第64話:公務復帰の閲兵式。……騎士様たち、健康になった私に向かって国歌を大合唱するのは規律違反(恥ずかし死に)です!
「状況把握、開始。時刻は午前十時。公務復帰、初日。私は今、第一騎士団の訓練場に立っているのだけれど。……私の姿が視界に入った瞬間、百名以上の屈強な騎士たちが一斉に涙を流して崩れ落ち、大地を揺るがすような大歓声をあげている。状況、復帰祝いという名の、狂信的な宗教儀式ね」
数日間の絶対安静(という名の、殿下による至れり尽くせりの甘やかし監禁)を経て、私はようやく普段の制服に身を包み、前線へと戻ってきた。
背中の痛みは文字通り皆無。細胞レベルで完全全快(フルHP)だ。
それなのに、訓練場の最前列に陣取るキリアン団長は、私の顔を見るなり「おお……アルティナ殿下……っ!」と、まるで奇跡の神光でも浴びたかのように両手を天に突き上げている。
「アルティナ殿下! ドラゴンの肉スープの超回復効果があったとはいえ、あの爆炎からわずか数日で何の後遺症もなく立ち上がられるとは……! やはり貴女の肉体と精神は、神に選ばれし『戦女神』の領域……っ! 我ら第一騎士団、貴女の尊き復活に生涯の忠誠を再誓約いたします!」
「状況把握、完了しましたキリアン団長。……まず、朝一番から訓練場全体のボルテージを無駄にフルインフレさせるのを停止してください。あと、私の背後で、騎士たちが私の名前を連呼しながらスクワットを始める戦術的意味を秒で説明しなさい!」
「意味などありません! 貴女への溢れるリスペクト(ガチ惚れ)を、筋肉の収縮によって表現しているだけにございます!」
フンスと涙目で胸を張るキリアン。彼の後ろでは、騎士たちが「アルティナ殿下!」「我らの光!」と、一糸乱れぬ動きで限界突破のトレーニングを執り行っている。
(……うん、状況把握。私が殿下を命がけで庇ったエピソードが、騎士団の間で『愛の奇跡』として120%美化されて拡散されているのね。状況、私の前世の自衛官の記憶(羞恥心)が最大戦速でアラートを叩き出しているわ)
私が真っ赤な顔で戦略的後退(一歩下がる)を試みた、その時だった。
「ふむ。俺のアルティナがこれほど歓迎されているのは誇らしいが……キリアン、お前たちの視線が少々、俺の妻の防衛圏に侵入しすぎているな」
背後から、氷点下の冷気(独占欲)を纏ったルファード殿下が音もなく現れた。
殿下は私の腰をごく自然な手つきで引き寄せると、周囲の騎士たちを絶対零度の紫の瞳で威圧する。
「お、おのれ殿下……っ! 我らは純粋にアルティナ殿下の全快を祝しているだけです!」
「純粋だろうが何だろうが、俺以外の男がアルティナを見ていい時間は、一日に一秒までと規律で決まっている。……さあアルティナ、お前の元気な姿は十分に誇示できた。これ以上の残業(閲兵)はパージして、執務室で俺の手料理による水分補給(ご褒美タイム)に移ろうか」
「で、殿下……状況把握を……っ! 公務復帰してまだ五分しか経っていません! 騎士団の暴走も殿下の過保護も、私のスローライフ計画(平穏)を物理的に侵略しすぎですーーー!?」
私が涙目で叫ぶものの、殿下はフッと意地悪く微笑み、そのまま私をお姫様抱っこで回収。騎士たちの「おおお、皇太子夫妻の尊き愛の共同戦線……っ!」という狂信的な大歓声に見送られながら、私は再び甘やかな連行(お持ち帰り)を許してしまうのだった。
こうして、アルティナの公務復帰初日は、神格化された騎士団の熱狂と、それを一瞬で制圧した皇太子の「独占欲のインフレ」によって、一歩も歩かずに終了するのだった。元自衛官令嬢アルティナの、静かにサボりたい戦線は、全快したことでさらに重層化した男たちの執着によって、今日もベッドと執務室の間で甘く包囲され続けている。




