第八十章『恋人』
「……もう絶対離さねぇ」
ノクスの低い声が、
胸の奥へ深く落ちてくる。
ガブリエラの心臓は、
まだ激しく鳴っていた。
唇が熱い。
さっきの口づけの感触が、
離れてくれない。
ノクスはそんな彼女を見て、
満足そうに笑った。
「顔真っ赤」
「だ、誰のせいだと思ってるの……!」
「俺」
即答だった。
ガブリエラは羞恥で顔を覆う。
周囲では騎士たちが勝利に沸いていた。
だが。
何人かはこちらを見ていた。
特に若い騎士たち。
「あれって……」
「もしかして……」
「いや完全に……」
ガブリエラの顔がさらに赤くなる。
「み、見られてる!!」
ノクスは気にした様子もない。
むしろ。
ガブリエラの腰を抱く腕を、
さらに強くした。
「別にいいだろ」
「よくない!!」
「恋人なんだから」
世界が止まった。
ガブリエラが固まる。
「……え」
ノクスが目を瞬く。
「違ぇの?」
「ち、違わないけど……!」
口に出した瞬間、
羞恥が爆発した。
ノクスの顔が一気に緩む。
「ははっ」
珍しく、
心から嬉しそうに笑っていた。
ガブリエラの胸がきゅっとなる。
こんな顔するんだ。
いつも余裕そうな彼が。
自分の言葉一つで、
こんなに嬉しそうに。
ノクスは額を寄せる。
「じゃあ正式に決定な」
「正式って何……」
「お前は俺の」
「言わなくていい!!」
慌てて口を塞ぐ。
ノクスがまた笑った。
だが。
その時だった。
「……随分楽しそうだな」
静かな声。
二人が同時に振り向く。
そこに立っていたのは、
レオンハルトだった。
沈黙。
周囲の騎士たちが、
一斉に気まずそうな顔になる。
ガブリエラの顔が青ざめた。
「レ、レオン……」
レオンハルトは二人を見る。
ノクスの腕。
ガブリエラの赤い顔。
そして。
僅かに腫れた唇。
全部見て、
理解したらしい。
蒼い瞳が細められる。
怖い。
だが。
レオンハルトは怒鳴らなかった。
しばらく沈黙したあと、
小さく息を吐く。
「……勝てないな」
その声は、
少し寂しそうだった。
ガブリエラの胸が痛む。
レオンハルトは優しかった。
何度も助けてくれた。
大切な人だ。
だからこそ、
傷つけたくない。
ガブリエラが言葉を探していると。
レオンハルトはふっと笑った。
「そんな顔をするな」
彼はガブリエラの頭を軽く撫でる。
優しい手。
「お前が幸せなら、
それでいい」
その言葉に、
ガブリエラの目が揺れた。
ノクスも何も言わない。
レオンハルトは少しだけ視線を逸らす。
「……ただ」
蒼い瞳がノクスを捉える。
「泣かせたら殺す」
笑顔だった。
でも怖い。
ノクスが鼻で笑う。
「上等」
また空気が危険になる。
ガブリエラは慌てて二人の間へ入った。
「喧嘩しないで!!」
すると。
二人とも同時に笑った。
その空気に、
騎士たちが安堵する。
雪はまだ降っていた。
けれど。
ガブリエラの胸の中は、
不思議なくらい温かかった。




