第七十五章『守りたいもの』
「……あれ、
五百年前の怪物だ」
ガブリエラの声は震えていた。
記憶が流れ込んでくる。
焼け落ちる街。
泣き叫ぶ人々。
黒い怪物。
そして。
その前へ立つ、
銀黒の髪の巫女。
――封じなければ。
その想いだけが、
強く胸へ残っている。
外では再び轟音が響いた。
異形の怪物が、
皇宮の結界を叩き壊している。
騎士たちの悲鳴。
炎。
混乱。
レオンハルトが即座に剣を抜いた。
「ノクス、
ガブリエラを頼む」
ノクスが眉をひそめる。
「お前は」
「指揮を取る」
短いやり取り。
だが、
互いに信頼しているのが分かった。
レオンハルトはガブリエラを見る。
「無理はするな」
優しい声。
そのまま彼は部屋を飛び出した。
残されたのは、
ノクスとガブリエラだけ。
ガブリエラはまだ息が荒い。
頭痛も酷い。
ノクスはそんな彼女を見下ろし、
小さく舌打ちした。
「顔色悪ぃ」
ガブリエラは苦笑する。
「ちょっと記憶が一気に来て……」
言い終わる前に、
ふわりと身体が浮いた。
「えっ」
気づけば、
また横抱きにされていた。
ノクスは当然のように窓へ向かう。
「ちょ、待って!」
「ここ危ねぇだろ」
「でも自分で歩け……」
「無理」
即答だった。
ガブリエラは抗議しようとした。
だが。
ノクスの横顔を見て、
言葉が止まる。
真剣な顔。
赤い瞳が、
ずっと外を警戒している。
その表情を見ていると、
胸がきゅっと痛くなった。
ノクスは窓から夜空へ飛び出す。
黒い翼。
冷たい風。
ガブリエラは反射的に、
ノクスの服を掴んだ。
すると。
ノクスが少し笑う。
「ちゃんと掴まってろ」
「……うん」
近い。
彼の鼓動が伝わる。
不思議と安心した。
怖いはずなのに。
ノクスの腕の中だと、
少しだけ平気になれる。
地上へ降り立つ。
そこは皇宮中庭だった。
騎士たちが怪物と戦っている。
だが。
全く歯が立っていない。
剣が通らない。
怪物の黒い泥が、
人を飲み込んでいく。
「くそっ!!」
騎士の一人が吹き飛ばされる。
ガブリエラは反射的に動いた。
銀黒の光が溢れる。
結界。
騎士を守るように光が広がった。
怪物が咆哮する。
その瞬間。
ノクスの魔力が爆発した。
黒炎。
圧倒的な熱量が、
怪物を吹き飛ばす。
騎士たちが息を呑んだ。
「ノクス様……!」
だが。
ガブリエラは気づいてしまう。
ノクスの魔力が、
いつもより荒れている。
黒い炎が、
制御しきれていない。
セレフィナの言葉が頭を過る。
“暴走”。
ガブリエラの胸がざわつく。
ノクスは怪物を睨んだまま呟く。
「ガブリエラ」
「……なに」
赤い瞳が、
真っ直ぐ向く。
「お前は下がってろ」
「嫌」
即答だった。
ノクスが眉をひそめる。
「危険だ」
「ノクス一人の方が危険」
ガブリエラは彼の手を掴む。
熱い。
魔力が不安定だ。
ガブリエラは真っ直ぐ彼を見る。
「一人で戦わないで」
ノクスの瞳が揺れた。
周囲では戦闘が続いている。
それでも。
二人の間だけ、
妙に静かだった。
ノクスは苦笑する。
「……そういうこと平気で言うよな」
「え?」
「離れられなくなる」
低い声。
ガブリエラの胸が熱くなる。
次の瞬間。
怪物が咆哮し、
巨大な腕を振り下ろした。
だが。
ノクスはガブリエラを抱き寄せると、
片手で黒炎を放つ。
轟音。
爆炎。
怪物の腕が吹き飛んだ。
熱風の中。
ノクスはガブリエラを庇うように抱き締めたまま、
低く笑う。
「……絶対、
守ってやる」




