第19話:王宮の激務。……頼むから、上司二人で私の奪い合い(残業の押し付け)をしないでください
「……ハァ。状況把握、開始。私の目の前で、国のトップツートップが、恐ろしい形相で一枚の羊皮紙を引っ張り合っている。状況、極めて不条理ね」
ミリーの強制排除から明けた、翌朝の執務室。
私は完全に死んだ魚の目をして、目の前で繰り広げられる『最高権力者たちの幼児退行(権力闘争)』を眺めていた。
私の目の前にいるのは、我が最恐の肉食獣上司ルファード殿下。
そしてもう一人は、王宮のすべての事務と財政を統括する、冷徹無比な筆頭文官――カイゼル侯爵。常に理詰めで動く、王宮一の「メガネの仕事人間」だ。
二人が挟んで引き合っているのは、他でもない、私の『本日の勤務割当書(争奪戦)』だった。
「ルファード殿下、手を離していただきたい。アルティナ騎士爵の『状況把握能力』は、国家の財政監査において極めて有用です。彼女を一日借りるだけで、不正会計の温床となっている地方都市の書類が数時間で片付きます」
「断る。アルティナは俺の『専属護衛』だ。一秒たりとも俺の視界から外すつもりはない。それに、今日の午後は彼女と二人で、新しい別荘の温泉の効能について『現地視察』を行う最重要任務が入っている」
(殿下、それはただの公私混同サボりです。そしてカイゼル侯爵、あなたも私を高性能の全自動計算機(ブラック労働者)扱いするのをやめてください。私は寝たい)
私のカンストした状況把握能力が、どちらの側についても「特大の残業(精神的または物理的)」が確定するという、最悪のワーストケースをプロットしていた。
カイゼル侯爵の言う『財政監査』に行けば、山積みの書類を秒でスキャンさせられて脳が焦げる。
ルファード殿下の言う『温泉視察』に行けば、甘すぎるアプローチの猛攻を紙一重でかわし続ける精神的残業で命が削られる。
ものぐさな私としては、ここで第三の選択肢――『今すぐ部屋に帰って二度寝する』を敢行したい。
二人が不毛なキャットファイト(?)を繰り広げている今こそ、戦略的撤退の最大のチャンスだ。
ス、と私は気配を消し、忍び足で扉へと後退を始めた。
「――どこへ行くんだい、アルティナ?」
「――逃がしませんよ、アルティナ閣下」
カチャリ、と私がドアノブに手をかけた瞬間、左右から同時にゾッとするような冷たい声が降ってきた。
見れば、二人が書類を引っ張り合うのをやめ、息の合った完璧な連携で、私の退路を完全に塞いでいた。
(おのれ上司ども……! なんでこういう時だけ、前世の特殊部隊並みの完璧な包囲網を敷いてくるのよ!)
「アルティナ、俺と温泉に行くのと、この眼鏡の書類泥棒に拉致されるの、どちらがいい?」
「アルティナ閣下、私と共に国の膿を出すのと、この公私混同皇太子のベッドの抱き枕にされるの、どちらが論理的ですか?」
二人が、私を自分の陣営に引き込もうと、凄まじい眼力で迫ってくる。
頭が良すぎる私は、この状況を最速かつ最小のコストで切り抜ける『究極の妥協点』を脳内で計算した。
「……状況把握、完了しました。お二方、こうしましょう」
私はビシッと完璧な姿勢のまま、冷徹に告げた。
「私がカイゼル侯爵の書類を『30分で全スキャン』して不正を暴きます。その代わり、午後の温泉視察は中止。私は残りの時間をすべて、別荘の最高級ベッドでの『単独での戦術的睡眠(ガチ寝)』に充てさせていただきます。……これが最もコスパの良い最適解です」
「「なっ……!?」」
私の『有能すぎるが故の、ものぐさな等価交換』に、二人が同時に絶句する。
「フッ……、やはり君は面白い。いいだろう、その条件で契約成立だ。夕方、寝顔だけは見に行くからね」
「30分で片付くなら論理的です。承認しましょう」
こうして、二人のブラック上司による奪い合いを「最速の労働」で捻じ伏せたものの、私のスローライフ計画は、自分の有能さのせいで今日も激しい残業(等価交換)を強いられるのだった。




