第74話:新兵、大地に立つ。……殿下、我が子のつかまり立ちを「新時代の夜明け」と称して国家記念日に制定するのは職権乱用です!
「状況把握、開始。時刻は午前十時。育児編、ついに歴史が動く刻を迎えた。私は今、王宮の私室で、ローテーブルを掴んでプルプルと震えながらも、見事に二本足で直立を敢行した我が新兵(我が子)の雄姿を目撃している。……のだけれど、私の背後にいる夫、そしてなぜか特大の望遠レーダー(双眼鏡)を構えて乱入してきた国王陛下と王妃殿下が、揃って号泣しながらお互いの肩を叩き合っているわ。状況、ただのつかまり立ちにより、王族の理性がフルインフレで完全崩壊ね」
日々の戦闘糧食(離乳食)を最大戦速で平らげ、ミリタリースペック並みに筋力を蓄えていた我が子が、ついにその時を迎えた。
小さな手でテーブルの端をぎゅっと掴み、丸いお尻をよっこらしょと持ち上げる。
そして――「あ、うー!」と誇らしげな雄叫びを上げながら、見事にその足で立ち上がったのだ。
ただの「つかまり立ち」である。しかし、我が家の最高頭脳であるルファード殿下にとっては、これが人類の月面着陸に匹敵する大偉業に見えたらしい。
「素晴らしい……! 見たかい父上、母上、そしてアルティナ……っ! この完璧な重心バランス、重力制御、そして天を仰ぐ堂々たる直立不動の構え……! この子が最初の一歩を刻んだ瞬間に備え、今すぐ国家予算をフル稼働させて『建国記念日』を『御子直立記念日』に改変する手続きに入らねば……っ!」
「で、殿下、状況把握を……っ! 息子のつかまり立ちを理由に国家の祝祭日をハッキング(改変)するのを停止してください! あと国王陛下、涙でハンカチを雑巾のように絞りながら『孫のために新しい城を建てる!』と叫ぶのも国家財政の規律違反(大暴走)です……っ!」
王族一同の親バカ総攻撃を制圧しようとするが、ルファード殿下は感極まった様子で我が子を優しく抱き上げると、そのまま流れるような戦術的コンビネーションで私の腰をホールド(ハグ)。
私たち二人を壊れ物を扱うように力強く胸の中に監禁し、私の耳元で熱く、掠れた声で囁いてきた。
「バカ言え、財政なんてお前たちの笑顔に比べれば些事さ。アルティナ、お前が世界一最高のヒーロー(母親)としてこの子を育ててくれたから、俺たちの天使はこうして大地に立てたんだ。……ああ、愛おしすぎて俺の全戦線が至福の熱量で完全大破してしまう。今夜は頑張ったお前を朝が来るまで徹底的に、過保護という名の独占監禁で満たしてあげるからね」
「ん、む……っ!? おのれ肉食獣上司、息子の成長イベントを、毎回どさくさに紛れてベッド居残り残業(朝までコース)の口実にするのをやめてくださいーーー!? 私のHPが夜間戦闘の前に限界突破しちゃいますーーー!?」
私が恥ずかしさのインフレで顔を真っ赤に染めている、その時だった。
部屋の窓の外から「ウオオオ……御子が起立されたぞーーーッ! 全員、敬礼ーーーッ!!」という、大地を揺るがす地鳴りのような爆音が響いてきた。
レーダー検知(目視)するまでもなく、最高機密(つかまり立ち)を庭園の茂みから双眼鏡で覗き見していたキリアン団長率いる第一騎士団が、あまりの感動に血の涙を流しながら、完全消音の『直立祝いスクワット』を猛烈な速度で執行していた。
(……うん、状況把握。我が家の超小型新兵は、ただ家具に掴まって立ち上がっただけで、現国王、次期皇太子、そして最強の騎士団を一瞬で完全掌握して跪かせる『最強のチート王権スペック』を発動しているわね。状況、私の静かに引きこもりたいスローライフ戦線は、この子の成長に伴う特大ハッピーのインフレによって、今後も永久に包囲・侵略され続ける確定ルートだわ)
私は、夫の甘すぎる抱擁と、パパの髪を嬉しそうに引っ張って笑う我が子の紫の瞳に挟まれながら、世界で一番騒がしくて、世界で一番愛おしい「育児戦線」に、嬉しさと気恥ずかしさでふにゃふにゃに溶かされていくのだった。
こうして、アルティナのつかまり立ち大作戦は、親バカゲージが天元突破した皇太子殿下の「超過保護な建国パレード計画」と、王宮全体を巻き込む激甘な大混戦の幕を閉じるのだった。元自衛官令嬢アルティナの、ものぐさスローライフへの戦線は、愛するパパ上司と最強のベイビー新兵の二大溺愛勢力によって、今日も優しく、永久に包囲され続けている。




