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第4話「悩める子羊」

 久しぶりに浴びた夕焼けの太陽光は、その色にふさわしく、非常に暖かいものだった。

 目の前には、丘が広がり、生える新緑の短草は夕焼けによって、秋を想起させる黄金に染まっている。

 山を一つ越えただけで、よく環境がこんなにも変わるものだ。全く自然の力は恐ろしい。


 俺たちを出迎える自然に感動しながらも、周囲を見回すと、出てきた際に通ってきた穴が塞がる。まるで先ほどの体験が幻であったかのようだ。


 突然の魔物の出現はまだしも、俺はリュナの変貌のことで頭の中が一杯だ。


 魔物の戦闘中に、リュナは急に人が変わったように、自身の身も顧みないような、残酷な戦士へと変貌したのだ。

 リュナの反応を見ると、無意識に体が動いたようで、戦闘中の記憶も鮮明ではないようだ。


 俺は息を整え、リュナに話しかける。


「なんとか出られたな。……まさか最後の最後にあんなのに遭遇するとは。院長も知ってたなら、地図にそう書いといてくれればよかったのにな。」


「……まあ、結果よければ全て良しだよ!ああもう疲れたよー。お腹も空いたしさー…ラクスー、まずはブランダルに行って美味しいもの食べようよー。」


 リュナはどこか無理をしているような、ぎこちない笑みを浮かべる。

 先ほどのことで、心身ともに相当こたえているようだ。


 (これ以上思い詰められても困るし、まずはお互いに休息を取るとするか。リュナについては様子をみよう。)


 「美味しいものもそうだけど、今日の宿も決めないとな。安いところがまだ空いているといいんだけど。」


 そういうと俺は、近くの整備された道を進み、第一のチェックポイントである、鉱山町ブランダルへと足を踏み出す。




 20分ほど歩くと、町の入り口を象徴する、岩石のアーチが目前に迫る。

 俺たちアーチをくぐり、ブランダルの町の雰囲気を全身で感じる。


 鉱山の近くに位置し、希少な宝石や岩石の販売が盛んとよく言われるブランダルは、隙間なく、石材建築の家が道に沿って立ち並ぶ。

 耳を澄ますと、どこからか、「カン!カン!」と鉄を叩く音が聞こえる。

 道の幅は、家1つ分ほどが確保されていて、中心には街頭が並んでいる。


「わーお。これがブランダルかー。どこを切り取っても、ユルラ村とは大違いだな。家も多いし、距離は近いし、二階建てだし。いかに、ユルラ村の発展が遅れているか、目に見えて分かるよ。」


「ユルラ村もいいところ沢山あるけど、ここも凄いねー。街頭があるから夜も安心して歩けるし。パッと見た感じ、治安も良さそう。」


「それはどうだろうな。」


 俺は街頭を見上げるようにして、ぼそっと返事をした。そして続ける。


「街頭があるからと言って、安心できるわけじゃないよ、多分。俺は、むしろその安心感に漬け込んで、誘拐や窃盗が頻発しても、何もおかしくないと思う。…あれを見てみろ。」


 俺は、家の正面の壁に大大と書かれたラクガギを指差した。

 そこには『GOLDEN TIME』と書かれている。

 それを見たリュナは、少しムッとした顔で、小さい怒りを言葉に表す。


「ひどいことする人もいるもんだねー。でも、みんながみんなそうじゃないだろうしさ。ラクスも気にしすぎて、人を疑いすぎないようにね!」


 時々、このようなリュナの核心をつく発言には驚かされる。

 そう考えると、リュナはよく人を見ている。

 ポンコツなりにも周囲をよく観察し、気を配ったりもしているのだろう。




 その後、俺たちはリュナが見つけた酒場『酒場 ヒスイ』で食事を済ませた。

 酒場では、酔っ払った柄の悪そうな男性数人が、「あいつまんまと騙されてやんの」とか、「今月だけでもうこんだけよー。」「いやーあのジジイこんだけ持ってたよ。もうすぐ死ぬのにもったいねえの。」など、聞いているだけでも、犯罪だと断定できるような内容の会話をしていた。


