第八十六章『離さない手』
巨大な“目”が、
雪の下から現れる。
黒い泥に覆われた、
異形の瞳。
ぎょろりと動き。
真っ直ぐ、
ガブリエラを見た。
ぞわり。
全身へ悪寒が走る。
騎士たちが後ずさる。
「なんだ……あれ……」
「化け物……!」
次の瞬間。
巨大な目が開き切った。
同時に、
凄まじい瘴気が村中へ広がる。
騎士の一人が膝をついた。
「ぐっ……!」
「息が……!」
レオンハルトが叫ぶ。
「防御結界を張れ!!」
ガブリエラは反射的に光を放つ。
銀黒の結界。
瘴気が弾かれる。
だが。
目は止まらない。
黒い泥が溢れ続けていた。
セレフィナが険しい顔で呟く。
「核級……」
ノクスが眉をひそめる。
「知ってんのか」
「五百年前、
都市を三つ滅ぼした災厄です」
空気が凍る。
ガブリエラの記憶も反応する。
崩壊した街。
泣き声。
血。
頭痛が走った。
「っ……」
ふらついた身体を、
ノクスが支える。
「無理すんな」
低い声。
ガブリエラは彼の服を掴む。
怖い。
この怪物は、
今までと格が違う。
しかも。
その目はずっと、
ガブリエラだけを見ていた。
まるで。
狙っているみたいに。
その時。
巨大な目の周囲から、
無数の黒い腕が伸びた。
「来るぞ!」
レオンハルトが剣を振るう。
蒼い光が腕を切り裂く。
ノクスも黒炎を放つ。
だが。
切っても焼いても、
再生が速すぎる。
セレフィナが叫ぶ。
「核を封じないと終わりません!」
ガブリエラは目を見開く。
核。
つまり。
あの巨大な目そのもの。
でも。
近づくだけで、
恐ろしい圧力を感じる。
その時だった。
怪物の目が赤く光る。
次の瞬間。
一直線に、
黒い光線が放たれた。
「ガブリエラ!!」
ノクスが咄嗟に彼女を抱き寄せる。
轟音。
地面が抉れた。
爆風。
ガブリエラはノクスの腕の中で、
息を呑む。
今の、
直撃していたら。
ノクスは舌打ちする。
「狙いがお前固定かよ」
ガブリエラの胸が冷える。
怪物は再び、
こちらを見た。
ぞっとするほど執着した視線。
セレフィナが低く言う。
「巫女の力に反応しています」
「放っておけば、
必ずガブリエラを喰らう」
ノクスの空気が変わった。
赤い瞳が、
冷たく細められる。
「……やらせねぇ」
黒炎が荒れ狂う。
雪が一瞬で溶けるほどの熱量。
ガブリエラは慌てて、
ノクスの手を掴んだ。
「ノクス!」
彼は振り返る。
赤い瞳。
少し危うい光。
ガブリエラは真っ直ぐ言った。
「一人で行かないで」
ノクスは数秒黙った。
やがて。
小さく笑う。
「……なら、
一緒に来い」
そして。
恋人繋ぎのように、
指を絡めてくる。
こんな状況なのに。
ガブリエラの心臓が跳ねた。
ノクスはその手を握ったまま、
黒い翼を広げる。
「絶対離すなよ」
ガブリエラは強く頷いた。
「うん」
次の瞬間。
二人は同時に、
巨大な災厄へ飛び込んだ。




