうした?お腹が痛い?それとも偏頭痛か?」


 「いや、そうじゃないんですけど、近頃、気絶して数日寝込むということを繰り返していて、何かの病気かなと思って尋ねたんですけど。」


 あまり具体的には説明できなかったが、院長の方から聞いてくれるだろうと思い、とりあえず概要だけ伝える。しかし、俺の説明を聞くと、急に院長の表情が硬くなり、先ほどまでの陽気な雰囲気が一気に薄くなる。


「兄ちゃん、もちろん病院で嘘つくことはないと信じたいけど……それ、本気かい?」


「紛れもない真実です!私、隣で見ましたから!」


 俺が答えるより先に、同伴者用の椅子に座っていたリュナが、両手を膝に置いたまま口を動かす。「ちょっとリュナちゃん」と母がリュナを落ち着かせる。リュナの言葉を聞いた院長は、右手で顎を撫でながら考えた後、深刻な口調で

 

「もしかして、気絶している間に、高熱が出たりもしたかい?」


 と意表を突く問いを投げかける。俺は首を縦に振り、その返答に院長は再び顎に手を当てる。そして、


「少し時間をくれ」


 と口調を変えて言って、側に待機していた看護師に、何冊かの歴史書を持ってくるように命じた、その歴史書の中には、俺がタイトルを見て諦めたものも含まれていた。


 歴史書を手に取って、ページを捲り続けること数分、目的にのページに辿り着いた院長の表情は、更に硬いものになる。院長は表情を変えぬまま、その深紅の唇を動かす。


「心して聞いて欲しいんだけどね……結論から言うと、兄ちゃんには『権能』が発現した可能性がある。」


 初めて聞く言葉に、一同は口をポカンと開けて、院長の次の言葉を待つ。


「まあそういう反応になるのが正解だ。お母さんも姉ちゃんも兄ちゃんも、まず権能って言葉すら聞いたことないだろうね。なんせ、世界的に話題に出すことすら禁じられるほどのタブーだから。僕はフェンリルでそこらの研究に手をつけていたんだけどね、権能に関する資料の持ち出しはおろか、研究室以外でのそれに関わる口頭の議論ですら禁じられていたよ。」


 雷に打たれたような衝撃を受け、口を開けながらも何も言葉を発せない俺たちに向かって、院長は一息ついて口を再び開く。


「権能っていうのはね、知的生命体の強い感情の現れだとされていて、それが発現した生物は、目の前の事象を組み替えることができるんだ。簡単に言えば、物理法則関係なしに、自分の思った通りにできるってわけさ。例えば「破壊」の権能が存在したら、その発現者はやろうと思えば生物、建造物、いっそこの星すらも瞬時に壊すことができるだろうね。まあ……そんな感じよ。」


一通りの説明を受けて、当事者である俺はいてもたってもいられなくなり、強気に言葉を発する。


 「そんか感じって……そんなの存在するだけで世界を滅ぼしかねない危険因子じゃないですか!そもそも……」


 「そもそも、兄ちゃんが権能を発現した証拠がない。そう言いたいんじゃないかい?まあ確かに確固たる証拠は今のところないね。だけど僕は実例を知っている。……丁度10年前かな、ある若い奴隷の女性が権能に目覚めてね、彼女も目覚める直前に、兄ちゃんと同じような症状が出ていたという事実がある。発現者になった彼女は、彼女に普段酷い扱いをしていた契約者の思考を操って、立場を逆転させたんだ。」


「それから彼女は権力者の優越感を知ったんだろうね。ついには彼女を取り巻く全ての人間が、彼女に従属するようになったのさ。……研究機関では彼女の権能は『服従』と言われていたね。」


気持ち悪いほど現実味のある話を聞いて、俺は禁断の質問を投げかける。


 「その女性は最後……どうなったんですか?」


 「国家転覆を起こしかねない危険因子と判断されて……密かに処刑されたよ。もちろん国民には秘密でね。」


 処刑という言葉を聞いて、真っ先に表情を変えたのはリュナだった。口を手で押さえて、消えてしまいそうな声がポロポロと漏れる。


 「うそ……じゃあラクスも……」


 その言葉を聞いても、院長は表情を変えずに続けた。


「姉ちゃんが心配する気持ちは分かる。実際、機関にバレて、実害ありと判断されれば、即処刑だろうね。……だが、一旦安心して欲しい。僕は、今は機関に属していない。だからこのことを報告するつもりはないよ。……しかも、まだ兄ちゃんが本当に権能を発現しているのかどうかも分からない。」


ここで、痺れを切らした母が立ち上がって院長を詰める。


「じゃあ息子はどうすればいいんですか?!先生!かつて機関に属していたあなたならどうにかして下さい!」


 母の勢い院長は少し動揺し、「お母さん落ち着いて」と額に汗を流しながら、母を宥める。母もそんな先生を見て、「すみません、せっかく先生が話してくださっているのに……」と我に返り、謝罪して座った。院長も只事ではない事態に困惑しているようで、深呼吸をして、少し表情を緩めて話だす。