 店員の1人の若い女性は、お盆で顔を隠すようにして、その客の方をチラチラ見ていた。

 俺とリュナが、態度の悪い犯罪者を横目に見ていると、店員の気さくなおばちゃんが、俺たちの座るテーブルへと来て、「気にしちゃダメだよ。あんなの日常だから。」と言う。


 おばちゃんに話を聞くと、

 どうやら、昔は町は親切な人で溢れかえっていたらしく、犯罪なども、月に一度取り上げられるかどうかの程度であったとか。

 しかし、ある冒険者が付近の鉱山に、金の鉱床を発見する。

 その噂が広まると、我先にと利益を出そうとする人が、押し寄せるように町へと流れ込んだ。

 押し寄せた人は、目先の利益だけを考えて、町やその住民のことなど考えないものが多かった。

 そんな人たちが、ストレスの発散を目的として、壁に落書きをしたり、犯罪を繰り返したりしているうちに、今の有様になった、と言うことらしい。


 まとめてみると、なんともひどい話だ。

 だが、そうは思っても、自分がどうにかできる問題ではないことも理解している。


 だから、もし町で困った人を見かけたら、率先して助けてあげようと心に決めた。


 俺たちは、一割り増しの金額をテーブルに置いて、人に聞こえないような小声で「ご馳走様でした。また来ます。」とだけ言って、店を出た。




 店を出て少し歩いたところに、落ちそうな看板に『山羊の宿』と書かれた宿屋を見つけた。

 扉を開けて中に入ると、カランカランとベルが出迎える。

 小汚い外装からは想像もできないほどに、内装は綺麗に保たれていて、床には沢山の観葉植物が置いてる。

 天井の暖色のライトが、小洒落たエントランスの数列のテーブルや、受付カウンターを照らす。


「山羊の宿ねぇー、確かに山の中のような気分になるね。」


 リュナが辺りを見回しながら言う。

 カウンターを見ると、そこには誰の姿も見えない。


「すみませーん。……すーみーまーせーーん!」


 2回目の確認に食い込むように「はいはいただいま。」と返事が聞こえる。

 白いエプロンを纏った、大人びていながらも、可愛げのある、25歳ほどのお姉さんがドタバタとカウンターの裏からやってきた。


「すみません。2人で1泊したいのですが、空いていますか?」


「お客様大変申し訳ございません。ただいま、空室が一室のみとなっておりまして、ベッドが一台なので、お一人様はお布団になってしまうのですが……それでもよろしいでしょうか。」


