第57話:出張四日目の朝。……ちょっと待って、朝一番に支給されたのが目覚ましコーヒーではなく「暗殺者の刃」ってどういうこと!?
「……。状況把握、開始。時刻は午前五時三十分。単独出張、四日目の朝。私は今、シルクのパジャマ姿のまま、ベッドの上で完全に身体を硬直させている。……なぜなら、私の首筋に、冷徹な殺気を孕んだ一本の漆黒の短剣が突きつけられているから。状況、極めて緊迫した奇襲ね」
数分前まで、私は心地よい眠りの中にいた。
昨夜、魔導通信器の向こうからルファード殿下が放ってきた「遠隔甘々総攻撃」のせいで、私の脳内防衛基準(キュンキュン度)は完全にオーバーヒート。精神的体力を使い果たして泥のように眠っていたのだ。
だが、前世から魂に刻み込まれた私の高性能レーダー(生存本能)が、大気のわずかな震えを感知して最大戦速を叩き出した。
パチリと目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、音もなく天井から舞い降りてきた黒装束の影。
宿に張られていたはずの第一騎士団の警戒網、そして殿下が配した「暗部」の結界を完全にすり抜けて侵入してきた、一級の『暗殺者』。
「……流石は噂の皇太子妃殿下。この距離で、完全に気配を断った俺の刃に気付き、心音一つ乱さないとはな。ただの引きこもり令嬢ではないという噂は本当だったようだ」
覆面の奥から、低く冷酷な声が響く。
短剣の刃先が、私の白い肌に触れるか触れないかの距離でピタリと止まっていた。
反皇太子派の息がかかった暗殺ギルドのトップクラス。砦の視察で私の『武勇伝』を耳にし、生かしておけばルファード殿下の最大の駒になると踏んで、即座に排除に動いたのね。
(状況把握、完了。敵の得物は魔力特性を遮断する黒曜石の毒刃。私の喉元までの距離、わずか数センチ。通常なら100%死亡確定のルートだわ。……けれど、おあいにく様。私の脳内コンピューター(戦術ロジック)をナメないでちょうだい)
コンマ一秒で生存確率を最大化する戦術を弾き出す。
「……動くな。少しでも不審な魔力を練れば、その細い首を撥ねる」
「ええ、分かっているわ。私はただの『ものぐさな令嬢』ですから、抵抗なんて――」
――するに決まっているでしょうが!!
私が言葉を言い切るより早く、ベッドのマットレスの弾性を利用して、上体を力ずくで真横にスライドさせた。
シュッ、と髪の毛が数本切り落とされる鋭い風切り音。
「なっ……!?」
暗殺者が驚愕に目を見開いた瞬間には、私はパジャマの裾を翻し、前世の近接格闘術(CQC)の型を最大出力で執行していた。
敷布団を両手で跳ね上げて敵の視界を遮断!
さらに、目眩ましに怯んだ暗殺者の手首を、私の華奢な両手で容赦なくロックする。
「状況把握! 武器を持った敵との至近距離戦では、一瞬の躊躇が命取りよ……っ!」
「くっ、この女、ただの令嬢の力ではない……!」
敵のカウンターの蹴りを、ベッドのヘッドボードを蹴り上げる反動で宙に舞って回避。
そのまま空中で暗殺者の背後に回り込み、容赦なくその太い首へ、私の細い腕で『リアネイキドチョーク(裸絞め)』をガチ極めした。
「が、はっ……、あ、呼吸が……っ!?」
「落ちなさい。ここであなたをパージ(気絶)させないと、私の静かなスローライフ(二度寝権)が永遠にシャットダウンされてしまうのよ……っ!」
ギリギリと骨が鳴るほどの力で締め上げる。私の高性能レーダーは、宿の外からキリアンたちが異変を察知して激しく階段を駆け上がってくる足音を捉えていた。
ドガァン!! と部屋のドアが文字通り吹き飛び、剣を抜いたキリアン団長と、影から飛び出してきたルファード殿下の直属暗部たちが室内に突入してくる。
「アルティナ殿下ーーーっ!!」
キリアンが叫んだ視線の先。
そこには、パジャマ姿でベッドの上に立ち, 一級の暗殺者を完全に絞め落として床に転がしている、呼吸一つ乱さない皇太子妃(私)の姿があった。
「状況把握、完了しましたキリアン団長。……遅いわよ。私の最大戦速の戦闘(残業)が終わってから突入するなんて、防衛規律違反で減給処分ね」
私がため息を吐きながら睨みつけると、キリアンと暗部たちは、その圧倒的な武勇と美しさに、恐怖を通り越して「狂信的なリスペクト(ガチ惚れ)」の眼差しでその場に深く平伏するのだった。
(静かにサボるための出張なのに、なんで本物の修羅場が支給されてるのよーーー!! 殿下、今すぐこの国境地帯の治安を最大戦速で戦術クリーンアップしてくださいーーー!?)
こうして、出張四日目の朝は、おのれを襲撃した暗殺者を自力で返り討ちにするという、元自衛官令嬢アルティナの緊迫のガチ戦闘戦線となった。物理的な距離があろうとも、この事態を突発報告(入電)されたルファード殿下の独占欲と怒りのゲージが、王宮でフルインフレ(激怒)を起こすのは秒読み段階であった。




