第47話:崩落する地下迷宮。……騎士様、お飾りと見下した私の腕の中で、気絶している暇はありませんよ!
「……っ、状況把握、開始! 自由落下速度、時速約五十キロ。接地までの猶予、残り四秒。目標との距離、約二メートル。状況、極めてタイトな空中救出作戦ね!」
ドレスの裾を躊躇なく引き裂いた私は、黒煙が吹き荒れる奈落の底へと迷わず突進していた。
下を見れば、爆発の衝撃で受け身も取れず、瓦礫と共に真っ逆さまに落ちていく第一騎士団長・キリアン。
私は空中で身体を反転させ、空気抵抗を極限まで減らす直滑降の姿勢をとると、一瞬で彼の背後に追いついた。
「なっ……皇太子妃、殿下……!? なぜ、ここに……っ」
「喋ると舌を噛みますよ! 状況、これより強制ホールド(安全確保)へ移行します!」
驚愕に目を見開くキリアンの腰を、私は背後からガッチリと片腕で抱きすくめた。
もう片方の手で、壁面から突き出ていた頑丈な鉄製の配管をキャッチ。凄まじい摩擦熱が手のひらを襲うが、前世の過酷な懸垂訓練で鍛えた私の筋肉は、二人の総重量を力技で受け止める。
キキィィィン!! と火花を散らしながら、私たちは壁を削るようにして最下層の床へと着地(サイレント着地)した。
「がはっ、げほっ……! ……あ、あり得ない。令嬢の腕力で、この落下の衝撃を相殺したというのか……!?」
キリアンが床に膝をつき、信じられないものを見る目で私を見上げてくる。
しかし、状況把握能力(自衛官レーダー)は、まだ「作戦完了」のサインを出していなかった。
地下の『禁忌の魔導兵器保管庫』。爆発によって防衛システムが狂ったらしく、部屋の奥に鎮座する巨大な魔導水晶が禍々しい赤に染まり、自動迎撃の熱線が不規則に乱射され始めたのだ。
「状況把握! 迎撃レーザー、照射まで残り〇・五秒。射線、私たちの全方位を完全ロックオン。……ハァ、状況、これより『障害物競走(強行突破)』に変更ね」
「ま、待て! 私が盾になる、貴女は後ろへ――」
「足手まといは黙って私に投資されていてください!」
私は立ち上がろうとしたキリアンの襟首を掴み、お姫様抱っこの要領で軽々と横抱き(捕獲)にした。
「な、ななな、何を――っ!?」
第一騎士団長としてのプライドを粉砕され、顔を真っ赤にして狼狽えるキリアン。
そんな彼の抗議を無視し、私は最大戦速で爆走を開始した。
シュババババッ! と床を抉る熱線。
私は前世の対地攻撃回避ステップ(ジグザグ走行)を狂いなくトレースし、ドレスをなびかせながらレーザーの隙間をすり抜けていく。正面から迫る崩落した巨大な岩石に対しては、キリアンを抱えたまま跳躍(大ジャンプ)。空中で180度回転し、ヒールで岩を蹴り砕いて推進力に変えた。
「状況把握! 出口の防壁、残り三秒で完全閉鎖! ――スライディングで滑り込みます、頭を下げて!」
「くっ……!」
閉まりかける重厚な鉄門のわずかな隙間に向かって、私はキリアンを抱いたまま地面を滑り込んだ。
ガガガガァン!! と、私たちの背後で完全にシャットダウンされる保管庫の扉。
「……ふぅ。状況把握、完了。避難ルートの確保、成功。不審な魔力源からの離脱、完了。作戦時間、四十二秒。状況、本日の突発残業、これにて一区切りね」
私は煤まみれになったドレスの埃をパッパと払い、腕の中にいたキリアンを、床へとすとんと下ろした。
助かった――そう思ってキリアンを見ると、彼は床に座り込んだまま、宝石のような灰色の瞳をかつてないほど大きく見開き、自分の胸元を片手でギュッと掴んで激しく呼吸を荒くしていた。端正な顔は、耳の裏まで真っ赤に染まっている。
(あれ? 状況把握。どこか怪我でもさせたかしら。それとも、やっぱりお飾り扱いしていた令嬢に助けられたのが、そんなに屈辱だったのかな……?)
怪訝に思う私に、キリアンは震える声で、けれど地響きのような熱量を孕んだ目で私を真っ直ぐに見つめてきた。
「……あ、あり得ない。私は……私はなんて無礼な思い込みをしていたんだ……。あの圧倒的な戦闘機動、無駄のない状況判断、そして……私を迷わず救ってくれた、その強さと美しさ……」
キリアンの灰色の瞳に、これまでの軽蔑は一ミリも残っていなかった。そこに宿っていたのは、狂おしいほどの実戦主義者としての**『本気の心酔(ガチ惚れ)』**の光だった。
「アルティナ皇太子妃殿下……っ! 不肖キリアン、これまでの非礼を全身全霊でお詫びすると共に――本日ただいまより、この命、貴女の絶対の盾として捧げることを誓います……っ!!」
(いや、私の盾になる前に、その熱すぎる視線が私の防衛基準(大バクバク)を侵略しにきてるんだけどーーー!? 殿下だけで手一杯なのに、なんで側近の騎士様までルート開拓してくるのよーーー!!)
こうして、崩落した地下迷宮で、アルティナの華麗なチート無双により、頑固な騎士団長キリアンが秒で陥落(リスペクト確定)。元自衛官令嬢アルティナの、静かにサボりたいスローライフへの戦線は、夫の重すぎる愛に加え、忠誠心が限界突破した側近の参入によって、さらに大混戦の戦場へと変貌していくのだった。




