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第10話 ざまぁ完了、そして角煮

 探索者ギルド日本本部、地下の特別尋問室。

 外界の光が一切届かないその冷たいコンクリートの部屋で、B級パーティ『紅蓮の剣』のリーダー、炎上烈は、信じられないものを見るような目で目の前のモニターを見つめていた。


「嘘だ……こんなの、何かの間違いだ! 捏造だ! 誰かが俺様を陥れるために作った合成映像に決まってる!!」


 烈は手錠をかけられた両腕を振り乱し、狂乱したように叫び声を上げた。

 しかし、彼を取り囲むギルドの幹部たち——その中央に座る近藤ギルド長の眼差しは、文字通り絶対零度のように冷酷だった。


 モニターに映し出されているのは、ネットの特定班によってサルベージされ、全世界に拡散された『ハエドリ』の完全版アーカイブ映像だ。

 烈が恐怖に顔を引き攣らせ、後方にいたポーターの鈴木悠作を「囮になってくれ!」と叫びながら、強引に魔竜の射線へ突き飛ばすその醜悪な姿が、これ以上ないほど鮮明な高画質と高音質で再生され続けていた。


「合成なわけがないだろう、炎上烈。このデータは、ネットの有志たちがクラウドのバックアップ領域から復元した映像と、我々ギルドのサーバーに残っていた君の機体の通信認証ログのハッシュ値まで完全に一致している。捏造の余地は一ミクロンも存在しない」


 近藤の低く重い声が、尋問室に響き渡る。

 烈はガクガクと震えながら、血走った目で近藤を睨み返した。


「だ、だからなんだっていうんだ! たかが荷物持ちの一人や二人、S級ボスの前じゃどうせ死ぬ運命だったんだ! 俺様たちのような将来有望な探索者が生き残るための、必要な犠牲だったんだよ!」

「……必要な犠牲、だと?」

「そうだ! それに、結果的にあいつは生きてるじゃねえか! あの映像の通りなら、あいつが自力で魔竜を倒したってことになる! なら俺様はお咎めなしだろ! むしろ、あんな化け物をポーターとして寄越したギルドの責任……」


「黙れ、下衆が」


 近藤から放たれた強烈な殺気に、烈は喉を締め付けられたように言葉を失った。


「君は、あの映像を見て何も感じないのか。自分が突き飛ばした鈴木殿の、あの顔を」


 近藤はモニターに映る、突き飛ばされた直後の悠作の『虚無顔』を指差した。


「君の卑劣な裏切りを受けてもなお、彼は微動だにせず、一切の怒りも絶望も表情に出さなかった。逃げゆく君たちの背中を守るため、自らが盾となることを一瞬で覚悟した、究極の自己犠牲と慈愛の顔だ……! 君のような保身に塗れた男が、あの気高き英雄の精神を理解できるはずもないがな」


(……は? 英雄? 自己犠牲?)


 烈の頭の中に疑問符が浮かぶ。彼が知る鈴木悠作は、ただ言われた通りに荷物を運ぶだけの、無気力で薄気味悪い30歳のフリーターだ。そんな高尚な精神など持っているはずがない。

 だが、世界はすでにその「勘違い」を真実として受け入れていた。


「炎上烈。お前たち『紅蓮の剣』が犯した罪は重い。仲間の見殺しによる殺人未遂、虚偽報告、そしてギルドの品位を著しく貶めた罪。ギルド規約に則り、お前たちの探索者免許を永久に剥奪する。今後、世界中のいかなるダンジョンへの立ち入りも禁ずる」