「正直なところ、この病院の設備と、僕の腕では、兄ちゃんのことを調べることはまずできない。だから、これは一研究者としての意見なんだけど……ラクス君………君はフェンリルへ行くべきだ。機関に、仲の良い優秀で温厚な研究者がいる。そいつならすぐに兄ちゃんを処刑したり、機関の中で公にしたりしないさ。……そいつと手を組んで、秘密裏に設備を使用して、兄ちゃんのことを調べてもらうんだ。」


 ただの気絶の症状が、ここまで大ごとに発展することを想定していなかった俺は、院長の言葉を噛み締め、一度胸に手を当てて、自分の考えを整理する。(俺は、フェンリルに行くべきだ。このままユルラ村に残って、権能が本格的に発現したら、何が起こるか想像もできない。)


 そして、決意を言葉にする。


「わかりました。俺はフェンリルへ行きます。」


 母やリュナにどんな言葉を投げられるか不安だったが、


「あんたがそう言うなら、母さんは何も言うことないわ……行ってきなさい。」


 と覚悟を決めた顔で、母は承諾する。17年間育てた息子に対しての信頼が、その眼光から見て取れる。一方でリュナは、何も言わず、下を向いて黙っている。


 母親の了承を確認した院長は、明日の昼までに、元同僚への手紙と、フェンリルまでの地図を完成させると言った。俺たちは院長に礼を言って、病院を去った。しかし、病院を出てからもずっとリュナは両手を後ろに組んで、下を向き、一言も発さぬまま、家へと帰ってしまった。




 ー新暦852年6月20日朝ー

 昨晩は普段よりも遅い時間まで起きて、院長の話を脳内で繰り返していた。自分が、世界を破滅へ導く危険因子となる可能性が浮上して、平気でいられる訳なかった。


 いつもより重い瞼をあげ、目やにを手で擦りながらベッドを降りると、見慣れた白髪が俺の視界に入ってきた。俺の知り合いに、平気で俺の部屋に入って椅子に座る白髪は、1人しかいない。


「えっ、リュナ!なんでここに!」


 と、思った言葉を脊髄反射で言った。白髪の少女は俯いたまま、俺の前で暫くぶりに口を開く。


「私も行く……。」


「え……」


 目的語が分からなかった訳ではない。だが、何も言わないわけにもいかず、場を繋ぐための疑問句を発声する。


「だから!私もラクスに着いていくって言ってんの!」


 らしくない強気な口調で、今一番言って欲しかった言葉を、リュナは半日以上ぶりに、俺の目を見て、涙ながらに言った。リュナの透き通るようなブルーの眼光は、その涙によって屈折させられたものの、俺の目にしっかり届いていた。


 リュナに言わせておいて、こう思うのは卑怯かもしれないが、どっちみちリュナは誘うつもりだった。いつ気絶するか分からない俺が一人旅をするなど、自殺行為そのものだ。


 リュナが同行することを母さんと、リュナの母さんに伝えると、2人とも一切反対せず、ただ「気をつけてね」「無事に帰ってきてね」とだけ言った。


 その後、俺たちは2人で再び院長のもとを訪ね、事情を説明すると院長は「やっぱりね」といった顔で頷いた。院長は俺とリュナに注意点を伝え、この話題は信頼できる人以外には絶対に話すなと念を押した。そして院長から、用意していた手紙と、手書きのデフォルメした地図を受け取り、俺たちは深く頭を下げて礼を言った。




 ー新暦852年6月23日朝ー

 丸2日間かけて、準備と話し合いを重ねた俺たちは、万全な状態で出発日の朝を迎えた。


 村の南部の境界付近までは、俺の母、リュナの妹と母の3人が見送りに来てくれた。リュナの妹は眠たそうに目を擦りながら、母の後ろに隠れている。


 出たばかりの太陽の光が、リュナの新調した鋼の剣の剣身を照らす。いつ帰ってこられるか分からない旅に備えて、俺たちは防具、武器を新調した。また、母親2人からは計20万ダル(通貨)を受け取った。20万ダルもあれば、安い宿であれば2人でも20日は泊まれるだろう。


 お互いに忘れ物がないかを確認して、2人は北を向く。母親2人は、涙を浮かべながら何度も「気をつけてね」「何かあったら帰ってくるのよ」のような心配の声をかける。一通り言い終えた後、リュナの母が妹に「ほら、お姉ちゃんにいってらっしゃいなさい」と背中を押すと、妹は少しだけ俯いて「いってらっしゃい」と呟く。そんな妹に姉は微笑みかける。


 俺とリュナは大きな声で「いってきます!」と言って、南を向いて歩き出した。

リュナと共に旅のスタートラインを切ったラクスたちは、エラン大陸上で、ユルラ村のほぼ対極に位置する、フェンリルへと向かいます。しかし、そんな旅は一筋縄ではいかないようで…


次回 第3話「黙りこくる洞窟」

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