第56話:出張三日目の夜。……殿下、通信魔術を使って遠隔で夜の居残り残業(いちゃいちゃ)を発注するのは職権乱用です!
「……はぁ。状況把握、開始。時刻は午後九時。単独出張、三日目の夜。私は今、宿のベッドで一人、静かに休息を執行していた。……はずだったのだけれど、机の上に設置された国家最高機密の立体通信魔術(3Dホログラム)から、夫の姿が100%の出力で投影されている。状況、物理的な距離を完全無視した甘い包囲網ね」
砦の視察を終え、ようやく一人で静かに引きこもれる夜が来た。
そう思ってシルクのパジャマに着替え、ベッドに潜り込んだ瞬間、国王陛下との緊急連絡用に支給されていた魔導通信器が突如、最大戦速で起動したのだ。
眩い光と共に室内に現れたのは、王宮の執務室でシャツの胸元を大きくはだけ、宝石のような紫の瞳をこれまでにないほどギラギラと燃え上がらせているルファード殿下だった。
「アルティナ……! キリアンの奴め、現地でお前のお姫様抱っこ(武勇伝)を嬉々としてプレゼンしたそうじゃないか。現地の男たちがお前を熱い目で見ただなんて、俺の独占欲の防衛線が国家崩壊レベルで暴走してしまったよ……っ!」
「で、殿下……状況把握を……っ! これは国王陛下ラインの緊急通信回線です! なぜそんな国家予算の無駄遣い(職権乱用)をして、個人の嫉妬ゲージをフルインフレさせているのですか! 私は今、一ヶ月のサボり(出張)を満喫している最中ですので、今すぐ通信をパージ(切断)――」
「拒否する。お前がその可愛い唇で俺を拒むなら、今すぐ全軍を率いて国境へ親征(拉致)に向かうだけだ」
立体映像のはずなのに、そこから放たれるルファード殿下の本気の男の色気と飢餓感は、まるで本物がベッドの横に這い上がってきたかのような圧倒的な質量だった。
殿下は画面越しに私を妖艶にロックオンすると、低く掠れた声で私に命令を下してきた。
「アルティナ、その魔導具の投影範囲までもっと近付きなさい。一晩中お前の顔を見て、その可愛い声を聴かないと、俺の精神が戦闘不能になってしまう。ほら、早く……」
「ん、む……っ。殿下、至近距離からそんな捨てられた仔犬みたいな顔で私を見つめるのをやめてください……っ。映像なのに、私の高性能レーダー(心臓)が最大戦速(大バクバク)のアラートを叩き出して持ちません……っ!」
私が真っ赤な顔で毛布を頭から被ろうと戦略的後退を試みるが、殿下はフッと意地悪く微笑み、画面越しに甘く囁く。
「逃がさないよ。今夜は朝が来るまで、俺の愛の反省文(独占欲)を画面越しにたっぷり浴びせる契約(確定ルート)だからね。キリアンへの対策として、お前のその白い肌に、俺の声だけでマーキングしてあげる」
(おのれ肉食獣上司ーーー!! 離れていても15手先を読んで私をベッドの上に監禁(遠隔残業)するのをやめてくださいーーー!?)
頭が良すぎる私は、自分が物理的にどれだけ遠くへ逃げようとも、この夫の底なしの溺愛ロジックの手のひらからは一生戦略的脱走が不可能なことを秒で看破し、映像越しの甘い口づけ(のような囁き)に、身体をふにゃふにゃに溶かされるのだった。
こうして、出張三日目の夜は、遠く離れた皇太子殿下の「魔導通信・無限総攻撃(遠隔第2ラウンド)」によって、朝の光が差し込むまで徹底的に愛の居残り残業を課せられるのだった。元自衛官令嬢アルティナの、束の間のスローライフへの戦線は、夫の物理法則を超越した執着によって、今夜もベッドの上で甘く激しく侵略され続けている。




