第11話 新人衛兵と野良犬傭兵団
昼を少し過ぎた王都南門では、朝方の混雑こそ落ち着いていたものの、地方から王都を訪れる旅人や商人の姿は途切れず、門前には十数人ほどの列ができていた。荷馬車の車輪が石畳を軋ませ、城壁沿いを吹き抜ける風には土埃や馬の匂い、積み荷の野菜や香辛料の香りが入り混じっている。
リナ・フェルドは旅人の身分証を確認すると、記録板へ必要事項を書き込み、問題がないことを確かめてから顔を上げた。
「はい、問題ありません。次の方、どうぞ」
旅人が軽く頭を下げて門を抜けていく。その背中を見送り、次の入都者へ声をかけようとしたところで、街道の向こうから近づいてくる一団が目に入った。
六人組だった。
先頭を歩くのは、無精髭を生やした三十代ほどの男である。使い込まれた革鎧の上から灰色の外套を羽織り、腰には片手剣と短剣。左頬には古い傷が一本走り、周囲を睨むような目つきは、どう見ても堅気の商人には見えなかった。
その後ろには、男より頭一つ大きなオークが続いている。分厚い肩には巨大な戦斧を担ぎ、太い腕を胸の前で組んだ姿は、それだけで人を威圧する迫力があった。
さらに銀髪のダークエルフの女性、小柄なゴブリン、灰色の狼耳を持つ女性獣人、最後には大槌を担いだドワーフが続いていた。
種族も体格もばらばらだったが、共通点が一つある。
全員、目つきが悪い。
リナは無意識に長棒を握り直した。
「……カイルさん」
「ん?」
「あの人たち、ちょっと怖くないですか?」
門柱の近くにいたカイルが一団へ目を向け、面倒そうに片眉を上げた。
「傭兵だろうな。まあ、見た目だけで判断するなよ」
「それは分かってますけど……」
「ただし、面倒そうではある」
「そこは否定しないんですね」
そんな二人の予想を裏切ることなく、一団は列の最後尾へ向かわず、真っ直ぐ記録台まで歩いてきた。
先頭の男が顎を上げる。
「おい、嬢ちゃん。俺たち六人、さっさと通してくれ」
リナの眉がわずかに動いた。
「入都されるなら、まず列に並んでください」
「あ? 俺たち傭兵だぞ」
「はい。それが何か?」
「急ぎの仕事があるかもしれねえだろ」
「あるんですか?」
「……いや、別に」
「では、最後尾へお願いします」
あっさり返され、男の顔が不機嫌そうに歪んだ。
その直後。
ごんっ!
「痛ぇっ!」
男の後頭部へ、オークの大きな手が落ちた。
「並べ、団長。門番に喧嘩を売ってどうする」
「ボルグ! 誰が喧嘩売ったって!?」
「お前だ」
オークは即答すると、リナへ軽く頭を下げた。
「すまんな。うちの団長は口より先に態度が悪くなる」
「おい! 頭が悪いみたいな言い方すんな!」
「そこまでは言ってない」
後ろのダークエルフが鼻で笑った。
「否定もしないけどね」
「セリカ、お前まで!」
狼獣人の女性も肩を震わせており、ゴブリンに至っては、すでに列の最後尾へ向かって歩き始めていた。
「ほら親分、早くしろよ。後ろが詰まってんぜ」
「ギッツ! 親分じゃねえ、団長だ!」
「似たようなもんじゃん」
「全然違う!」
最後尾のドワーフが大槌を担ぎ直し、呆れたように唸った。
「やかましいわ。街道でも散々騒いでおったじゃろうが」
結局、六人はオークに促される形で列の最後尾へ移動した。
リナはその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「……思っていたより普通ですね」
「お前、普通の基準がおかしくなってないか?」
カイルに言われ、リナは少し考えた。
「……最近、ちょっと自信がなくなってきました」
それからしばらくして、六人の順番が回ってきた。
先頭の男は今度こそ大人しく記録台の前へ立ったものの、相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
「今度はいいだろ」
