第16話 新人衛兵と冒険者
昼を少し回った王都南門には、秋の気配を含んだ乾いた風が街道から吹き込み、門前に積もった細かな砂埃を時折薄く舞い上げていた。朝ほどの混雑ではないものの、王都へ入ろうとする旅人の列は途切れることなく続いており、荷車を引く農民や大きな背嚢を背負った旅人、武器と防具を身につけた冒険者たちが順番を待つ中、リナは検査台の前で一人ずつ身分証と荷物を確認していた。
「はい、問題ありません。入都を許可します」
「ありがとうよ」
年配の商人へ身分証を返し、荷車が門をくぐっていくのを確認したリナは、記録板へ最後の一筆を書き加えてから顔を上げた。
「次の方、どうぞ!」
「やっとかよ」
返ってきた声には、待たされたことへの不満が露骨に滲んでいた。列から進み出てきたのは、三人組の若い冒険者だった。
先頭に立つ男は二十歳を少し過ぎた程度だろう。日に焼けた顔に自信ありげな笑みを浮かべ、使い込まれた革鎧の上から片手剣を吊り、肩には小さな魔物の牙を繋いだ飾りを下げている。後ろには弓を背負った細身の男と、小型の盾を持った若い男が続いており、三人とも装備を見る限り、冒険者になったばかりというわけではなさそうだった。
先頭の男は検査台の前まで来ると、リナを上から下まで眺めた。
「…………」
その視線に気づいたリナの眉が僅かに動いたが、勤務中である以上、相手の態度が気に入らないというだけで対応を変えるわけにはいかない。
「三名ですね。身分証をお願いします」
「はいよ」
男は腰の革袋から冒険者証を取り出すと、指先で挟んで差し出した。
リナは受け取った証票へ目を落とし、記載されている名前と年齢、所属する冒険者組合の支部、それから本人の顔を順番に照合していく。
「ダリオ・グレンさん、二十一歳。冒険者歴三年……」
「そういうこと」
ダリオと呼ばれた男は、どこか得意げに胸を張った。
「最近じゃオーガもやったぜ」
「へえ」
少し離れたところで仕事をしていたカイルが反応すると、ダリオは待っていましたと言わんばかりにそちらを向いた。
「一匹だけどな。北街道に出たやつを俺たちで仕留めた」
「そりゃ大したもんだ」
「だろ?」
褒められたダリオの口元がさらに緩む。
リナも冒険者証へ記録されている討伐歴を確認したが、確かに嘘ではないらしい。オーガだけでなく、ゴブリンや大型狼などの討伐依頼も複数こなしており、若手としてはそれなりに経験を積んでいるようだった。
「確認できました。次に武器と荷物を確認しますので、剣を一度こちらへ置いてください」
「は?」
ダリオの表情が変わった。
「武器の確認です。鞘から抜く必要はありませんので、そのまま検査台へお願いします」
「いやいや」
ダリオは鼻で笑うと、腰の剣へ片手を添えた。
「俺、冒険者だぞ?」
「はい。冒険者証を確認しました」
「だったら分かるだろ。武器持ってんのなんて当たり前じゃねえか」
「当たり前でも確認はします」
リナが淡々と返すと、後ろにいた二人が顔を見合わせた。
「ダリオ、置けばいいだろ」
「すぐ終わるって」
「分かってるよ」
仲間に言われたダリオは面倒そうに返したものの、剣から手を離そうとはしなかった。
「たださ」
ダリオは再びリナを見る。
「こんなの、いちいち調べる必要あんのかって話だよ」
「あります」
「即答かよ」
「仕事ですから」
リナは表情を変えない。
するとダリオは、改めて目の前に立つ衛兵を眺めた。
身長は自分よりかなり低い。革鎧の上から衛兵の装備を身につけ、腰には短剣と剣があるものの、普段使っているらしい武器は傍らに立てかけられた長棒だった。
「……それ、お前の武器?」
「これですか?」
リナは長棒を見る。