「なっ……! 永久剥奪!? ふ、ふざけるな! 俺様を誰だと思ってる! 登録者数トップクラスの配信者だぞ!」

「その配信チャンネルも、規約違反により先ほど永久凍結された。……それから、これを返しておこう」


 近藤が机の上に放り投げたのは、烈のスマートフォンだった。

 手錠を外された烈が震える手で画面を見ると、そこには数百件の通知が溜まっていた。


『スポンサー契約の即時解除を通達します』

『当社のブランドイメージを毀損したとして、違約金3億円を請求いたします』

『事務所からの解雇通知』

『お前みたいなクズは二度と表に出るな』

『死んで詫びろ』


 スポンサー企業からの莫大な違約金の請求、所属事務所からの解雇通知、そして世界中の人々からの憎悪に満ちた罵詈雑言の嵐。

 地位、名誉、財産、そしてこれからの人生。

 烈がこれまで見栄と嘘で塗り固めて積み上げてきたすべてが、音を立てて崩れ去った瞬間だった。


「あ……あああ……あぁぁぁぁぁっ!!」


 尋問室に、すべてを失った男の絶望の慟哭が虚しく響き渡る。


『紅蓮の剣』は、こうして社会から完全に抹殺され、誰にも惜しまれることなく表舞台から消え去ったのである。


★★★★★★★★★★★


 そんな、一つの悪党パーティが地獄の業火で焼かれ、完全なる「ざまぁ」が完了している頃。

 その元凶であり、世界中から「裏切り者すらも愛した聖人君子」「人類最強の英雄」として神格化されている鈴木悠作は、四畳半のボロアパートのキッチンで、真剣な顔でフライパンを振るっていた。


「よし、火加減は完璧だ。やっぱり特売の豚肉は、強火で一気に炒めるに限る」


 悠作の今日の夕飯は、昨日スーパーで激戦の末に勝ち取った豚コマ肉をふんだんに使った『肉野菜炒め』である。

 ごま油の香ばしい匂いとともに、キャベツともやしがシャキシャキと音を立てる。オイスターソースと醤油、すりおろしニンニクを合わせた特製のタレを鍋肌から回し入れると、ジュワァァッという暴力的なまでの食欲をそそる音が四畳半に充満した。


 そして、コンロの隣には、冷蔵庫から取り出され、小鍋で静かに温め直されている一品があった。

 一昨日仕込み、二日間の熟成を経て完成の域に達した『究極の豚の角煮』の残りである。煮汁は肉のゼラチン質と融合してトロトロの餡へと変化し、八角の香りが食欲の限界を突破させてくる。


「今日は肉野菜炒めと角煮のダブルメインだ。カロリーなんて気にしてられるか」


 悠作がホクホク顔で料理を皿に盛り付けていると、足元で微かな気配がした。

 視線を落とすと、昨日ゴミ捨て場から拾ってきた子犬の『ポチ』が、ちょこんと完璧な姿勢で「お座り」をして、悠作を見上げている。


「おっ、ポチ。お座りがすっかり板についてきたな。偉いぞ」


 ポチは賢い。悠作が「お座りをして待てば、美味しいおこぼれがもらえる」と教えたところ、わずか半日でそのルールを完璧に理解したのだ。

 銀色の美しい毛並みを持つ小さな体は、ピシッと背筋を伸ばし、行儀よく前脚を揃えている。しかし、目の前で漂う肉野菜炒めの圧倒的な匂いの暴力に耐えきれないのか、つぶらな黒い瞳を潤ませながら、小刻みにプルプルと震えていた。


『キュゥン……ッ』


 我慢の限界を訴えるような、可愛らしい鳴き声。

 ポチの感情の昂ぶりに呼応して室内に致死的な冷気が満ちるが、カンストした温度耐性を持つ悠作にとっては、心地よい食後の冷房でしかなかった。


「ははっ、よしよし、待てができて偉いな。ほら、味付けしてない豚肉の茹でたやつだ。食っていいぞ」


 悠作がご褒美の肉切れを小皿に入れて床に置くと、ポチは弾かれたようにそれに飛びついた。

 嬉しさのあまり、ポチの銀色の尻尾がパタパタと高速で振られる。

 ブンッ! ブンッ!

