第10話:記憶の味と始まる祭り
第10話:追憶の味と祭りの始まり
早朝。中央市場。
ユウトは雑踏の中で、慢性的な睡眠不足特有のぼんやりした顔で立っていた。
「腹減った……。何食って凌ごうかな」
一軒のパン屋の前で立ち止まる。この世界の、石みたいに硬いパンを見て、彼は故郷が猛烈に恋しくなった。
(見た目は似てるけど、味は絶対スカスカだわ。バインミーが食いてぇ……。パテの香りと、カリッカリの皮。あの激辛ソースが脊髄を突き抜ける感じが最高なんだよな。一口食えば電気走るレベルだぜ)
試しに一つ買ってかじってみる。ボソボソした木屑を噛んでいるようだ。
(……ゴミだな。パンは重すぎるし、味は水みたいに薄い。肉と野菜の比率もめちゃくちゃだわ。ほんとゴミ)
ため息をつきながら周囲を見渡す。彼の脳内で「食文化操作」という名の起業プランが動き出した。
(パンの改良とパテの再現さえできれば、面白いことになりそうだ。リマを呼んで商談するか。部下なんて働かせてナンボだろ。バインミー売らせようぜ)
学園にて。
ユウトがバインミー長者になる計画を練っている間、クラスメイトたちは市場の喧騒みたいに騒いでいた。
「おいユウト! 聞いたかよ、兄弟!」――シンが火事場のような大声で叫ぶ。
「夏祭りが来るぞ!」――タムも興奮気味に続いた。
「剣術大会の賞金、マジでヤバいらしいぞ!」
ユウトは机に足を投げ出し、無関心を装って天井を見上げた。「大会? だる。ガキのチャンバラごっこなんて見て何が楽しいんだよ」
(……剣術大会か。どうせチート野郎共のステージだろ。……待てよ、賞金がヤバい? もしそれを分取れば、王都のパン屋を買い占めてバインミー作り放題じゃん……。うわ、その話めちゃくちゃ美味しいな)
友人たちの視線を受け、ユウトはポケットに手を突っ込んで立ち上がった。「お前らだけでやってろ。俺はパスだ。めんどくせぇ」
高潔な隠者のような背中を見せて教室を出る。だが、廊下に消えた瞬間に呟いた。
(よし。まずはアイツらの前で軽蔑してみせて、ハードルを下げるのが王道だな。『闇の実力者』が学園の小銭を欲しがっちゃ格がつかないだろ? ……でも、今夜こっそり偽名でエントリーしなきゃな。資金稼ぎにはちょうどいいわ)
昼下がり、祭りの準備で沸き立つ校内。昼寝の場所を探していると、エレナ・アストリアが立ち塞がった。クラスが静まり返る。
「ユウト」
「……何すか、お嬢様」
「貴方、剣術大会に出なさい」
「断る。暇じゃないんで」
「もう貴方の名前、書いといたから」
ユウトは椅子から転げ落ちそうになった。「は!? 何してくれてんのあんた!? 誰が頼んだよ!」
(この女、バカか? 偽名を使う計画が丸出しじゃねーか! なんで本名でトラブルに巻き込んでくれるんだよ!)
エレナはトドメの一撃を放った。「だって貴方、私の恋人でしょう?」
クラス中が爆発した。「はあああああ!? アイツとエレナ様がぁぁぁ!?」
ユウトは顔を背け、溜息を吐いた。「……もう勝手にしろよ。暇つぶしくらいにはなるだろ」
街の影では、組織ERの連中が蠢いていた。「祭りの大会に、シャドウが現れる可能性が高い。見つけ次第、抹殺せよ」
開会式。掲示板にはデカデカと名前が並ぶ。「クロガネ・ユウト? 誰だよこれ」「数合わせのモブだろw 顔からして弱そうw」
貴族たちが嘲笑う中、ユウトはその名前のすぐ下に「カノジ・ツカサ」の名を見つけた。彼女は黙って立っていた。「全くいかれた連中だわ」
観客の中でユウトはポケットに手を突っ込み、嘲笑を聞いていた。
(……ふん。見下されるのは、ちょうどいい。目立たないほど『演技』はしやすいからな)
彼は邪悪に微笑んだ。(……面白くなってきたじゃねーか)
その時、冷たい風が吹き抜け、不気味な魔力が漂う。(……ERか、あるいは別の何かか。闇が……少し集まりすぎてるな)