 どちらかと言えば、よろしくはない。

 次の誕生日で18歳になる男女2人が、一夜を同室で共にするのはまだ心の準備、いや、体の準備もできていない。

 俺は、女としての意見を聞くために、リュナに問いかける。


 「どうする?……リュナは俺と同じ部屋でもいいのか?ここまで野宿で節約してきたんだから、他の宿で2部屋とってもいいんだぞ。」


 リュナは考える様子も見せず、


 「いいよ。仕方ないし、今日はラクスと一緒の部屋で寝るよ。」


 満更でもなさそうなリュナに、俺は少し困惑する。

 おそらく俺のことなど、ただの幼馴染としてしか見ていなく、男性としては見ていないのだろう。

 また、「仕方ないし」という言葉が、本意ではないことを証明している。


「そうしますと、1部屋で3500ダルになります。」


「えっ!安いですね。……てか、これだとどう考えても1人分の料金じゃないですか。部屋は1つですけど、ちゃんと2人分払いますよ。」


「いいんですよ、結構です。若い旅人さんからお金をむしり取りたくはありませんから。それに……この店、あと少しで潰れると思うので……」


 突然の経営難の話に、俺はそこまで大きな衝撃を受けなかった。

 店の入り口の看板や外装を見て、なんとなく、そうなんだろうと思っていたからだ。


「そんな。中はこんなに綺麗なのに……。しかもこんな美人さんもいるのに……」


 リュナは納得のいかない顔で口を開く。


「慰めてくれてありがとうございます。でも……いいんです。」


 お姉さんは俯いてしまう。そんなお姉さんを見て、俺とリュナは顔を合わせる。

 すると突然、パッと前を向き直し、


「さあ!こんな話に付き合ってくれてありがとうございました。料金は後払いなので今は結構ですから、お部屋に案内しますね。」




 カウンターのすぐ隣に見えていた階段を登ると、狭く、奥行きの短い廊下に出る。

 左側に扉が2つだけ見える。どうやら部屋は合計2室のようだ。


 建物の横幅から、大した規模ではないだろうとは考えていたが、ここまでだったとは。

 確かに、たった2室、しかもあの安さでこの店を運営すれば、大抵の場合、赤字になるだろうな。


「こちらになります。では、ごゆっくりどうぞ。お布団は入ってすぐ右の扉の中にございます。また、朝食は朝の6:30~9:00の間に、一階のテーブルにお越しいただければ、すぐにお作りいたします。」


「えっ、朝食も付いているんですか!すごいサービスですね。」


 こちらとしては嬉しいばかりだが、お姉さんの話を聞いた後では素直に喜べない。

 お姉さんは軽くお辞儀をして、階段を降りる。


 扉を開けて中へ入ると、エントランスと同じように、内装は綺麗で、丁寧に掃除をしていたのがよく分かる。


 暫くぶりのベッドに興奮したのか、リュナは勢いよくベッドにダイブをする。

 ミシミシと木が叫び声をあげ、リュナもまずいと感じたのか、ゆっくりと起き上がり、ベッドに腰掛ける。


 俺も壁に隣接した机から椅子を抜き出し、背もたれに背中を預ける。


「まあ、色々考えちゃうだろうけど、一旦忘れようぜ。俺は今から布団敷くから、リュナはその間に風呂入ってろよ。俺もその後入るから。」


「流石に覗いたりしないよね。」


「それくらいは何も言わず、信じて欲しかったな。」


 リュナは風呂場に入り、扉を閉めるまでずっとチラチラと俺を見て、覗き予防を徹底していた。

 幼馴染として、幼い頃に2度ほど、リュナと一緒に風呂に入ったが、あの時と今は全く別の状況だ。


 邪なことを考え始める前に、俺はさっさと布団を取り出し、ベッドから少し離れたところに敷く。

 

 布団を敷き終えた途端、リュナのシャワーの音が一気に耳に入ってくる。

 邪なことを考えてしまいそうになった俺は、敷いたばかりの布団に潜り込み、耳を塞ぐ。


 耳を塞ぐと、何も聞こえなくなった。

 目を閉じると、光さえも侵入することができない。


 頭の中が完全な虚無になり、ここで暫く溜め込んできた疲れがどっと押し寄せてくる。


 瞼から力が抜けていき、俺の意識は段々、段々と……遠のいていく。




 ー新暦852年6月28日早朝ー

 目が覚めた時にはもう、朝日がこちらを覗き込んできていた。

 布団に潜って五感を遮断して、疲れてそのまま寝てしまったようだ。


 ベッドの上で、リュナがすやすやと眠っている。

 赤ん坊のように白く綺麗な肌は、リュナが普段から手入れを怠っていないことを表している。


 衝動に駆られて、リュナの頬をぷにっと押してみる。

 そうすると、むにゃむにゃと子供のように寝返りをうつ。


 (まだ17だもんな。他にやりたいこともあったろうに。こんな旅に付いてきてくれて、ありがとな。)


 もう一度、頬をつつこうとしたが、このタイミングで起きてしまうと、場を繋げる自信がない。

 意気地なしの俺は、そっと部屋を出て、散歩にいくことにした。


 宿を出ると、外には誰もいない。

 夜の印象とは異なり、人々の会話や鍛造をする音がないと、壁の落書きや建物の古さが目立つ。

 こう見ると、捨てられた町のように見えてしまう。


 眠気を覚まそうと足を進めると、誰もいないと思っていた通路に、何やら大きな人影が見え始めた。

 時々止まっては家に向かって手を伸ばすその影は、よく見ると人ではないように思えてくる。


 実際、人ではなかった。

 全身を覆う藍色の体毛。

 狼を象徴する長く高い鼻。鋭い顎の上には、鋭い牙が露出し、朝日に照らされて白く輝いていた。

 でも目には優しい光が宿っていて、不思議と恐怖の感情は抱こうにも抱けない。


「狼か?でも二足歩行してるしな。……人間とのハーフ、半浪か?」


 その容姿に気を取られて気が付かなかったが、その半浪は新聞配達をしていた。


「俺が抱いていたイメージとは大分違うな。今は半浪も新聞配達をする時代って訳か。やはり、世界は広いな。」

 