「はい。身分証と傭兵登録証をお願いします」
「顔を見りゃ傭兵だって分かんだろ」
「顔では登録番号まで分かりませんので」
男とリナが数秒間見つめ合う。
後ろからオークが低い声で促した。
「出せ、団長」
「分かってるよ!」
男は革袋を探り、二枚の札を記録台へ置いた。
「ガルド・ヴァイス。三十二歳。傭兵団《野良犬》の団長だ」
「野良犬傭兵団……ですか?」
「ああ。何か文句あんのか?」
リナが答える前に、ゴブリンのギッツが得意げに胸を張った。
「いい名前だろ? 俺が考えたんだぜ!」
「お前が酔った勢いで勝手につけたんだろうが!」
「でも登録したのは親分じゃん」
「俺も酔ってたんだよ!」
ダークエルフのセリカが面白そうに付け加える。
「翌朝になってから変更料が高いと分かって、そのままにしたのよ」
「余計なこと言うな!」
リナは笑いそうになるのを堪え、登録証へ視線を戻した。
正式名称は《野良犬傭兵団》。構成人員六名、代表者ガルド・ヴァイス。登録状況にも不審な点はない。
「確認できました。続いて武器の申告をお願いします」
「……全部か?」
「もちろん全部です」
ガルドは面倒そうに舌打ちしたが、ボルグに睨まれると渋々武器を並べ始めた。
片手剣一本に短剣が数本。さらに投げナイフや袖口に隠した小型刃物まで出てくる。リナが一つずつ数えていく間にも、ガルドは何度か「もう終わりだ」と口にしたが、そのたびに別の場所から刃物が現れた。
「……まだありますよね?」
「もうねえよ」
「腰の後ろが膨らんでますけど」
「なんで分かった!?」
「見えてますから」
最後に小型短剣が一本追加された。
カイルが横から武器の山を覗き込み、呆れたように言う。
「一人で何本使うつもりだ?」
「予備だよ! 命がかかってんだぞ!」
「予備の予備まであるな」
「慎重なんだよ!」
その言葉に、ボルグが自分の戦斧を肩から下ろした。
「次は俺だな。戦斧一本と鉈一本。それで全部だ」
リナは申告内容を確認し、少し驚いた。
「思っていたより少ないんですね」
「使う腕は二本しかないからな」
「……なるほど」
「おい! 俺を見て言っただろ!」
ガルドが抗議したが、ボルグは涼しい顔で無視した。
続くセリカの装備は長弓と矢筒、短剣二本、それに細い投げ針だった。毒の使用について尋ねると、彼女はすぐに否定し、確認にも素直に応じた。
「ずいぶん真面目に調べるのね。新人?」
「勤務一年目です」
「そう。でも、その長棒の持ち方は悪くないわ。きちんと鍛えているのね」
「ありがとうございます」
思いがけず褒められ、リナの表情が少し柔らかくなる。
「おい、セリカ。あんまり褒めると調子に乗るぞ」
「誰がですか?」
リナが振り向くと、ガルドは露骨に視線を逸らした。
「……何でもねえ」
次はゴブリンのギッツだった。
小柄な身体のあちこちに小袋をつけており、取り出される物の種類がやたらと多い。
「短剣三本に財布、干し肉、骰子、カード、小さい鏡、それから針金と油……まあ、そんなとこだな」
「少し待ってください。その針金は何に使うんですか?」
「鍵開け」
「…………」
「仕事で! 仕事で使うんだって!」
慌てて両手を振るギッツに、リナは登録証を見直した。確かに役割欄には斥候兼交渉役と記載されている。
「所持自体に問題はありませんが、王都内で他人の錠前を許可なく開けたりしたら処罰の対象ですよ」
「分かってるよ、姉ちゃん」
「姉ちゃんではありません」
「じゃあ衛兵ちゃん?」
「それもやめてください」
「固いなあ」
ギッツが肩をすくめると、ボルグが静かに名前を呼んだ。
「ギッツ」
「はいはい。リナさん、ね」
ギッツはリナの胸元にある徽章を見て、にやりと笑った。
どうやら人をからかうことに慣れているらしい。
五人目は狼獣人のミラだった。
灰色の耳をぴんと立てた彼女は、検査が始まる前からリナの長棒を興味深そうに眺めていた。
