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『その日、僕は行方不明になった』7
「いや、違うな」
「え?」
「本当にこの世界に居たいなら、何であの時元居た世界に戻ってきたんだ?」
「それは……」
「やっぱり戻りたいんだよ。真白に会いたいんだよ。あの頃に戻りたいんだよ」
「うん……そうだよね……」
「もう一度、話し合おう」
「うん」
そこへ、紅葉がやって来た。
「どうも、お二人さん。お邪魔だったかしら?」
「いや、そんな事は無い」
「紅葉ちゃん、もう一度私達の話を聞いて」
「……もう一度、ウチに来る?」
「うん」
「あぁ」
三人は再び紅葉の家に向かった。着いたところで信一郎と美代は卓袱台の前に座り、紅葉はお茶を三人分用意し、卓袱台に持って行った。
「で、話って何?」
「一緒に帰ろう?」
「またその話……私は帰らないわ」
「どうして?」
「私はここの生活に慣れ過ぎてしまったのよ。もう、引き返せない」
「ならどうして一度村に戻った?まだその答えを聞いてないぞ」
「それは……」
「さっきも言ったが、やっぱり戻りたいんじゃないか?」
「……違う」
「違わないだろ。じゃなかったらどうして戻ったりなんかしたんだ?」
「そうだよ!帰りたいんでしょ!?紅葉ちゃん!」
「……違う……!」
「紅葉ちゃん!」
「紅葉!」
「違う違う違う!私は!もう戻れない!踏み込んではいけない領域にまで足を踏み入れてしまった!もう……戻れないのよ!」
沈黙が流れた。短い沈黙だったが、その空気は重く、とても長い時間のように感じた。しかし美代は紅葉の元に歩み寄り、手を握った。
「紅葉ちゃん、本当は帰りたいんだよね?」
「だから違うって言ってるでしょ……?」
「紅葉、お前は言ったな。『戻れない』って。戻りたくないじゃなくて、戻れないって。それは、気持ちが入ってない」
紅葉は黙り込み、俯いた。
「帰りたくない、じゃないんだよね?本当は帰りたいんだよね?」
紅葉は俯いたまま、涙を流した。
「紅葉。真白はいつまでも紅葉の帰りを待ってるよ」
「ううん、真白君だけじゃない。私達も、学校の先生も、村の人も皆待ってるよ」
「美代ちゃん……」
「帰ろ?今からでも遅くないって。失った時間は、きっと取り戻せるよ」
「美代ちゃん……!」
紅葉は美代に抱き着き、赤ん坊のように泣いた。美代はそれを受け止め、抱き返した。
紅葉はきっと不安だったのだろう。自分にとってたった少しこの世界に居ただけなのに、元の世界では自分が居なくなって数年も経っているなんて。本当は戻りたいのに、誰にもその事を相談出来ない。常に独りぼっち。この世界では空腹や老い、金銭に悩む必要は無いが、独りぼっちなのはどうしようもない。そのどうしようもなさから、心はもう限界になったのだろう。信一郎はそう思った。
暫くして紅葉は落ち着き、美代から離れた。
「……ありがとう、美代ちゃん。恥ずかしいところ見せちゃったね」
「良いよ。私と紅葉ちゃんの仲じゃない」
「うん。信一郎君もごめんね?」
「いや、いいさ」
「紅葉ちゃん、帰ろ?一緒に。失った時間は取り戻せないかもしれないけど、今度は私達が一緒の学年だよ。一緒にお勉強、頑張ろうよ」
「…………」
「まだ迷いがあるのか?」
「いや、本当に戻っても良いのかなって……」
「良いんだよ。皆、紅葉ちゃんの元気な姿見たらきっと喜ぶよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
「でも、今更、何て言ったら良いのかな……」
「『ただいま』って言えば良いんだよ。真白にも、皆にも」
「ただいま……」
紅葉はまたも俯き、涙をポロポロと流した。
「私、帰る。皆に会いたい。そしてごめんなさいって、謝りたい。そして、ただいまって、言いたい……!」
「うん……うん……」
美代は紅葉を抱き締め、一緒に泣いた。つられて信一郎も泣いてしまった。そして紅葉は立ち上がり、煙草をゴミ箱に捨てた。
「じゃあ、行こう」
「うん、紅葉ちゃん」
「時間は大丈夫か?」
紅葉は懐中時計を見た。
「そろそろ電波塔が消える時間だ!急がなきゃ!」
三人は急いで靴を履き、力の限り電波塔へと向かって走り出した。電波塔が見えてきたところで、霧が発生した。
「二人共、急いで!」
「うん!」
「おう!」
三人は霧の中に入っていき、やがて辺り一帯が霧に包まれた。走り切ると、そこは元居た世界だった。後ろを振り返ってみると、あの電波塔は消えていた。
「帰って、きたのか……?」