「……そうですけど」
「棒?」
「長棒です」
「同じだろ」
「違います」
「何が違うんだよ」
「気持ちが」
「はっ……気持ちかよ」
後ろの仲間が吹き出した。
ダリオも笑ったが、その笑いには明らかに相手を軽く見る響きが混じっていた。
「王都の衛兵って、こんな小さい女でもなれるんだな」
「…………」
リナの目が少し細くなる。
カイルがちらりとこちらを見た。
しかし、何も言わない。
「俺より年下だろ?」
「十七です」
「ほらな。四つも下じゃねえか」
ダリオは楽しそうに笑いながら、長棒を顎で示した。
「それで魔物と戦えんの?」
「魔物と戦うのだけが衛兵の仕事ではありません」
「そりゃそうか。門で荷物見る仕事だもんな」
リナのこめかみが僅かに引きつった。
けれど、息を一度吐いて気持ちを落ち着かせる。腹は立つが、挑発に乗る必要はなく、目の前の男を言い負かすことよりも、決められた検査を終えることの方が今のリナにとってはずっと重要だった。
「それで、剣をお願いします」
「だから大丈夫だって」
「確認します」
「……しつこいな」
「規則ですから」
ダリオの顔から笑みが薄れた。
どうやら自分がこれだけ話しているのに、目の前の年下の少女が少しも引かないことが気に入らないらしい。
「俺がこれ抜いて暴れるとでも思ってんの?」
「思っているかどうかではなく、確認する決まりです」
「じゃあ俺が置かないって言ったら?」
「入都できません」
「は?」
「武器確認を拒否されるのであれば、入都を許可できません」
リナはまっすぐダリオを見る。
その声に怒気はない。
ただ、譲るつもりもなかった。
「…………」
ダリオの眉が寄った。
後ろの仲間が、今度は少し焦った様子で声を掛ける。
「おい、ダリオ。もういいだろ」
「剣置くだけじゃねえか」
「うるせえな」
ダリオは仲間を振り返って吐き捨てると、再びリナへ向き直った。
「じゃあ聞くけどさ」
「はい」
「俺が無視して行こうとしたら、お前が止めんの?」
「止めます」
「その棒で?」
「必要なら」
リナの答えは変わらなかった。
そのやり取りが聞こえたのだろう。それまで後ろで退屈そうに順番を待ちながら雑談していた旅人たちの声が、いつの間にか小さくなっていた。荷車を引いていた農夫が手綱を短く持ち直し、幼い子供を連れた母親は何かを察したようにその肩へ手を置いて自分の後ろへ寄せると、ダリオの仲間二人も先ほどまで浮かべていた苦笑を消し、僅かに距離を取って成り行きを見守り始める。
ついさっきまで馬の蹄や車輪の軋み、商人たちの呼び声で満たされていた門前から音そのものが消えたわけではない。それでもリナには、自分とダリオの周囲だけが喧騒から切り離されたように感じられ、乾いた風が石畳の上を転がしていく砂の音まで妙にはっきり耳へ届いた。
腰には剣を吊った冒険者がいる。
そして、その男は明らかに興奮している。
今のところ剣を抜く気配はないとはいえ、ここは大勢の人々が行き交う王都の門前であり、ひとたび揉み合いが大きくなれば無関係な旅人を巻き込む可能性もある。先ほどまで腹立たしさを覚えていたリナの中でも、その認識が浮かんだ途端に感情がすっと後ろへ下がり、代わりに訓練で何度も叩き込まれた警戒心が前へ出てきた。
長棒までの距離、ダリオとの間合い、腰の剣、背後にいる二人の仲間、そして周囲の旅人たち。視線だけを忙しく動かすことはせず、リナは正面のダリオを見たまま、それらの位置を頭の中で一つずつ確かめていった。
カイルも同じだった。
先ほどまで気の抜けた様子で立っていたはずなのに、いつの間にか姿勢が僅かに変わっている。剣へ手を掛けるほど露骨な動きは見せていなかったが、もしダリオの仲間まで動けばすぐ間へ入れる場所へ自然に位置を変え、その眠たげだった目だけは三人の手元と足運びを静かに追っていた。