「ねえ、リナって槍使い?」
「長棒と槍を使いますけど……」
「へえ。どのくらい強いの?」
「勤務中ですので、そういう話は後にしてください」
「じゃあ仕事終わったら一戦やろうよ!」
「やりません」
「即答!?」
ミラは楽しそうに笑いながら、自分の槍を差し出した。
長い穂先を持つ実戦用の槍で、柄には何度も握り直した痕が残っている。リナは慎重に確認しながら、刃の形状へ目を留めた。
「いい槍ですね。穂先の重心が少し前にありますし、突きよりも薙ぎ払いを意識した作りですか?」
ミラの耳がぴくりと動いた。
「分かるんだ! そうそう、広く薙ぎ払う時に使いやすいんだよ!」
嬉しそうに話し始めたミラは、リナの長棒をもう一度見た。
「やっぱり一戦やろうよ!」
「だからやりませんって!」
「面白くないなあ。絶対強いでしょ?」
「そういう問題じゃありません!」
そのやり取りを眺めていたガルドが、にやにやしながら口を挟んだ。
「お前ら、もう仲良くなったのか?」
「どこを見てそう思ったんですか!」
リナが睨むと、ガルドは笑いながら肩をすくめた。
最後はドワーフのドルンだった。
ずんぐりした身体に分厚い革鎧をまとい、大槌と片手槌のほかに、腰の工具袋へさまざまな金属製の器具を詰め込んでいる。
「こちらの道具は何に使うんですか?」
「鎧の留め具を締める工具じゃ」
「では、こちらは?」
「刃を研ぐための道具じゃな」
リナが次の器具を持ち上げると、ドルンの太い眉がぴくりと動いた。
「おい、丁寧に扱え! それは柄の曲がりを直すための大事な工具じゃぞ!」
「分かりました。検査が必要なので、確認させてください」
「道具は職人の命じゃ。ぞんざいに触られると困る!」
リナは一度工具を置き、ドルンの顔を見た。
「では、ご自身で一つずつ取り出していただけますか? 私は確認だけしますので」
「……む?」
「その方が安心ですよね?」
しばらく考えたドルンは、渋々頷いた。
「最初からそう言わんか」
「言う前に怒ったのはそちらですよ」
「ぐぬ……」
横で見ていたセリカが、とうとう吹き出した。
「ドルンまで言い負かされてるじゃない」
「負けてなどおらんわ!」
ドルンは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、それからは自分で工具を取り出して説明してくれた。
ようやく六人分の確認が終わった頃には、昼の日差しが少し傾き始めていた。
リナは申告された武器と荷物の確認を済ませ、登録証をガルドへ返した。
「六名とも問題ありません。王都内では許可のない抜刀や私闘、路上での威圧行為は禁止されていますので、気をつけてください」
「分かってるよ。俺たちだって仕事で来てるんだ」
「それと、門番への威圧的な言動も控えてくださいね」
「……俺、そんなに態度悪かったか?」
ガルドが首を傾げた瞬間、残りの五人が一斉に彼を見た。
「悪かったな」
ボルグが答える。
「最初からね」
セリカが続き、ギッツも笑いながら頷いた。
「親分、完全に喧嘩売ってたぜ」
「私もそう思った!」
ミラが元気よく手を上げ、ドルンまで腕を組んで同意する。
「自覚がないなら、なお悪いわい」
「お前ら、どっちの味方だ!?」
ガルドが声を張り上げる。
「事実の味方だ」
ボルグの即答に、リナは思わず口元を緩めてしまった。
最初に見た時は怖い集団だと思ったが、こうして話してみると、どうやら団長が一番からかわれているらしい。
「では、入都を許可します」
「おう。世話になったな」
ガルドはぶっきらぼうに答えたものの、今度は文句を言わず、きちんと礼をしてから歩き出した。
その後ろを五人が続く。
門をくぐる直前、ミラが振り返った。
「リナ! 今度こそ槍勝負しようね!」
「しません!」
「あははっ! また来るから!」
