第八十八章『離れない心』
巨大な“目”が、
狂ったように脈打つ。
黒い光。
吹き荒れる瘴気。
世界そのものが、
軋んでいるみたいだった。
だが。
ガブリエラとノクスは止まらない。
繋いだ手を強く握ったまま、
核へ向かって飛ぶ。
下では、
レオンハルトが叫んでいた。
「今だ!!」
蒼い剣閃が走る。
セレフィナの白い術式が、
怪物の動きを封じる。
その隙。
ノクスの黒炎が爆発した。
「吹き飛べ」
轟音。
黒い炎が、
巨大な目を包み込む。
怪物が絶叫した。
だが。
まだ終わらない。
目の中心。
赤い核が露出する。
ガブリエラはそこへ、
銀黒の光を放った。
封印陣。
幾重もの光が、
核を拘束していく。
怪物が暴れる。
空間が裂ける。
その瞬間。
黒い腕が、
ガブリエラへ伸びた。
「っ!」
避けきれない。
そう思った瞬間。
ノクスが彼女を抱き寄せた。
ドンッ!!
衝撃。
ノクスの背中へ、
黒い腕が突き刺さる。
「ノクス!!」
ガブリエラの叫びが響く。
鮮血。
黒炎が乱れる。
ノクスは苦しそうに息を吐いた。
だが。
それでも笑う。
「……平気」
「平気じゃない!!」
ガブリエラの目に涙が滲む。
また庇った。
何度も。
自分を守るために。
ノクスは震える彼女を見て、
少し困ったように目を細めた。
「泣くな」
血のついた手で、
そっと頬を撫でる。
優しい。
こんな状況なのに。
「お前が泣くと、
マジで理性飛びそう」
掠れた声。
ガブリエラの胸が締め付けられる。
嫌だ。
これ以上、
傷ついてほしくない。
ガブリエラは彼へしがみつく。
「もう無茶しないで……!」
ノクスは少し黙った。
やがて。
観念したように笑う。
「それ無理」
「ノクス!」
「だって」
赤い瞳が、
真っ直ぐガブリエラを映す。
「お前のこと、
世界で一番大事だから」
ガブリエラの涙が溢れた。
好き。
どうしようもなく。
この人が好き。
その時。
セレフィナの声が響く。
「核が暴走します!!」
巨大な目が、
限界まで赤く光っていた。
崩壊寸前。
このままでは、
周囲ごと吹き飛ぶ。
レオンハルトが叫ぶ。
「二人とも離れろ!!」
だが。
ガブリエラは核を見つめた瞬間、
理解してしまった。
これは。
封印しなければ終わらない。
そして。
封印には、
巫女の力を核へ直接流し込む必要がある。
つまり。
近づかなければならない。
ガブリエラが前へ出ようとした瞬間。
ノクスが腕を掴んだ。
「行くな」
低い声。
必死だった。
ガブリエラは彼を見る。
赤い瞳が、
揺れている。
怖がっている。
失うことを。
ガブリエラはそっと、
ノクスの頬へ触れた。
「大丈夫」
「……信用できねぇ」
「ちゃんと戻ってくる」
ノクスは苦しそうに目を伏せる。
そして。
数秒後。
諦めたように笑った。
「……絶対だぞ」
ガブリエラは頷いた。
すると。
ノクスが額を寄せる。
触れる距離。
熱い呼吸。
彼は低く囁いた。
「帰ってきたら、
今度はちゃんとデートする」
こんな状況なのに。
ガブリエラは思わず笑ってしまう。
「なにそれ……」
「約束」
その瞬間。
ノクスはガブリエラの唇へ、
短く口づけた。
優しく。
離れ難そうに。
そして。
「――行ってこい」
彼は、
震える声で送り出した。




