第60話:漆黒の爆炎、命を賭した絶対防衛線。……殿下、泣きながら私を抱きしめる前に、まずはその重すぎる腕のホールドを緩めてください!
「……っ、状況把握、開始! 時刻は午後二時。単独出張、五日目。国境の交易都市。私は今、突如発生した大規模なテロ組織の襲撃の渦中にいる。……のだけれど、敵の狙いは私ではなく、私の隣で指揮を執っていた夫(ルファード殿下)。状況、一瞬の油断も許されない最高警戒ね!」
交易都市の査察の最中、反皇太子派の残党が仕掛けてきた、なりふり構わぬ強襲作戦。
ルファード殿下は私の前線復帰を支えつつ、自らも天才的な戦術眼で瞬時に敵の主力を圧倒していた。キリアン団長率いる第一騎士団も完璧に機能し、勝利は目前――そう確信した、次の瞬間だった。
「ルファード……! お前さえ、お前さえいなくなれば……我が組織の本懐は成るッ! 道連れだぁぁあ!!」
物陰から飛び出してきた組織の首領。その胸元で禍々しい赤色の光を放っていたのは、対城壁用の高濃度魔導爆弾――すでに起爆魔術が完了した、必死の自爆特攻だった。
標的は、ルファード殿下。
敵は最初から、この国の最高頭脳である皇太子暗殺だけを狙って、全戦力を囮にしていたのだ。
(状況把握! 爆発までの猶予、わずか一秒。範囲は半径十メートル。殿下の位置からでは、いくら天才でも最強の防衛魔法を展開する時間がコンマ数秒足りない……っ!)
このままでは最愛の夫が確実に大破(死亡確定ルート)を迎える未来を秒で看破した。
思考よりも先に、前世から魂に刻み込まれた私の生存・防衛ロジックが、最大戦速で身体を突き動かしていた。
「アルティナ、下が――」
危険を察知して私を下がらせようとした殿下の言葉を遮り、私は殿下の逞しい身体を、私の華奢な腕で力任せに抱きすくめた。
そのまま、自衛官令嬢としての身体能力をフル稼働させ、殿下を庇うように路地裏の地面へと押し倒す。
自分の背中を、爆弾の放つ最悪の赤光へと完全に晒す形で――。
「アルティナ……!? お前、何を――」
「殿下、動かないで、衝撃に備えて――っ!!」
ドガァァァァァンッッ!!!!
鼓膜を引き裂くような大爆音。
直後、猛烈な熱風と、鉄の礫のような衝撃波が私の背中を容赦なく襲う。
「が、はっ……っ!!」
背中に灼熱の痛みが走り、肺の空気が強制的にパージ(吐き出)される。
激しい衝撃の余波を受けながらも、私は腕の中の殿下を絶対に離さず、その衝撃をすべて自分の背中で受け止めた。
やがて、もうもうと立ち込める黒煙と静寂。
周囲の建物が崩落する音の中、キリアンたちが「アルティナ殿下ーーーっ!」と絶叫しながら駆け寄ってくるのが聞こえる。
「……はぁ、はぁ。状況……把握……。敵の自爆攻撃……終了。殿下のバイタル、異常なし。……私の背中、衣服が大破、第二度熱傷の可能性あり。防衛、成功ね……」
私が痛みに顔を歪めながら、腕の中の殿下に力なく微笑みかける。
ルファード殿下は、煤まみれになった私の顔を見つめたまま、宝石のような紫の瞳をこれまでにないほど大きく見開き、カタカタと激しく 震えていた。
いつも15手先を読んで不敵に微笑む完璧な皇太子が、今、子供のようにボロボロと大粒の涙をこぼし、私の頬を両手で包み込んできたのだ。
「アルティナ……アルティナ……っ!! なぜ、なぜ俺なんかを庇ったんだ……! お前が死んだら、俺の世界はすべて終わりなんだぞ……っ! ああ、血が、お前の背中から……っ!」
怒りと、恐怖と、底なしの愛が混ざり合った声で、私を壊れ物を扱うように 強く、激しく抱きしめる殿下。
至近距離から伝わる夫の本気の涙と心臓のバクバク音に、私の高性能レーダーは、背中の激痛を忘れるほどの甘いアラート(大バクバク)を叩き出した。
「で、殿下……状況把握を。ただの、背中の火傷(かすり傷)です……。泣かないでください、皇太子の規律違反です……。あと、任務は……これで、完遂ですからね……っ」
「バカ言え! 公務なんてどうでもいい! 今すぐ王宮へ帰還(戦略的撤退)だ! お前の傷が完治するまで、俺の腕の中から一秒たりとも出さないからね……っ!」
(おのれ肉食獣上司ーーー!! せっかくカッコよく殿下を守ったのに、結局最後は『極上の過保護監禁(ベッド拘束)』の確定ルートに叩き込むのをやめてくださいーーー!?)
私は殿下の重すぎる愛と、傷の痛み、そして心地よい快感のインフレに包まれながら、涙目で意識を失う(お昼寝に突入する)のだった。
こうして、出張五日目の防衛戦は、皇太子妃アルティナの命がけの奮闘と負傷、傷ついた妻を前に「独占欲と過保護ゲージが次元を超えてフルカンストした夫」の完全狂暴化お迎えにより、これまでにない激甘修羅場の幕引きを迎えるのだった。元自衛官令嬢アルティナの、ものぐさスローライフへの戦線は、全治二週間の名目を得た夫の寝室監禁(徹底的な看病)によって、再び甘く激しく包囲されていく。