笑いながら駆けていくミラへ、ガルドの怒鳴り声が飛んだ。
「おい、ミラ! 走るな! また騒ぎを起こす気か!」
「団長が言うなって!」
ギッツが横から茶々を入れる。
「それより昼飯どこにする? 俺、腹減った!」
「酒場じゃ! まずは一杯じゃろう!」
「ドルン、まだ昼だぞ!」
「昼の酒も美味いんじゃ!」
「……あんたたち、朝からずっとその話ね」
セリカが呆れ、ボルグが大きなため息を吐いた。
騒がしい声が王都の通りへ遠ざかっていく。
リナはしばらくその背中を眺めていた。
「……本当に傭兵なんですよね?」
「登録は本物だったな」
カイルが眠そうに答える。
「最初は怖い人たちかと思いましたけど、なんだか賑やかな家族みたいでした」
「まあ、傭兵団なんてそんなもんだ。長く一緒に仕事してると、身内みたいになる連中もいる」
「そういうものなんですね」
リナが少し感心したところで、門の向こうから再びガルドの怒鳴り声が響いてきた。
「ミラ! 店の看板を勝手に触るな!」
「ちょっと触っただけじゃん!」
「ギッツ! 露店で変な値切り方すんな!」
「交渉だって!」
「ドルン! まだ酒屋に入るな!」
「一杯だけじゃ!」
「セリカ! 笑ってねえで止めろ!」
「嫌よ。面白いもの」
「ボルグ! お前だけでも助けろ!」
「団長なんだから頑張れ」
「てめえらぁぁぁ!!」
リナはしばらく黙ってから、ぽつりと呟いた。
「……団長が一番大変そうですね」
「そこに気づいたか」
カイルが喉の奥で笑った。
あれだけ威張っていたガルドが、結局は仲間たちに振り回されている。その様子を想像すると、リナもつられて笑ってしまった。
見た目は怖くても、話してみなければ分からない。
今日も一つ、門番として勉強になった気がする。
もっとも、次に彼らが来たときも、きちんと列へ並んでもらうつもりだった。
【リナの日記】
今日は《野良犬傭兵団》という六人組が来た。
最初に見たときは、正直かなり怖かった。
全員目つきが悪いし、武器も大きい。
しかも団長のガルドさんは、いきなり列を飛ばそうとした。
傭兵だからって特別扱いはできません!
でも、オークのボルグさんが頭を叩いて止めてくれた。
一番怖そうだったのに、一番まともだった。
人は見た目で判断しちゃいけない。
本当に。
ダークエルフのセリカさんは少し意地悪そうだったけど、検査には素直に応じてくれた。
長棒の持ち方まで褒めてもらえた。
そこはちょっと嬉しかった。
ゴブリンのギッツさんは、とにかく口が達者。
ああいう人と話すときは、余計なことまで話さないように気をつけたい。
狼獣人のミラさんには槍勝負を申し込まれた。
断った。
でも次も誘ってきそう。
絶対にやらない。
……たぶん。
ドワーフのドルンさんは工具をすごく大切にしていた。
怒られたけど、職人さんにとって道具が大事なのは分かる。
ただ、検査はさせてください。
そして団長のガルドさん。
武器、多すぎません!?
何本短剣を持ってるんですか!
予備の予備って何ですか!
でも、最後にはちゃんと礼を言ってくれた。
門を通ったあとの騒ぎを聞いていると、団長が一番苦労しているようにも見えた。
なんだかんだで仲のいい六人だったな。
それからカイルさんに、私の普通の基準がおかしくなってきてると言われた。
最近の南門を思い返すと、ちょっと否定できない。
【今日の教訓】
人は見た目だけで判断してはいけない。
怖そうな傭兵でも、話してみれば案外まともな人がいる。
逆に、真面目そうな人が必ずしも常識的とは限らない。
それから、相手が傭兵でも貴族でも、決められた手続きは守ってもらうこと。
**怖い顔をしていても、列に並ぶのは当たり前。**
あと、ガルドさん。
次に来るときは最初から並んでください。
それとミラさん。
槍勝負はしませんからね。
……本当に。