リナはそれに気づいた。
けれど、カイルは助けに来ない。
こちらを見ているだけだった。
――私が止める。
胸の奥でそう決めると、不思議なくらい頭が静かになった。
一方のダリオは、周囲の空気が変わったことにも気づいているはずだった。それでも、一度引く機会を失った意地が勝ったのか、リナを見下ろしたまま一瞬黙り込むと、やがて口元を挑発するように吊り上げた。
「へえ」
右手が動く。
リナの視線が、その動きを捉えた。
腰の剣ではない。
けれど警戒は解かない。
ダリオは検査台の脇を抜けるように身体を踏み出し、そのままリナの肩へ手を伸ばした。
「じゃあ止めてみ――」
最後まで言わせなかった。
ダリオの指先が肩へ届く直前、リナの右手が長棒を掴むと同時に身体が半歩だけ斜めへずれ、伸びてきた腕を棒の中ほどで外側へ押し流した。突然進行方向を変えられたダリオの上体が前へ泳ぎ、その足が踏ん張ろうとして石畳を擦った瞬間、今度は長棒の下端が滑るように膝裏へ入る。
「なっ――」
リナは腕だけで振らなかった。腰を回し、踏み込みと同時に重心を落とすと、故郷の棒術道場で何千回と繰り返してきた動きと、衛兵隊で叩き込まれた制圧術が身体の中で一つに繋がった。
ダリオの身体から支えが消れた。
「うおっ!?」
どんっ、と革鎧が石畳を叩く鈍い音が響いた。
次の瞬間にはリナが半歩踏み込み、長棒をダリオの肩口から腕へ斜めに当てていた。首や胸を圧迫せず、それでいて起き上がろうとすれば自分の体重がそのまま関節へ返ってくる位置で、衛兵隊の訓練でも何度も練習した取り押さえ方だった。
「…………」
倒されたダリオが目を見開いている。
仲間二人も固まっていた。
そしてリナ自身も、ほんの一瞬だけ目を丸くしていた。
決まった。
訓練では何度も成功しているし、故郷の道場ではもっと複雑な技も習った。衛兵隊へ入ってからは相手を傷つけずに制圧する方法も繰り返し叩き込まれてきたが、それでも実際に抵抗してくる冒険者を相手に、考えるより先に身体が動いてここまで綺麗に決まったことには、自分でも少し驚いていた。
けれど、その驚きを表へ出している場合ではない。
「動かないでください」
「な、何しやが――いてっ!?」
ダリオが起き上がろうと力を入れたため、肩へ当てていた棒へ僅かに圧を加える。
「動かないでくださいって言いました」
「分かった! 分かったから!」
力が抜けた。
それを確認したリナはダリオを離し、少し距離を取る。
「立っていいですよ」
「…………」
ダリオはゆっくり身体を起こした。……さっきまで浮かべていた余裕の笑みは完全に消えていた。
「……今のは」
「はい?」
「今のは油断しただけだ」
「…………」
リナは瞬きをした。
後ろの仲間二人が揃って顔をしかめる。
「ダリオ」
「おい!やめとけって」
「うるせえ!」
顔を赤くしたダリオが立ち上がった。
年下で、女で、しかも門番。散々見下した相手に、ほとんど何もできないまま石畳へ転がされたという事実が、若い冒険者の自尊心をかなり深く傷つけてしまったらしい。
「今のは俺が本気じゃなかっただけだ!」
「……そうですか」
「そうだよ!」
「じゃあ剣を置いて検査を――」
「そうじゃねえ!」
「えぇ……」
リナの顔に心底面倒そうな色が浮かぶ。
その間にも、先ほど少し緩みかけた周囲の空気が再び張り詰めていった。さっきまでなら単なる揉め事として見ていた旅人たちも、一度倒されたダリオがもう一度立ち向かおうとしていると分かると、今度は明確に距離を取っている。