 ユルラ村からほとんど出たことがなかった自分は、籠の中の鳥であったのだと思い知らされる。


 歩いているうちに、半狼との距離は段々と縮まる。

 時々地図のようなものを開いては、配達先の家を確認して、真面目に仕事をこなす。

 そんな半浪に、俺はどこか必死さを感じる。


 配達を進め、俺の向かいの位置あたりまで来た半浪は、ようやく俺の存在に気づく。

 俺と半浪の目が合い、俺は軽く微笑んで会釈をする。

 それに対して半浪は、鋭い牙を光輝かせて、笑顔で会釈をする。

 ただその笑顔が、無理をしているように見えたのは俺だけだろうか。




 その後は道路の突き当たりで折り返して、宿に帰った。


 部屋に入ると、まだリュナはぐっすりだった。相当疲れが溜まっていたのだろう。

 起こすのも申し訳ないと考え、椅子に座って辺りを見回す。

 ふと風呂場の前に未使用のバスタオルが1組、丁寧に畳んであるのが目に入る。


「そういえば昨日、風呂に入れなかったな。」


 夏の朝の散歩で少し汗をかいていた俺は、そのまま風呂に入る。

 浴槽のお湯はきちんと抜かれていた。

 軽くシャワーだけ済ませると、バスタオルを外に置きっぱなしにしていたことに気づく。


 だが、俺は油断していた。てっきり、リュナがまだ寝ていると思い込んでいたのだろう。

 ドアを半開きにして、床に直置きしていたバスタオルを取ろうと屈んで、手に取った後上を見上げる。


「あっ。…ごめ」

「きゃあぁぁぁ!ラクスのバカ!」


 霰もない姿を見せつけた俺に、リュナはストレートパンチをお見舞いする。

 鼻から変な音がした気がした。


 なんとか服を着て、リュナに土下座しながら状況を説明する。

 意外にもすんなり許して、機嫌を取り戻してくれた。


 軽いアクシデントがあったものの、時計が8時を指したあたりで俺たちは一階に降りる。

 カウンターでお姉さんを呼び、食事の用意をお願いする。


 食事が目の前に並べられ、俺たちは食べながら話をする。


「今日絶対にやらなきゃいけないのは、ここの冒険者協会で冒険者の登録をすることだ。院長が言うには、院長の元同僚がいるフェンリルの中心部に入るためには、冒険者のパーティランクが、確か……

マスター?以上じゃなきゃいけないらしい。」


「パーティランクってことは、冒険者になるだけじゃなくて、何人かでパーティを組まないといけないのかな?」


 リュナがパンを口に咥えたまま、モゴモゴと話す。


「俺もそう考えているけど、パーティランクがどうやって決まるのかとかはさっぱりだ。そもそも、俺たち2人でパーティが成立するかどうかも、分からないしな。」


「じゃあもしかしたら他に仲間を探すかもってこと?」


 リュナは少し不安まじりに言葉を発し、それに合わせて表情も暗くなる。

 

「そうだな。でもそれも可能性の一つだ。……まあとにもかくにも、協会に行って色々聞いてみるのがいいだろう。」


 食事を済ませた俺たちは「ご馳走様」と言って、食器をカウンターへ運ぶ。

 一泊してみて、そのサービスに満足していた俺たちは延泊をお願いすると、お姉さんは喜んで了承してくれた。

 とりあえず具体的な日数は伝えず、出ていく日にそれまでの宿泊料を払うことにした。

しばらく「山羊の宿」に泊まることを決めたラクスたちは、冒険者になり、ゆくゆくはパーティを組むために、ブランダルの冒険者協会へ向かう。そこでは、ある運命的な出会いがラクスたちを待っていて…


次回 第5話「孤独に嘆く狼」

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