第3話 明日の朝
朝からユアンは何度も街道を見た。
「来るなら昼前だろ」
炭窯の前で薪を割っていたローディが言う。
「別に待ってない」
「俺、誰とも言ってないぞ」
「うるさい」
ユアンは割った薪を拾い、置き場へ放り込んだ。
ベルクは窯の煙を確かめるばかりで、兄弟のやり取りには口を挟まなかった。昨日来た商隊はまだ村にいる。朝から広場では荷を積み直す音がしていたが、山道へ目をやっても、見慣れた荷馬車は現れない。
「ユアン、それ終わったら下の薪も持ってこい」
「分かった」
ベルクに言われて斧を置き、ユアンは坂を下りた。
広場へ着くと、3台の荷馬車の周りで商隊の男たちが働いていた。昨日より荷台の中は整理されているが、荷縄を締め直したり、車輪へ油を差したりしていて、すぐ出発する様子はない。
ユアンが薪を抱えようとした時、街道の向こうから車輪の音が聞こえた。荷馬車が1台、こちらへ近づいてくる。荷台には見覚えのある布がかかっていた。
「お」
近くにいた村人が声を上げる。
「オルドじゃないか」
荷馬車が広場へ入り、馬が止まった。
「よう」
御者台から降りたオルドは、いつもと変わらない顔で片手を上げた。
「久しぶりだな、ユアン」
「……うん」
「なんだ、その顔」
「別に」
オルドは荷馬車の後ろへ回った。
「親父さんの脚は?」
「まだちょっと悪い」
「そうか」
オルドは荷台の覆いをめくって振り返った。
「で、どうする?」
「……まだ」
「まだ決めてないのか」
「決めてないっていうか……」
オルドは返事を待たず、荷台から小箱を下ろした。
「明日の朝には出るぞ。来るなら、それまでに荷物まとめとけ」
「明日の朝?」
「ああ。飯は出す。その代わり、荷物運びと馬の世話は手伝え。宿がなきゃ外で寝る」
「それくらいならやるよ」
「自分の荷物は自分で持てよ。欲張って詰めると後で泣くぞ」
「泣かないよ」
「ならいい。あと、親父さんにはちゃんと話してから来いよ」
「……うん」
「持つか?」
「持つ」
ユアンは箱を受け取り、荷置き場まで運んだ。その足で頼まれていた薪を上へ運び、広場へ戻ると、オルドは荷を分け始めていた。いつもの塩や油のほかに、布の包みや針、小さな鉄製品が積まれている。オルドは村へ下ろす物と、そのまま残す物を次々と分けていった。
商隊から男が1人歩いてきた。
「オルド」
「セドリック。久しぶりだな」
セドリックと呼ばれたのは、昨日から3台の荷馬車を仕切っていた商人だった。
「思ったより早かったな」
「道が空いてたからな。頼まれてた物、持ってきたぞ」
「こっちもある。あとで帳面合わせよう」
「先にここの分を下ろす」
オルドの荷から小さな包みがいくつかセドリック側へ渡り、代わりに3台の商隊から油壺や布の束が運ばれてくる。村人宛ての品も混じっているらしく、名前を確かめながら脇へ分けられていた。ユアンも頼まれるまま箱を運んだ。
昼近くになると、オルドの荷馬車は朝とはだいぶ様子が変わっていた。村で下ろす物が減り、空いた場所には炭袋や干し茸が積まれ始めている。一方、セドリックの商隊では、荷を移した後も車輪の確認や積み直しが続いていた。
坂の方からベルクが下りてきた。棒をついて歩くベルクを見つけ、オルドが手を上げた。
「よう、ベルク。脚やったんだって?」
「ユアンから聞いたのか」
「ああ」
「歩けはする。山がきついだけだ」
「無理するなよ」
「お前に言われたくない」
「なんだよ、それ」
「明日には出るのか?」
「朝にな」
「そうか。また次も寄れ」
「そのつもりだ」
「今度はもう少し塩持ってこい。今回少ないぞ」
「着いたばっかりの商人に文句言うな」
「売り切ってから言っても遅いだろ」
「分かったよ」
ベルクは塩の袋が並んでいる方へ歩いていき、オルドも荷馬車へ戻った。
「ユアン」
後ろから呼ばれた。振り返ると、ローディが立っている。