「うん……カミヤシロ山だ……」
「……ただいま」
「おいおい、まだ言うの早いだろ?」
「フフッ、そうだったね」
時間は翌日の昼間だった。三人は下山すると、途中で捜索隊の人達に見付かり、保護された。そして二人の家族が待ってる信一郎の家に連れて行かれた。信一郎と美代が先に家のリビングに向かうと、勇夫が怒鳴った。
「信一郎君!いくら親公認でも、二人して山で過ごすなんて事を認めた覚えは無いぞ!まだそんな歳でも無いだろう!」
殴ろうとする勇夫を、美代は止めた。
「止めてお父さん!シン君は悪くないの!私が悪いの!」
「お前まで何言ってるんだ!そんな不良娘に育てた覚えは無いぞ!」
「違うの!私があの電波塔に行こうってシン君に言ったから!」
「何っ!?」
信一郎と美代を除く、家族や捜索隊、警察、村民が言葉を失った。そして勇夫は信一郎と美代に話しかけた。
「美代、お前、体は何ともないか?」
「う、うん……」
「信一郎君、君は?」
「大丈夫です」
「まぁ、怪我が無いなら良い。二人共、よく無事で戻って来てくれた」
勇夫は信一郎と美代を抱き締めた。その後ろから、紅葉が現れた。それを見て、勇夫と正美は目を丸くした。
「貴方……紅葉ちゃん……!?」
「そんな……!?」
勇夫と正美の反応に、恵と健司はよく理解出来ずにいた。
「紅葉ちゃんって、三年前に行方不明になったっていう、あの子ですか?」
「そう、そうなんです」
「でも姿が……どう見ても中学生のまま……?」
「いつ、いつ戻ってきたんだ!?」
「さっきよ、お父さん」
「さっきって、お前達を保護してもらった時か?」
「そうです、おじさん」
「お久し振りです、おじさん、おばさん。そして初めまして、信一郎君のお父さん、お母さん」
「あ、どうも……」
「初めまして……」
紅葉は会釈した。それを見て健司と恵もまた会釈した。そして警察は紅葉の家に電話した。暫くして、真白が走ってやって来た。チャイムを鳴らし、恵がドアを開けると何も言わずリビングの方へ走っていき、紅葉を見付けた。
「姉さん!」
「真白……!」
真白は紅葉を抱き締めた。
「良かった……!無事で……!」
「ごめんね……心配かけて……」
「でも、姉さん、あの頃の姿のままで……?」
「そこは話せば長くなるんだな」
「どういう事だ?信一郎」
「まぁそれはおいおいって事で。紅葉ちゃん、アレ、言っとかないとね?」
「あぁ、そうだったね。真白」
「な、何?」
「……ただいま」
「…………」
真白は泣き出した。紅葉を強く抱締め、赤ん坊のようにワンワン泣き出した。流石姉弟と言ったところだろうか。泣き方も似ていると信一郎と美代は思った。ひとしきり泣き終わった後、真白は紅葉から離れた。信一郎は真白の肩を組み、美代は紅葉の肩を抱いた。
「ほら、真白君?紅葉ちゃんが『ただいま』って言ったんだから、言う事あるでしょ?」
「そうだよ真白。言ってやれよ」
「あ、あぁ……ね、姉さん」
「なぁに?真白?」
「お、おかえり……!」
「……ただいま、真白」
真白はまた泣き出した。
「もう、こんなに大きくなっても泣き虫は昔から変わらないんだから。ちょっと前までは私より背が低かったのに、時間の流れは非情ねぇ」
「ちょっと何言ってるか分からないよ……でも良かった……姉さんが元気な姿で戻ってきてくれて……!」
「信一郎君と美代が連れて帰って来てくれたんだぞ、真白君」
「美代と信一郎が……?どうやって……?」
「それはゆっくり真白と紅葉の家で話すよ」
「あ、あぁ……」
後にやって来た真白と紅葉の家族が信一郎と美代と警察を連れて実家に帰って行った。
信一郎と美代と紅葉は事のあらましを説明すると、長老のカゴメから叱咤激励を受けた。あの電波塔に近付いてはならないと散々聞かされていたにも拘らず、異世界にまで行ってしまうとは何たる事か、と。掟を破った者には罰を与える、と言ったが、自分の家の跡取りを救い出してくれた事でその件は不問にすると、許してくれた。
その後、紅葉は中学二年生として信一郎と美代と過ごした。
数年後、信一郎は都内の高校、大学まで行き、村に戻って役場に就職した。その後、美代と結婚し、二人の子供を授かった。紅葉はやがて村長となり、補佐として真白が就く事となった。
時折、あの電波塔が現れ、それには触れないように過ごした。あの電波塔は一体何なのか。それは今でも分からない。あの日の出来事も、何なのか分からない。でもこの村に訪れる人達には
「あの電波塔に近付いてはならない」
そう言って警告している。
―――BAD END




