第八十九章『約束』
「――行ってこい」
ノクスの声が、
胸の奥へ深く落ちる。
ガブリエラは彼を見つめた。
赤い瞳。
強がっている。
でも。
本当は怖いのだ。
失うことが。
ガブリエラはそっと、
彼の手を握る。
「……絶対戻る」
ノクスは数秒黙ったあと、
小さく笑った。
「信じる」
その言葉が、
ガブリエラへ力をくれた。
彼女は振り返る。
巨大な核。
暴走する赤い光。
空間が崩れ始めている。
急がなければ、
村ごと消える。
ガブリエラは深く息を吸った。
そして。
銀黒の翼を広げる。
光が夜空を照らした。
「ガブリエラ!!」
レオンハルトの声。
セレフィナも険しい顔をしている。
だが。
ガブリエラは止まらない。
まっすぐ核へ向かって飛ぶ。
巨大な“目”が絶叫した。
黒い泥が襲いかかる。
それを。
ノクスの黒炎が焼き払った。
「行け!!」
背中を押されるような声。
ガブリエラは前へ進む。
怖い。
でも。
一人じゃない。
核へ手を伸ばす。
瞬間。
膨大な記憶が流れ込んできた。
五百年前。
泣きながら封印を行う巫女。
その隣には、
黒い翼の青年がいた。
『必ず戻れ』
彼も同じことを言っていた。
ガブリエラは目を見開く。
まさか。
ノクスと同じ……?
だが。
考える暇はない。
核が暴走する。
ガブリエラは両手を核へ押し当てた。
銀黒の光が溢れる。
封印術式。
空中へ巨大な陣が広がった。
怪物が絶叫する。
世界が揺れる。
ガブリエラは歯を食いしばった。
「封じる……!!」
だが。
力が足りない。
核が強すぎる。
押し返される。
その瞬間。
背中へ、
熱が触れた。
「……ノクス!?」
振り向く。
そこには、
黒炎を纏ったノクスがいた。
「一人でやらせるかよ」
呆れたような声。
ガブリエラの目が揺れる。
「でも……!」
「恋人置いて逃げる趣味ねぇんだ」
ノクスは笑う。
そして。
後ろからガブリエラを抱き込むように、
一緒に核へ手を伸ばした。
黒炎と銀光が重なる。
暴れていた核が、
徐々に静まり始める。
怪物が悲鳴を上げた。
ガブリエラは震える声で言う。
「怪我してるのに……!」
「お前一人の方が心配」
即答だった。
ガブリエラの胸が熱くなる。
ノクスは耳元で低く囁く。
「約束しただろ」
「……デート?」
「ちゃんと行くまで死ねねぇ」
思わず、
ガブリエラは笑ってしまった。
その瞬間。
二人の魔力が完全に重なる。
巨大な封印陣が、
夜空いっぱいに広がった。
光。
轟音。
そして――
核が、
静かに砕け散った。




