第61話:王宮寝室の絶対安静圏。……殿下、スプーンでスープを口に運ぶくらいは、私の残存体力(HP)でも執行可能です!
「……はぁ。状況把握、開始。時刻は午前十時。負傷から一日が経過した朝。私は今、王宮の我が家の天蓋付きベッドで、極上のシルクのクッションに前後を完全にホールド(固定)されている。……のだけれど、私の目の前で、寝る間も惜しんでスープをフーフーと冷ましている夫の目元に、特大のクマを検知。状況、私の背中の傷より、夫の精神的防衛体力が致命的に大破しているわね」
交易都市での爆発から丸一日。
私はルファード殿下の超特大スピードによる強行軍(お姫様抱っこでの緊急搬送)により、気がつけば王宮の寝室へと引き戻されていた。
背中の火傷は、王宮高位魔導師たちの全力治療によってすでに塞がっているものの、まだ皮膚が突っ張るような鈍い痛みが残っている。全治二週間、合法的な引きこもり権の獲得だ――そう思った私が甘かった。
「ほら、アルティナ。まだ熱いからね。あー、してごらん」
宝石のような紫の瞳をこれまでにないほど優しく揺らし、スプーンを差し出してくるのは、我が夫・ルファード殿下だ。
昨夜から一秒たりとも私のそばを離れず、公務をすべて文官たちにパージ(丸投げ)し、着替えから髪を梳かすことまですべてを自らの手で執行している。普段の冷徹な天才皇太子の面影はどこへやら、今の殿下は「アルティナに指先一つ動かさせない」という、狂気的なまでの労り(過保護)モードに突入していた。
「で、殿下っ! スプーンを持つくらい、私の高性能レーダー(右手)はミリタリースペック通りに稼働しています! 自分で食べられますから、その至近距離からの過剰なバックアップ(あーん)は規律違反です……っ!」
「拒否する。お前は俺を庇ってその白い肌を焼かれたんだ。お前が完全に元の健康体(フルHP)に戻るまで、俺はお前の手足として動く契約(誓い)を交わした。ほら、大人しく俺に甘やかされなさい」
フッと切なげに、だけど底なしの愛おしさを込めて微笑む夫。
いつもなら意地悪くハメ手を仕掛けてくる肉食獣上司が、今はただ、私への愛おしさと「守れなかった」という罪悪感で、私を壊れ物のように、どこまでも優しく、丁寧に扱ってくれている。
その優しすぎる視線と手の温もりに、私の高性能レーダーは、いつもとは違うベクトルの甘いアラート(大バクバク)を叩き出した。
「お味はどうだい? 喉は渇いていないかい? 背中が痛むなら、俺の身体にいつでも寄りかかっていいからね」
「ん、む……美味しいです……っ。ですけれど殿下、抱きしめる力が優しすぎて、逆に私の精神的防衛基準が溶かされそう(メロメロ)で持ちません……っ!」
私が真っ赤な顔で毛布に潜ろうとすると、殿下はそっと私の頭を撫で、おでこに優しく、慈しむような口づけを落とした。
「怒らないでよ。お前が今ここにいて、俺の手の届くところで呼吸をしてくれているだけで、俺は救われているんだ。……ありがとう、アルティナ。俺の最愛のヒーロー(妻)」
低く、耳元で囁かれる極上の労い(溺愛)。
(おのれ肉食獣上司ーーー!! いつもの強引な夜間残業より、この『骨抜きにされるレベルの徹底的な甘やかし(看病)』の方が、私の自衛官精神が最大戦速で武装解除されちゃうじゃないのよーーー!?)
このまま全治二週間の間、殿下に24時間体制で至れり尽くせり甘やかされ続けた結果、私の身体が完全に「ものぐさ引きこもり令嬢(駄目人間)」として100%完成してしまう未来を秒で看破し、嬉しさと気恥ずかしさで布団の中で悶絶するのだった。
こうして、命がけの防衛戦を終えたアルティナを待っていたのは、理性を焼き切って過保護の塊と化した皇太子殿下の「甘やかし尽くし(超労り溺愛)包囲網」だった。元自衛官令嬢アルティナの、静かなスローライフへの戦線は、夫の底なしの優しさと切実な愛によって、今度はベッドの中で完全に蕩かされていく。




