第九十章『帰る場所』
夜空を覆っていた黒い裂け目が、
ゆっくり閉じていく。
吹き荒れていた瘴気も、
静かに消えていった。
雪が舞う。
白く。
穏やかに。
巨大な“目”は完全に崩壊し、
黒い泥となって消えていった。
静寂。
そして。
村へ歓声が広がる。
「終わった……!」
「助かったんだ……!」
騎士たちが安堵する。
レオンハルトも、
ようやく剣を下ろした。
セレフィナは空を見上げながら、
小さく息を吐く。
「封印成功……」
だが。
ガブリエラは返事ができなかった。
力が抜ける。
視界が揺れる。
魔力を使いすぎた。
「っ……」
落ちる。
そう思った瞬間。
強い腕が、
彼女を抱き止めた。
「捕まえた」
聞き慣れた声。
ノクスだった。
ガブリエラは安心したように、
彼へ寄りかかる。
「……ただいま」
ノクスの赤い瞳が揺れる。
そして。
本当に安心したように笑った。
「おかえり」
その声が優しすぎて、
ガブリエラは胸がいっぱいになる。
ノクスは彼女を抱き締めたまま、
顔を埋めるように額を寄せた。
「マジで怖かった……」
掠れた声。
初めてだった。
ノクスがこんな弱音を漏らすの。
ガブリエラはそっと、
彼の背中へ腕を回す。
「ごめんね」
「謝んな」
ノクスは少しだけ身体を離す。
赤い瞳。
真っ直ぐだった。
「戻ってきたなら、
それでいい」
ガブリエラの胸が熱くなる。
好き。
本当に。
その時。
下から、
レオンハルトの冷静な声が飛んできた。
「感動の再会中悪いが、
そろそろ降りてこい」
二人は同時に下を見る。
騎士たちが完全に見ていた。
ガブリエラの顔が真っ赤になる。
「っ!!」
ノクスは気にしていない。
むしろ。
抱き締める腕が強くなる。
「嫌だ」
「子供か!!」
レオンハルトが即座に突っ込む。
騎士たちから笑いが漏れた。
セレフィナまで口元を隠して笑っている。
ガブリエラは羞恥で死にそうだった。
だが。
ノクスはそんな彼女を見て、
楽しそうに笑う。
「顔真っ赤」
「誰のせい……!」
「俺」
また即答だった。
ガブリエラはもう反論できない。
ノクスはふいに、
彼女の頬へ触れる。
優しい手。
そして。
低く囁いた。
「……帰ったら、
今度こそ二人きりな」
ガブリエラの心臓が跳ねる。
ノクスは満足そうに笑った。
その赤い瞳には、
もう不安は少ししか残っていなかった。
代わりに。
大切なものを見つけた人の、
穏やかな熱が宿っていた。




