第71話:初めての離乳食作戦。……殿下、ただの十倍粥に対して王宮の最高級シェフを総動員するのは職権乱用です!
「状況把握、開始。時刻は午前十一時。離乳食、初日。私は今、王宮のダイニングで、小さじ一杯の『十倍粥』を前に、国家の最高頭脳と対峙している。……のだけれど、私の隣にいる夫が、まるで国家の命運を賭けた爆弾解体作業に挑むかのような、凄まじい緊張感でスプーンを握りしめているわ。状況、ただのごはんの時間が、最高警戒レベルの特殊作戦と化している模様ね」
我が新兵(赤ちゃん)も生後数ヶ月が経ち、いよいよミルク以外の食物を摂取する時期がやってきた。
記念すべき一口目のメニューは、私がミリタリースペック(合理的レシピ)通りに用意した、何の変哲もないお粥だ。
しかし、ルファード殿下は朝から「我が子が初めて固形物の進軍(咀嚼)を開始する歴史的瞬間だ!」と大騒ぎし、危うく王宮の総料理長に『最高級ツバメの巣のすりつぶし・ドラゴンスープ仕立て』といった、赤ちゃんの消化器官を秒でオーバーフローさせるフルコースを作らせるところだったのだ。
「アルティナ、本当にこの白い液体(お粥)だけでいいのかい……!? 我が子の輝かしい未来の栄養基準のために、せめて特級魔獣の骨髄エキスをコンマ一ミリグラムほどブレンドすべきでは――」
「で、殿下! 赤ちゃんの未発達な胃袋にそんな高負荷な戦闘糧食(劇薬)をパージ(投入)したら一発で大破します! いいから殿下は、優しくお粥を我が子の口元へ搬送してください……っ!」
私が真っ赤な顔でツッコミを入れると、殿下は「くっ、了解した……!」と真剣な面持ちで小さじ一杯のお粥をすくい、我が子の小さな唇へと近づけた。
「あー、ばぶちゃん、あーんだよ……」と、国政を動かす時より120%優しい、蕩けきった赤ちゃん言葉(親バカモード)を発動しながら。
我が子は不思議そうにスプーンを見つめた後――ぱくり、ともぐもぐ口を動かし、「あうー!」と満面の笑みを浮かべた。
「お、おいアルティナ……っ! 今、この子は確かに咀嚼(前進)した! なんという完璧な消化吸収プロセス(生命力)だ……! ああ、愛おしすぎて俺の全戦線が至福の熱量で完全崩壊してしまうよ……っ!」
殿下は我が子のあまりの可愛さに涙ぐみながら、空いた片腕で私の腰をごく自然にホールド(ハグ)。そのまま私たち二人をまとめて愛おしそうに胸の中に監禁し、私の頬に甘く、熱い口づけを落としてきた。
「ん、む……殿下、我が子が目の前で見ていますから、公務(お世話)にかこつけて私への過保護なスキンシップをフル稼働させるのを停止してください……っ!」
私が恥ずかしさのインフレで顔を真っ赤に染めている、その時だった。
ダイニングの窓の外から「ウオオオ……御子が米(主食)を食されたぞ……っ! これぞ我が国の繁栄の証……っ!」と、押し殺した男泣きの咆哮が響いてきた。
レーダー検知(目視)するまでもなく、最高機密(離乳食)の警備に就いていたキリアン団長率いる第一騎士団が、お粥の完食を祝して『完全消音の祝いスクワット』を、血の涙を流しながら庭園で一斉に執行しているのが見えた。
(……うん、状況把握。我が家の超小型新兵は、お粥を一口食べただけで、この国の最高権力者と最強の騎士団を秒で完全降伏させる『最強のチートスペック』を発動しているわね。状況、私の静かなスローライフ計画は、この子の食欲の成長に伴うドタバタ包囲網によって、今日も優しく侵略され続けているわ)
私は、夫の甘すぎる腕の温もりと、お粥まみれの顔で無邪気に笑う我が子の紫の瞳に挟まれながら、世界で一番騒がしくて愛おしい「育児戦線」に、どこまでも甘く蕩かされていくのだった。
こうして、アルティナの離乳食大作戦は、親バカゲージが天元突破した皇太子殿下の「超過保護な給食バックアップ」と、すべてを笑いに変える我が新兵の愛らしさにより、王宮全体を巻き込む激甘な大混戦となるのだった。元自衛官令嬢アルティナの、静かにサボりたい戦線は、愛するパパ上司と最強のベイビー新兵の二大溺愛勢力によって、今日も優しく、永久に包囲され続けている。