カイルは少し離れた位置から二人を見ていた。気の抜けた表情は変わらないように見えるが、その目だけはダリオの手や腰、足の位置を静かに追っており、今のところ前へ出てくる様子はない。
「リナ」
「はい?」
「怪我させるなよ」
「私に言うんですか!?」
「衛兵だからな」
「分かってます!」
ダリオの顔がさらに赤くなる。
「余裕ぶってんじゃねえぞ!」
今度は明確に構えた。
剣には手を掛けていない。
しかし腰を落とし、リナとの距離を測りながら両手を軽く開いている。魔物との戦闘経験があるという話は嘘ではないのだろう。一度転ばされたことで油断は消えており、先ほどとは目つきも足運びも明らかに違っていた。
リナもそれを感じ取った。
長棒を両手で持ち、右足を僅かに引く。
心臓の鼓動が少し速くなるが、不思議と手は震えていなかった。さっきは相手が不用意に手を伸ばしてきたからこそ簡単に制圧できたが、今度のダリオは違い、こちらの長棒を見ながら明確に間合いを測っている。
だからこそ、リナの表情からも先ほどまでの呆れが消えた。
「来るなら、本当に怪我しますよ」
「言ってろ!」
ダリオが地面を蹴った。
速い。
三年間の冒険者生活で身につけた踏み込みは伊達ではなく、一気に距離を詰めながら長棒の間合いへ入ろうとしてくる。
リナは一歩引いて棒を低く構え、腰を回す。
ダリオの視線がその動きを捉えた。
先ほど自分を倒した膝裏への払い。同じ攻撃が来る。
「同じ手を食うかよ!」
リナの長棒が低い軌道を描いた瞬間、ダリオは石畳を強く蹴って身体が浮かせて靴底の下を長棒が通り抜けた。
避けた。
空中にいるダリオの顔に、勝ち誇った笑みが戻った。
「どうだ!」
「あっ」
リナの口から小さな声が漏れた。
避けられた。
そこはつい同じ技を繰り出してしまった。けれど、幼い頃から身体へ染み込ませてきた棒術は、頭で次の動きを考えるより早くリナの腕と腰を動かしていた。低く振り抜いた長棒を止めず、その勢いを腰の捻りへ繋げながら手の内を返す。
下から上へ。
鋭い切り返しだった。
そして、ダリオはまだ空中にいた。
足を開いて。
「――あ」
リナが気づいた。
ダリオも気づいた。
カイルも気づいた。
だが、もう遅かった。
ごっん!。
「――――――っ!?」
声にならなかった。
ダリオの両目が限界まで見開かれ、勝ち誇っていた笑顔が一瞬にして消滅してなんとも言えない苦悶の表情があった……。
空中で身体が硬直した。
そのまま着地するはずだった足から力が抜け、石畳へ降りた瞬間に膝が折れる。
「…………っ」
両手が股間へ向かい、身体が前へ傾く。そして、そのままゆっくり倒れた。
どさっ。
門前に妙な静寂が落ちた。
今度の静けさは先ほどの緊張とは違っていた。何が起きたのか理解した男たちは揃って微妙な顔をし、列の中にいた何人かは無意識に自分の足を閉じている。
「…………」
リナは長棒を振り上げた姿勢のまま固まっていた。
目を見開き、地面へ倒れたダリオを見る。
次に自分の長棒を見る。
そして、もう一度ダリオを見る。
「…………」
記憶が蘇った。
以前、自称高名な剣士を相手にしたときにも、ほとんど同じようなことがあった。
あのときも事故だった。
今回も事故だ。
狙っていない。
本当に狙っていない。
誰が何言っても事故です………。
「…………あぁ」
リナの口から、絶望に近い声が漏れた。
その静寂の中で、カイルが腕を組みながら感心したように呟いた。
「……さすがゴールドロッド……」
リナの顔が一瞬で真っ赤になった。
「その名前で呼ばないでください!!」
「ゴールド……ロッド?」
弓を背負った仲間が呆然と呟く。
「カイルさん!」
「知らないのか?」
