第54話:出張先の宿場町。……騎士様、その甲斐甲斐しすぎるバックアップは、留守番中の肉食獣上司に100%筒抜けですよ!?
「……ふぅ。状況把握、開始。時刻は午後六時。単独出張、一日目の夜。私は今、国境近くの宿場町にある高級宿の客室に到着し、ようやく馬車の揺れから解放されたところ。……なのだけれど、部屋の四隅から感じる強烈な視線のせいで、我が防衛陣地のセキュリティが完全にガタガタね」
王宮を出発してから数時間、馬車のシートにしがみつきながら、私は昨夜ルファード殿下に限界まで回収された防衛体力(HP)の回復(お昼寝)に努めていた。
ようやく宿に到着し、一息つける――そう思ったのも束の間。部屋のドアがノックの規律を無視した勢いでバァン!と開いた。
「アルティナ殿下! お疲れではございませんか!? 部屋の安全確認および、お体の疲労を軽減するための特製ハーブティーの支給に参りました!」
そこに立っていたのは、道中ずっと馬で並走していた第一騎士団長・キリアンだった。
灰色の瞳に「狂信的なリスペクト(ガチ惚れ)」をギラギラと輝かせた彼は、流れるような動作で私の前に膝をつくと、銀のお盆に載ったお茶を捧げてくる。その距離、わずか五十センチ。近すぎる。
「状況把握、完了しましたキリアン団長。ですが、その距離感は我がスローライフ憲章の『節度あるソーシャルディスタンス』を著しく侵害しています。あと、その後ろの窓――」
バキィィィン!!
私が指差した瞬間、客室の窓ガラスを突き破って、上空から一本のクナイ(威嚇射撃)がキリアンの足元すれすれに突き刺さった。
「くっ、また殿下の『暗部』か……っ! 執念深い!」
「キリアン団長、だから言ったでしょう。あなたが私に一歩接近するたびに、上空の暗部百名からリアルタイムで物理的制裁が支給される契約になっているんです。留守番中の夫の独占欲を甘く見ないでください」
窓の外を見れば、宿の屋根瓦の隙間から、鳥のフリをした黒尽くめの男たちがギチギチとした殺気を放ちながらこちらを監視している。
(……うん、状況把握。キリアンが私にお茶を渡そうとするだけで、暗部が通信魔術で王宮の殿下に『現在、側近が皇太子妃の半径五十センチ以内に接近中』とリアルタイム報告(残業)しているわね。状況、筒抜けどころか国家予算の無駄遣いインフレが止まらないわ)
頭が良すぎる私は、この一ヶ月の出張中、常に夫の「遠隔嫉妬包囲網」に見張られ続ける未来を看破し、早くも胃が痛くなってきた。
「しかしアルティナ様! 私はあの肉食獣上司(殿下)の威嚇ごときに屈するほどヤワな騎士ではありません! 旅の疲れには、このキリアン直伝の筋肉もみほぐし(マッサージ)が効果的です、さあ背中を――」
「拒否します! そのワード(マッサージ)は、出発前の殿下の確定ルート(夜の連勤)を思い出して私の心臓が最大戦速(大バクバク)のアラートを叩き出すので、精神的防衛体力が持ちません……っ!」
私が真っ赤な顔で枕を投げつけてキリアンを戦略的撤退(部屋からの強制排除)させると、屋根の上の暗部たちが一斉に「ナイスパージ」とばかりに親指を立ててみせた。
(なんなのよこの旅路はーーー!! 殿下の重すぎる愛から逃れてのんびり引きこもるはずが、監視の目が多すぎて一ミリもサボれないじゃないのよーーー!?)
こうして、一ヶ月の単独出張・初日の夜は、距離感がバグった忠犬騎士の突撃と、それを遠隔で監視する嫉妬の皇太子の「代理包囲網(暗部総攻撃)」によって、王宮にいる時以上に賑やかな大混戦の幕を開けるのだった。元自衛官令嬢アルティナの、静かなスローライフへの戦線は、旅先の宿場町でも、男たちのインフレな執着によって激しく甘く侵略され続けている。




