第七十二章『隠しきれない熱』
終わった。
ガブリエラの思考は、
その一言で停止した。
黒い羽。
ノクスのものだ。
つまり。
完全に証拠。
レオンハルトは黒い羽を指先で摘んだまま、
静かにガブリエラを見る。
蒼い瞳が細められる。
「……説明してもらおうか」
怖い。
怒鳴っているわけじゃない。
むしろ静かだ。
だから余計に怖い。
ガブリエラは視線を泳がせる。
「えっと……その……」
言い訳が思いつかない。
レオンハルトがさらに近づいた。
「ノクスがいたな?」
「……」
沈黙が答えになってしまう。
レオンハルトは深くため息を吐いた。
「やっぱりか」
ガブリエラは慌てる。
「ち、違うの!
別に変なことしてたわけじゃ……!」
そこまで言って、
自分で固まる。
いや。
抱き締められてた。
かなり近かった。
耳元で囁かれた。
思い出した瞬間、
顔が熱くなる。
レオンハルトはその反応を見逃さなかった。
「……顔赤いな」
「うぅ……」
もう無理。
恥ずかしくて消えたい。
レオンハルトはしばらく黙っていた。
やがて。
ぽつりと呟く。
「ずるいな」
ガブリエラが目を瞬く。
「え?」
レオンハルトは苦笑した。
「俺が来る前に、
あいつばかりお前の傍にいる」
その声は、
思った以上に寂しそうだった。
ガブリエラの胸が締め付けられる。
レオンハルトは真面目すぎる。
立場もある。
責任もある。
だから簡単に、
感情だけで動けない。
でも。
だからこそ、
我慢してきたのだ。
ガブリエラはそっと言う。
「レオン……」
その瞬間。
レオンハルトが手を伸ばした。
気づけば、
ガブリエラの身体は壁際へ追い込まれていた。
「っ!?」
距離が近い。
逃げ場がない。
蒼い瞳が真っ直ぐ見下ろしてくる。
ガブリエラの心臓が跳ねた。
レオンハルトは低く笑う。
「……俺ばかり余裕ないみたいだ」
「そ、そんなこと……」
「ある」
今度はレオンハルトが即答した。
彼の指が、
そっとガブリエラの顎へ触れる。
優しいのに。
逃がさない。
「ノクスに触れられて、
そんな顔してるの見たくない」
ガブリエラの呼吸が乱れる。
その言葉には、
はっきり嫉妬が滲んでいた。
レオンハルトは苦しそうに目を伏せる。
「……本当は、
今すぐ攫いたいくらいだ」
その瞬間。
ガブリエラの胸が強く鳴った。
昔、
婚約していた頃には見せなかった顔。
こんなふうに感情をぶつけてくるなんて。
知らなかった。
レオンハルトはゆっくり顔を寄せる。
近い。
あと少しで触れそうな距離。
ガブリエラは思わず目を閉じた。
だが。
その瞬間。
バサッ。
窓の外から、
黒い羽が舞い込む。
同時に。
聞き慣れた声が響いた。
「……お前ら何してんだ」
ノクスだった。
空気が凍る。
ガブリエラは勢いよく目を開けた。
窓辺。
黒い翼を広げたノクスが、
ものすごく不機嫌な顔で立っている。
赤い瞳が笑っていない。
怖い。
レオンハルトも眉をひそめる。
「戻ってくるな」
「忘れ物だ」
ノクスがひらひら振ったのは。
ガブリエラの髪飾りだった。
いつ落ちたの!?