「説明しなくていいです!!」
「王都南門じゃちょっと有名な――」
「有名じゃありません!!」
地面ではダリオが股間を押さえたまま、小さく震えていた。
「ゴ……ゴールド……ロッド……」
「あなたも覚えなくていいです!!」
痛みに耐えながら顔を上げたダリオと目が合い、リナは怒鳴った直後に我に返った。
「あっ、大丈夫ですか!?」
「だ……大丈夫に……見えるか……?」
「すみません! 今のは本当に事故で!」
リナが慌てて弁解すると、カイルは倒れているダリオと、そのすぐ横でまだ長棒を握っているリナを交互に眺めた。口元にはすでに嫌な笑みが浮かび始めており、リナはそれを見ただけで次に何か余計なことを言われる予感がした。
「……狙ってたか?」
「狙ってません!!」
即座に否定した声が門前に響き渡った。
「いや、ずいぶん綺麗に入ったからな」
「綺麗とか言わないでください!」
「前も似たような場所に入ってたし」
「だから前も事故です!!」
カイルは顎へ手を当てると、リナの長棒を眺めながら妙に真剣な顔で考え込む。
「……なるほど。身体が覚えてるのか」
「何を覚えてるんですか!?」
「……ゴールドロッド」
「技みたいに言わないでください!!」
ダリオの仲間の一人が吹き出しかけ、慌てて口を押さえた。
リナはそちらを睨みかけたものの、地面で苦しんでいるダリオの存在を思い出してすぐに顔を戻し、心配そうに一歩近づいた。
「医務室……行きます?」
「いか……ない……」
「でも」
「いい……ちょっと……待て……」
「はい……」
リナは申し訳なさそうに一歩下がった。
その横で、まだ少し笑いを残していたカイルが今度は長棒の軌道を思い返すように視線を動かす。
「まあ、今の切り返し自体は悪くなかったぞ」
「……本当ですか?」
反射的にリナの顔が少し明るくなる。
「ああ。避けられてからの切り返しも速かったし、腰もちゃんと回ってた」
「そうなんだ……」
「当たった場所を除けばな」
「それは事故です!」
「そういうことにしとくか」
「本当に事故です!!」
「二回続くと必殺技っぽいけどな」
「必殺技じゃありません!!」
ダリオの仲間二人が、何とも言えない表情でリナの長棒を見ていた。
特に盾を持った男は無意識に半歩ほど足を閉じている。
「……あの」
「はい?」
「その技……名前あるんですか?」
「ありません!」
「ゴールドロッドじゃないのか?あ、2つ名か」
「カイルさん!!」
しばらくして痛みが少し引いたのか、ダリオが仲間の肩を借りながら立ち上がった。まだ腰は僅かに曲がっており生まれたての子羊のような格好で、顔色も悪いが、先ほどまでの威勢は完全に消えている。
リナは長棒を元の位置へ戻すと、少し申し訳なさを残した表情でダリオを見る。
「……続けられます?」
「何を……?」
「入都検査です」
「…………」
ダリオは検査台を見る。
次に腰の剣を見る。
そしてリナを見る。
今度は何も言わなかった。
剣帯を外す。
そっと検査台へ置く。
「……お願いします」
「はい」
……あまりにも素直になった。
リナは剣を確認し、刃渡りや構造に問題がないこと、冒険者証の武器登録と一致していることを確かめる。荷物にも禁止品はなく、仲間二人の武器と身分証にも問題はなかった。
「はい。三名とも問題ありません。入都を許可します」
「……どうもありがとうございます……」
ダリオは剣を腰へ戻して、そのまま立ち去ろうとして、数歩進んだところで足を止める。
「……その」
振り返らないまま、少しだけ顔を横へ向けた。
「……悪かった」
リナは少し目を丸くした。
それから、柔らかく笑う。
「分かってもらえれば大丈夫です」
「…………」