ローディはオルドの荷馬車を見た。
「来たな」
「……うん」
「親父には?」
「まだ」
「お前、それ何回目だよ」
「分かってるって」
「俺に言って終わりじゃないだろ」
「分かってる」
「分かってる奴は、とっくに言ってる」
「兄貴には関係ないだろ」
「じゃあ聞かない」
ローディはそれ以上何も言わず、坂へ向かった。
「兄貴」
「なんだ」
「……いや、いい」
「そうか」
ローディはそのまま帰っていき、ユアンもまた荷物を運び始めた。
昼を過ぎても家には戻らなかった。オルドに頼まれて縄を持っていったあと、そのまま商隊の樽運びを手伝った。今度は馬の水が足りないと言われ、空いた桶を手に取った。
「お前、今日はよく働くな」
朝から顔を合わせている商隊の男が言った。
「いつも働いてるよ」
「そうか?」
「そうだよ」
ユアンは桶を持って井戸へ向かった。家へ続く坂には目を向けなかった。
水を汲み上げていると、すぐ横から声がした。
「まだいたのか」
声の方を見ると、ヴァルドが立っていた。
「俺の村なんだからいるだろ」
「そうか」
ユアンは桶を井戸端へ置いた。
「なあ。あんたは旅に出る時、迷わなかったのか?」
「迷った」
「……あんたでも?」
「迷う時は迷う」
「それで、どうしたんだ。どうやって決めた?」
「迷ったまま来た」
「それでいいのかよ」
「知らん」
「全然参考にならない」
「聞かれたから答えただけだ」
ユアンは桶を抱え、広場へ戻った。
午後、山の方から乾いた音が何度か響いた。何か重い物が斜面を転がっているような音に、広場のあちこちで顔が上がる。
「また石か?」
荷縄を締めていたガレスが言った。
少しして、上の道からローディが下りてきた。
「ユアン、親父どこだ。窯にいなかった」
「知らない。どうした?」
「上の道に石が落ちてる。行きに通った時より増えてる」
ガレスも近くまで来た。
「どの辺だ?」
「炭窯より上。木を切りに行く道。通れはするけど、でかいのも混じってる。こんなに落ちること、あんまりないんだけどな」
ユアンが見上げても、山の木々はいつもと変わらなかった。
広場の端からベルクが歩いてきた。
「明日は上へ行くな。様子見てからにしろ」
「親父もな」
ローディが言う。
「分かってる」
「絶対分かってないだろ」
ベルクは顔をしかめた。
夕方にはユアンも家へ戻った。
食卓には黒パンと、干し茸の入った野菜の煮込みが並んでいた。ベルクは椅子に座り、痛めた脚を伸ばしている。
「明日は下に残ってる木を割るぞ」
「じゃあ窯は?」
ローディが聞く。
「ユアン、午前中は木を割るの手伝え。そのあと見ろ」
「……うん」
「煙の見方、だいぶ分かるようになっただろ」
「まあ」
「前は色も見ずに『まだ?』ばっかりだったからな」
「いつの話だよ」
「そんな前じゃない」
ローディが笑った。
「最近は俺より先に気づく時あるぞ」
「お前が雑なんだ」
「なんで俺が怒られるんだよ」
ユアンはパンをちぎる手を止めた。
「あのさ、親父」
「ん?」
「……明日の午後、俺が窯見るんだよな」
「ああ。脚が治るまでもう少し頼む」
「分かった」
ユアンはパンを口へ入れた。
食事が終わると、ベルクは先に席を立った。
「俺は寝る。明日は少し早いぞ」
ベルクが奥へ消えると、ローディが食器を重ねた。
「言わなかったな」
「……明日の朝、言う」
「商人が出るのも明日の朝だぞ」
「分かってる」
ローディは何も言わなかった。
寝床へ戻ると、ユアンは壁際から外套を外して寝床の上へ置き、棚から水筒と着替えを一組取り、その横に並べた。
昼間、オルドには自分の荷物は自分で持てと言われた。これだけならまだ軽いが、ほかに何を持っていけばいいのか分からなかった。
外で、低い音がした。
ゴゴ……。
床板がわずかに震えると同時に、ユアンは顔を上げた。