 尻尾が空気を切り裂くたびに小さな真空波が発生し、部屋の隅に積んであった古雑誌の束を真っ二つに両断した。


「おっと。ポチ、尻尾振るのはいいけど、あんまり暴れると部屋が散らかるぞ。今日は一段と風が強いな……換気扇の吸い込みが強すぎるのか?」


 悠作は、S級幻獣が引き起こす物理現象を「すきま風」という極めて日常的な理由で強引に納得し、肉野菜炒めと角煮が乗った皿をちゃぶ台へと運んだ。

 彼の手元にある安物のスマートフォンは、昨日ACアダプタがショートして寿命を迎えて以来、新しい充電器を買うのを後回しにしたせいでバッテリーが0%になり、完全に沈黙したままだ。

 そのため、ギルドからの膨大な着信も、全世界のネットの狂乱も、彼には物理的に届く術がなかった。


「いただきます」


 神聖な儀式のように手を合わせ、まずは肉野菜炒めを口に運ぶ。

 シャキシャキとした野菜の食感と、豚肉の強烈な旨味、オイスターソースのコクが完璧なハーモニーを奏で、炊きたての白米を無限に消費させる。

 そして、本命の角煮。

 箸で触れるだけで崩れそうなほど柔らかくなった肉片を、ご飯の上に乗せて共にかき込む。

 二日間の熟成により、甘辛いタレの味が繊維の芯の芯まで染み込んでおり、脂身は舌の上でとろけて消える。


「……美味い。やっぱり角煮は二日目が至高だな。生きててよかった」


 悠作が至福の表情でどんぶりと向き合いつつ、食後の寛ぎとして何気なく古いテレビの電源を入れると、臨時ニュースの音声が流れてきた。


『——速報です。ダンジョン探索者ギルド本部は先ほど、B級パーティ「紅蓮の剣」のリーダー、炎上烈氏に対する「探索者免許の永久剥奪」を発表しました。炎上氏は、悪質な虚偽の報告を行ったことに加え、昨日のS級ボス討伐に関する甚大な環境破壊の責任を問われ、スポンサー企業からの莫大な違約金請求も——』


 悠作は咀嚼する口をピタリと止め、画面に映し出された、報道陣に囲まれてうなだれる烈の姿を見つめた。


(やっぱり、昨日の会見のニュースは本当だったんだ……! 炎上さん、俺の身代わりになって全ての罪を被ってくれたあんたの漢気、一生忘れないぜ)


 悠作はテレビの画面に向かってそっと心の中で感謝の手を合わせると、すぐに「さて、肉野菜炒めが冷めないうちに食おう」と極めて個人的な食欲の追求へと見事に思考を切り替えた。

 自分が世界最強の『虚無ニキ』として神格化され、烈がただの自業自得で破滅しただけだとは、夢にも思っていない。


 その時、アパートの外から、ざわざわとした大勢の人々の話し声や、車のアイドリング音、そしてカメラのフラッシュらしき光が窓の隙間から漏れ見え始めた。

 ネットの特定班たちの手により、ついに悠作の居場所が割れ、血気盛んなマスコミやファンたちが、このボロアパートを取り囲み始めていたのだ。


「……ん? なんか外が騒がしいな」


 悠作は窓の外をチラリと見た。

 その瞬間、彼の「事なかれ主義」の論理エンジンが、最大級の警報を鳴らした。


(ついにあのトカゲの件で、環境保護団体のデモ隊かマスコミが嗅ぎつけてきやがったか……! 炎上さんが庇ってくれてるのに、まだ俺から罰金を取ろうってのか。冗談じゃない、絶対に居留守を決め込んでやる。ドアなんて開けるもんか)


 悠作は完全にスルーを決め込むと、テレビの電源を消し、外の喧騒から現実逃避するように、目の前の至高の肉野菜炒めと角煮に全神経を集中させた。


「よし、冷めないうちにおかわりだ」


 世界が彼を求めて狂乱し、扉の向こうに数万人の熱狂が迫り来る中。

 最強の無自覚ポーターは、足元でじゃれつくS級幻獣に肉の切れ端を与えながら、どこまでもマイペースに、自分だけの平和な夕食の時間を楽しんでいるのだった。

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