第七十六章『黒炎の中で』
轟音。
黒炎が夜空を裂く。
怪物の腕が焼き落ち、
黒い泥となって地面へ散った。
騎士たちが歓声を上げる。
「押してるぞ!!」
「今のうちに!」
だが。
ガブリエラだけは、
笑えなかった。
ノクスの魔力。
近くにいるから分かる。
荒い。
熱すぎる。
黒炎が周囲の空気まで歪めている。
まるで。
制御の限界を超えかけているみたいに。
「ノクス……」
ガブリエラが不安そうに見上げる。
ノクスはいつものように笑った。
「平気」
でも。
その声は少し掠れていた。
次の瞬間。
怪物の身体が再生する。
切り落としたはずの腕が、
黒い泥を集めながら再び形を作っていく。
騎士たちの顔が青ざめた。
「再生してる!?」
「なんなんだあれ……!」
ガブリエラの脳裏に、
記憶が流れ込む。
五百年前。
同じ怪物。
何度倒しても蘇る災厄。
『核を壊して』
頭の中で、
誰かの声が響く。
ガブリエラは怪物を見る。
胸部。
赤い光。
「あれだ……!」
ノクスが視線を向ける。
「核か」
ガブリエラは頷いた。
「あそこを壊さないと、
何度でも再生する」
ノクスは笑う。
「簡単じゃねぇか」
そう言うと、
黒炎を纏う。
だが。
ガブリエラは彼の腕を掴んだ。
「駄目」
ノクスが目を瞬く。
「……何で」
ガブリエラは唇を噛む。
彼の魔力はもう危険域だ。
これ以上力を使えば。
「無茶しすぎ」
ノクスは少し黙る。
そして。
困ったように笑った。
「今更だろ」
「笑い事じゃない!」
ガブリエラの声が震える。
怖い。
ノクスが壊れてしまいそうで。
失うのが怖かった。
その感情に気づいた瞬間、
胸が強く痛んだ。
ノクスはそんな彼女を見つめる。
赤い瞳が、
少しだけ優しく細められた。
「……そんな顔すんな」
彼の指が、
そっとガブリエラの頬へ触れる。
熱い手。
優しい。
「俺、
結構嬉しいんだけど」
「え……」
「そんな必死に心配されんの」
ガブリエラの顔が熱くなる。
今そんなこと言う!?
だが。
ノクスは冗談を言っている顔じゃなかった。
本当に嬉しそうだった。
ガブリエラは胸が苦しくなる。
「だって……」
言葉が詰まる。
怖い。
失いたくない。
その想いが、
どんどん大きくなる。
ノクスはじっと彼女を見る。
やがて。
低く呟いた。
「……俺も」
「え?」
次の瞬間。
ノクスがガブリエラの額へ、
そっと口づけた。
触れるだけの、
短いキス。
だが。
ガブリエラの思考は完全に止まった。
「っ……!?」
顔が一気に熱くなる。
ノクスは至近距離で笑った。
「だから、
ちゃんと戻ってくる」
低い声。
心臓が壊れそうだった。
その直後。
ノクスは黒い翼を広げ、
怪物へ向かって飛び出す。
「ノクス!!」
ガブリエラが叫ぶ。
夜空。
黒炎。
巨大な怪物。
その中心へ、
ノクスは一直線に突っ込んでいった。




