第66話:懐妊発覚の朝。……殿下、私が一歩歩くたびに床に極上の絨毯を敷き詰めていくのは職権乱用です!
「状況把握、開始。時刻は午前九時。お医者様からの診断が下ってから、わずか三十分。私は今、王宮のベッドの上で、羽毛布団と何十個ものクッションによって物理的に完全監禁(絶対安静)されている。……のだけれど、私の前に跪く夫の紫の瞳が、見たこともないほどの至福と狂気的なまでの決意でギラギラと輝いているわ。状況、私の想像を15手先まで超えた『超過保護包囲網』の完成ね」
ここ数日、どうにも体がだるく、私の高性能レーダー(胃袋)が朝一番の目覚ましコーヒーに対して拒否反応を示していた。
前世の知識と自衛官令嬢としての体調管理ロジックから、もしやと思い王宮の侍医を呼んだところ――ビンゴ。
「皇太子妃殿下、ご懐妊にございます。お腹の中に、新たな命が宿っております」
その言葉が室内に響いた瞬間、隣にいたルファード殿下は、持っていたお茶のカップを微動だにせず粉砕(握力による物理クラッシュ)した。
「ア、アルティナ……! 俺とお前の子が、本当に……ここにいるんだね……っ? ああ、神よ……いや、俺の最高のヒーロー(妻)よ……っ! 頼むから今すぐ動かないでくれ。呼吸をするのも、極力体力を消耗しないように静かに、優しく行うんだ……っ!」
「で、殿下! まだ初期ですから、そんなガラス細工を見るような目で至近距離からホールドしないでください! あと、呼吸の制限なんてミリタリースペック(生存本能)の規律違反です……っ!」
私が真っ赤な顔で抗議するものの、殿下の脳内戦術マップはすでに「アルティナ絶対防衛作戦」へと100%塗り替えられていた。
殿下は即座に公務の95%を文官へ恒久的パージ(丸投げ)することを宣言。さらに、私がベッドから一歩でも床に足を下ろそうとすると、どこからともなく「おっと、アルティナ、足元が冷える!」と、ふかふかの最高級絨毯を私の進行方向に先回りして敷き詰めていくという、凄まじい職権乱用(お世話スキル)を発動し始めたのだ。
(……うん。この男、私が無事に出産を迎えるまで、本当に指先一本動かさせずに、私を『世界一甘やかされた引きこもり(駄目人間)』に仕上げる気だわ。状況、私のものぐさスローライフの理想が、過保護という名の激しい熱量で侵略されすぎているわね)
さらに、この最高機密を聞きつけたキリアン団長が、宿直室から裸足のまま最大戦速で寝室の前に突撃してきた。
「アルティナ殿下ーーーッ!!! 我らの聖母のお腹に、次世代の希望(御子)が宿られたと聞き、第一騎士団一同、涙で王宮の床を水浸しにしておりますッ! これより私自ら、寝室の前で24時間、瞬き一つせずに不動の立哨(ゆりかご警備)に就きますッ!」
「キリアン、お前は今すぐその騒がしい口を閉じて国家の果てまで転任(強制パージ)されたいようだな。アルティナと赤ちゃんの絶対安静を乱す不審者は、たとえ騎士団長だろうが俺が直々に処刑台へエスコートしてあげるよ」
バチバチと、過去最高に冷酷で、だけど最高に浮足立っている男たちの火花が散る。
私は、まだ平らな自分のお腹にそっと手を当てながら、嬉しさと気恥ずかしさ、そして男たちの重すぎる愛のインフレに包まれてふにゃふにゃに笑ってしまうのだった。
(おのれ肉食獣上司ーーー!! 気が早すぎるのは分かっていたけれど、生まれる前からこのドタバタ包囲網(甘々修羅場)じゃ、我が家へやってくる新兵(赤ちゃん)も、生後一秒でミリタリースペック並みの英才教育(過保護)を叩き込まれちゃうじゃないのよーーー!?)
こうして、アルティナの懐妊発覚の朝は、全財産と国家権力をフルインフレさせた皇太子殿下の「超ド級過保護監禁(徹底看病モード)」の宣戦布告により、王宮全体を巻き込む特大の激甘ハッピーエンド(の始まり)を迎えるのだった。元自衛官令嬢アルティナの、静かに引きこもりたい戦線は、未来の家族という最高の新兵を迎え、夫の底なしの溺愛によってどこまでも甘く激しく守られていく。




