第69話:戦火の後の静寂(アフター・バース)。……殿下、国家予算の使い道を論じ合うのはもう十分です。今はただ、この小さな命の温もりを共有しましょう。
「状況把握、完了。……王宮の特設産室には、あれほど騒がしかった騎士たちの怒号も、侍医たちの緊迫した叫びも、今はもう存在しない。聞こえるのは、私たち三人の、穏やかな寝息と心音だけ。戦場を駆け抜けた直後のような、とてつもない疲労感と、それ以上に胸を満たす『幸福』という名の戦果確認。状況、我が家の最終防衛戦は、完璧な勝利で終結したわ」
産室から慌ただしく人が去り、窓から差し込む朝の光が、汗に濡れた私の髪を優しく照らしている。
腕の中には、ルファード殿下との間に生まれたばかりの、まだ赤くて小さな新兵(わが子)。紫の瞳を閉じ、小さなあくびを一つした。
隣に座り込むルファード殿下は、出産時のあの激昂が嘘のように、今は抜け殻のような表情で、震える手で私たちの顔を交互に覗き込んでいる。彼の紫の瞳には、まだ名残惜しそうな涙が滲んでいた。
「……アルティナ。お前は本当に……世界一勇敢で、世界一美しいヒーローだ。俺の人生の中で、今日という日ほど、神に感謝し、同時にその存在を呪いたくなった日はなかった。……お前をこんなにも苦しめた、この『命の誕生』という名の戦場にね」
「殿下……。もう、その話は終わりにしましょう? ……ほら、見てください。この子、殿下の指をぎゅっと握りしめていますよ。パパに会えて、きっと安心しているんです」
私がそっと殿下の指を、赤ちゃんの小さな手に重ねる。
その瞬間、天才皇太子が「うっ……」と声を漏らし、子供の指を壊れ物のように、でも愛おしくてたまらないという風に自分の頬へと寄せた。
「……っ、小さい。信じられないほど小さいのに、ここに確かに俺たちの血が宿っているんだね。アルティナ、ありがとう。……一生かけて、お前たちを俺の過保護の檻の中に閉じ込めて――いや、守り抜くと誓うよ」
「……ふふ、最後の訂正が結局不穏です。でも、そうですね。これからは、二人でこの小さな新兵の教育方針(戦略)を立てていきましょうか。……ただし、国家予算を傾けるのは厳禁ですよ?」
「分かっているさ。今はただ……少しだけ、この静寂を味わわせてくれ。俺たちの戦いは、今日からが本番なんだから」
殿下は私の額に、これ以上ないほど優しい口づけを落とすと、そのまま私の隣に身を預け、親子三人で寄り添うように静かなまどろみの中へと落ちていった。
(……殿下。国家予算の使い道を叫ぶ代わりに、今はパパとしての不器用な愛を、その胸の鼓動で伝えてくれればいいわ)
王宮の一室。世界で最も強くて優しい、新米パパとママの休息。
激しい戦火のあとに訪れた、この静かで甘い時間は、二人にとって何よりも愛おしい「平和」の証明だった。
外では、沈黙を守る騎士団が必死に呼吸を整えている気配がするけれど、そんな外野の熱気さえも遠く感じるほど、今の私たちには、この小さな小さな家族の絆こそが、世界最強の防衛ライン(しあわせ)なのだ。




