第18話:王宮の激震。……実家のミリー(妹)が、なぜか洗濯係として這い上がってきました
「……はぁ。状況把握、開始。あの、遠くで必死にシーツを叩きつけている、令嬢らしからぬ泥臭い動きをしている女――」
お忍びデートの翌日。私は王宮の裏庭に広がる巨大な洗濯場を、詰所の窓から双眼鏡で眺めていた。
ボロボロの平民用の作業着に身を包み、額に汗を浮かべて大量の洗濯物と格闘しているのは、見間違えるはずもない。かつてアスラン伯爵家で私を「ものぐさの穀潰し」と見下し、贅沢の限りを尽くしていた私の実の妹、ミリーだった。
国家脱税と公金横領で実家が取り潰され、着の身着のまま平民へ落とされたはずの彼女が、なぜか王宮の下働き(洗濯係)としてこの場所に潜り込んでいる。
(なるほどね。状況把握完了。ミリーのやつ、平民落ちした屈辱に耐えかねて、持ち前の『人たらしスキル』だけを武器に王宮の使用人採用を突破したわけか。狙いはもちろん、王宮の誰かに見初められての逆転玉の輿……。本当に、その執念だけはプロの兵士並みね)
ハァ……、と私は窓ガラスに頭を預け、本日最初のため息をついた。
せっかく実家がきれいに片付いて、私の有給ニートライフへの障害が消えたと思ったのに、まさかの身内がゾンビのように身分制度の下層から這い上がってくるとは。最悪の戦況変化だ。
放っておいて、彼女がまた何かやらかして私の睡眠時間を削るトラブルを起こすのが、一番コスパが悪い。
「……よし。戦略的先制攻撃(釘刺し)をしておこう」
私は気配を消し、洗濯場へと音もなく近づいた。
「ちょっと、そこのあなた! 突っ立ってないでこのタライを――って、お、お姉様……!? なんで、あなたがそんな立派な騎士の格好を……!?」
私に気づいたミリーが、泡だらけの手で口を覆い、信じられないものを見る目で絶叫した。
周囲の洗濯係の平民たちも、初の『女性騎士爵』であり皇太子の婚約者内定者(私)の登場に、一斉に直立不動で震え上がる。
「久しぶりね、ミリー。状況把握をさせてあげる。私は現在、ルファード殿下の専属護衛兼婚約者よ。あなたがここで何を企んでいるかは知らないけれど、私の平穏なサボり時間を邪魔するような真似をしたら、次は地下牢への『戦略的移送』を手配するわよ」
「な、なによそれ……! ずっと部屋で寝てばかりいたお姉様が王妃(予定)だなんて、そんなの絶対におかしいわよ……!」
ミリーが悔しさに顔を真っ赤にして涙を浮かべる。
その瞬間、背後から、凍りつくような、けれど酷く甘い声が降ってきた。
「我が国の英雄であり、俺の最愛の婚約者に対して、ずいぶんと不敬な態度だな。洗濯女」
「ひっ……!?」
振り返ると、そこには数人の近衛を従えたルファード殿下が立っていた。その紫の瞳には、私のプライベートを騒がせる害虫に対する、容赦のない冷徹な光が宿っている。
「で、殿下……! なぜこんな生活感溢れる洗濯場にまで出張ってくるのですか」
「君が朝から熱心に洗濯場を索敵しているからね。てっきり、俺のシャツを自分の手で洗ってくれる新婚の予行練習かと思って、楽しみに見にきたんだ」
(だから、その圧倒的な過保護ポジティブ思考を今すぐ解除してください、殿下!!)
「ル、ルファード殿下……! お初にお目にかかります、私はアスラン家の――」
ミリーが必死に悲劇のヒロインの表情を作り、殿下にすり寄ろうと一歩踏み出した。――が、殿下は彼女を一瞥すらしない。
「衛兵。この不敬な女を、今すぐ王宮の外へ排除にしろ。二度と俺のアルティナの視界に入れるな」
「え……? あ、嫌、嫌よ! せっかくここまで這い上がったのに――っ!?」
ミリーは近衛騎士たちに両脇を抱えられ、文字通りの『強制撤退』をさせられていった。再登場からわずか3分での完全退場である。
「ふぅ……。状況、終了……」
「身内の処分まで俺に任せるなんて、本当に甘えん坊なフィアンセだ。ご褒美に、今夜は俺の執務室のソファで、二人きりでじっくり『戦略的二度寝(残業)』をしようか?」
「殿下、私は自室のベッドへ一目散に戦略的撤退をさせていただきます。断固拒否です」
実家の残党すら一瞬で塵に帰したものの、私の背後にぴったりと張り付く愛の重すぎる肉食獣上司から逃れるルートだけは、今日もどこにも見当たらないのだった。




