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『その日、僕は行方不明になった』5
「……どうなっても知らないからな!」
信一郎と美代は電波塔に向かって駆けていった。次第に霧が濃くなり、目の前が見えなくなった。
「美代!」
「シン君!」
二人は手探りの中で手を取り合った。そしてやがて霧が晴れていき、あの街に出た。
「ここは……?」
「あの時と同じだ……」
街はすっかり夜になっていた。
美代はこの街の異様な光景に不安だったのか、信一郎の手を握り締めてきた。信一郎も美代の気持ちを落ち着かせる為に強く握り返した。そこへ、紅葉がやってきた。
「あら、さっきぶりね」
「紅葉!」
「紅葉ちゃん!」
「今度は美代ちゃんも一緒なんだ。二人してどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!紅葉ちゃん、一緒に帰ろう?」
「…………」
紅葉は黙り込んだ。信一郎は家族同然の美代の言葉に心打たれたかと思った。
「……まぁ、ここじゃあナンだから、ウチに来なよ」
「え?うん……」
紅葉に連れられて信一郎と美代はアパートの一室に来た。
「ここに住んでるの?」
「えぇ」
紅葉は靴を脱いで台所に向かってお茶を淹れ始めた。信一郎と美代は靴を脱いで部屋に上がった。
「適当に座って」
「あぁ」
「うん」
美代は座布団の上に座り、その隣に信一郎が座った。紅葉はお茶をお盆に乗せて持ってきて、二人の前に座り、お茶を差し出した。
「で、何の用だっけ?」
「何の用は無いでしょ。一緒に帰ろう?」
「駄目ね」
「どうして?」
「貴方達の世界では私が居なくなってからもう三年が経ってるんでしょ?」
「うん」
「もう取り戻せない時間、引き返せない所まで来ちゃってるのよ」
「そんな事無いよ!もう一度やり直せるって!」
「無理ね。もう皆歳を取り過ぎた。今から何をやり直せって言うの?」
「それは……」
「また中学二年生からやり直せって言うの?」
「…………」
「本当であれば十六歳のはずなのに?」
「…………」
美代は黙り込んでしまった。それを見て信一郎は言った。
「じゃあ、何で一度村に戻ったんだ?」
「え?」
「もう帰る気は無いのに、外に出ている間にあの電波塔が消えてしまうかもしれないのに、何故村に戻った?」
「それは……」
紅葉は俯いてしまった。しかし信一郎は続けた。
「本当は帰りたかったんじゃないか?また皆と一緒に学校生活送りたくて」
「……私は……」
「帰ろうぜ。僕達と一緒に」
「…………」
紅葉は立ち上がり、窓辺に立ち、煙草を吸った。
「ちょっ、煙草吸うのかよ?」
「えぇ」
「紅葉ちゃん、未成年じゃない」
「ここではそういうの関係無いの」
「そうなのか……」
「でも体に悪いよ」
「そんなの気にしないわ」
暫く煙草を吸っている紅葉を信一郎と美代は見詰めていた。
「……そろそろ時間ね」
「何が?」
「もう夜が明ける時間」
「あぁ、もうそんなに時間経ってたのか」
「どういう事?」
「ここと元居た世界では時間の流れが違うんだ。何かこう、ここの時間は外に比べて遅れてるらしいんだ」
「外とはもうすっかりここの虜ね」
「そういうんじゃないよ……」
「どういう事?意味分かんないよ」
「ここでは一ヶ月が外の世界では一年に換算されるのよ」
「何ですって!?」
「だから貴方達が今ここに来て一時間位だから、外ではもう十時間位経ってる事になるわ」
「そんな……」
「前に言ったろ。僕は一時間位しか居なかったのに、外の世界では凄く時間が流れてたって」
「それは聞いてたけど……」
「まぁ外の世界の時間だと今は夜の十時くらいか。あと一時間くらいここに居れば、明日の朝八時には戻れると思う」
紅葉は煙草を揉み消し、灰皿に入れた。そしてお茶を飲み、信一郎と美代の方を見た。
「ま、暫くこの世界を見て回ったら?暇潰しに」
「暇潰しっつってもなぁ」
「この世界の事を知っておいて損は無いと思うわよ」
「……本当に紅葉ちゃんは帰る気が無いの?」
「えぇ」
「それはこの世界が気に入ってるから?」
「そう」
「……分かった」
美代は立ち上がり、信一郎の腕を引っ張った。
「何だよ?」
「行くよ。この世界を見て回ろうよ」
「何で僕まで?」
「良いから!ほら!」
美代は信一郎を無理矢理立ち上がらせ、紅葉の部屋を出た。
「シン君、案内してよ」
「案内って……僕はこの世界の事を知らないよ?」
「前に来た事あるんでしょ?」
「居たのは一時間くらいで、紅葉の家に居ただけだから」
「紅葉ちゃんと二人っきりで?」
「別になんもなかったよ」
「何も言ってないでしょ」
「何なんだよもう」
信一郎と美代は街へ出て適当にブラブラと歩いた。辿り着いた先は商店街で、まるで縁日のように賑わっていた。人が混雑して、活気に溢れていた。祭りの屋台もいくつか出ていた。信一郎と美代は折角だからと、何か買おうとした。チョコバナナの屋台に注文しようとした。ところが、その屋台は金額が書かれていなかった。店主に尋ねてみると、
「金なんかいらねぇよ!」
と、江戸っ子のように明るく答えられ、戸惑ってしまった。そのままチョコバナナを受け取ってしまい、一応形として、お礼にお金を渡した。すると、店主は非常に喜んでいた。
「おう、あんちゃん達、外から来たばっかりだな?」
「えぇ、そうです」
「ここじゃあ金なんかいらねんだよ!皆道楽でやってるからな!でもありがとよ!」
店主はお金をまじまじと見て、信一郎と美代に言った。
「これが今のお金かい?」
「そうですけど……」
「そうかいそうかい!こりゃあ良い土産だ!ありがとよ!ついでにおまけしとくぜ!」
「いや、そんな申し訳ないですよ……」
「子供がそんな事きにすんな!ほれ、持ってけ!」
店主は袋に何本かチョコバナナを入れ、信一郎に渡した。二人は店主に会釈し、チョコバナナを食べながら商店街を歩いて回った。どの屋台も金額が書いていなかった。この世界ではお金は必要が無いらしい。信一郎と美代は一通り回った後、公園らしき場所を見付けてベンチに座り、チョコバナナを食べた。
「ねぇ、シン君」
「何?」
「さっきから私、思ってた事があるの」
「何さ?」
「私、お腹空いてない」
「え?」
「でもお腹いっぱいにもならない」
「どういう事だ?」
「この世界に来る前、私まだご飯を食べてなかったの。だからもうお腹が空く頃なのに、お腹が空いてないの」
「そういえば、僕も……」
「でもこのチョコバナナをいくら食べてもお腹いっぱいにならないの。変じゃない?」
「確かに……もしかしてこの世界では腹が減らないのか?だからお金が必要無い。だからあの屋台も、いや、この世界の職業は道楽でやっているのか?」
「もしそうだとすると、紅葉ちゃんの気持ちが分かる気がする……」
「え?」
「この世界では全てが自由。老いる事も無ければ、勉強も、就職も、食事もする必要が無い。だから紅葉ちゃん、この世界に留まろうとしたんじゃないかな?」
「…………」
僕もそう思う→6
いや、違うな→7