ダリオは一度だけ頷き、仲間とともに王都へ歩いていった。ところが門をくぐる直前、ダリオがカイルの近くで足を止めた。
「……なあ」
「ん?」
「あいつ、本当に新人なのか?」
「新人だぞ」
「十七だよな?」
「十七だな」
「…………」
ダリオは遠くからリナを見る。
「王都の衛兵って、みんなあんなに強いのか?」
「さあな」
カイルは肩を竦めた。
「ただ、あいつは棒を長くやってるからな」
「……そうか」
ダリオが少し考える。
「ゴールドロッド……」
その呟きは小さかった。
だが、リナの耳には届いた。
「聞こえてますからね!!」
そして、ダリオたちは逃げるように王都へ消えていった。
「まったく……」
リナは頬を膨らませながら長棒を立てかけ直した。
しかし、ふと自分の手を見る。
一度目の制圧。
二度目の切り返し。
狙ってはいなかったとはいえ、身体はちゃんと動いた。
子供の頃から何度も何度も振ってきた棒と、衛兵になってから繰り返した制圧訓練が、実際の場面でもきちんと役に立った。その事実を思うと、張り詰めていた胸の奥が少しだけ軽くなり、同時に小さな喜びがじわりと湧いてくる。
自分でも気づかないうちに、口元が僅かに緩んだ。
「嬉しそうだな」
「嬉しくないです!」
即座に否定した。
「いや、嬉しそうだぞ」
「違います! ちゃんと動けたのは少し嬉しいですけど、当たったところは嬉しくありません!」
「じゃあ半分嬉しいんだな」
「そういう計算しないでください!」
カイルは小さく笑ったあと、いつもの気の抜けた表情へ戻りながらも、リナの長棒へ一度だけ目を向けた。
「まあ、ちゃんと止められたな」
「…………」
今度はリナが黙った。
からかう調子ではなかった。
だからこそ、その一言が思っていた以上に嬉しかった。
「……はい」
少しだけ照れながら答え、リナは次の旅人を迎えるために記録板を持ち直した。
「次の方、どうぞ!」
門前には再び荷車の音と人々の話し声が戻り始めていたが、先ほどの一件を見ていた旅人たちだけは、長棒を持つ十七歳の新人衛兵を見る目が少しだけ変わっていた。
【リナの日記】
今日、冒険者を転ばせた。
二回。
一回目はちゃんとした制圧だった。
すごく綺麗に決まった。
自分でもちょっと驚いた。
相手が剣を持っていたから、実は少し緊張した。
周りにも人がいたし、もし剣を抜かれたらどうしようとは思った。
でもカイルさんが後ろにいるのも分かってた。
それでも、自分で止められた。
訓練はちゃんと役に立ってるらしい。
これは嬉しかった。
二回目。
足払いを避けられた。
相手が飛んだ。
私は下から棒を切り返した。
当たった。
すごく当たった。
そこに当たった。
狙ってない。
本当に狙ってない。
なのにカイルさんが、
「さすがゴールドロッド」
って言った。
そのあと、
「狙ってたか?」
とも言った。
狙ってません。
本当に狙ってません。
前も事故。
今回も事故。
二回事故が続いただけ。
身体が覚えてるとか言われた。
何を覚えるんですか。
そんなもの覚えたくない。
必殺技じゃない。
あと、あの冒険者まで最後にゴールドロッドって言ってた。
忘れてほしい。
仲間の人にも忘れてほしい。
できれば王都のみんなにも忘れてほしい。
でも、一回目の制圧はちゃんとできた。
二回目の切り返しも、カイルさんは悪くなかったと言ってくれた。
当たった場所を除けば。
そこは余計だった。
最後に「ちゃんと止められたな」と言われた。
ちょっと嬉しかった。
本当にちょっとだけ。
明日も棒術の稽古をしようと思う。
ただし、
ゴールドロッドは必殺技ではありません。
2つ名でもないです。
本当に違います。




