第六十九章『揺れる心』
「どちらかしか、
救えません」
降り始めた雪が、
静かに庭へ積もっていく。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
空気が重い。
冷たい。
ガブリエラはただ、
セレフィナを見つめていた。
世界か。
愛する人か。
そんな選択、
したくない。
ノクスが先に沈黙を破る。
「くだらねぇ」
低い声。
赤い瞳が冷たく細められる。
「勝手に未来決めつけんな」
セレフィナは静かに彼を見る。
「事実です」
「証拠は」
「私は視ているから」
ノクスの空気がさらに冷えた。
だが。
レオンハルトが一歩前へ出る。
「もしそれが本当だとして」
蒼い瞳が真っ直ぐ向く。
「なぜ今、
それを伝えに来た」
セレフィナは少しだけ黙った。
雪が彼女の白銀の髪へ落ちる。
やがて。
ぽつりと呟いた。
「同じ結末を、
繰り返したくないから」
その声だけは、
本当に悲しそうだった。
ガブリエラの胸がざわつく。
同じ結末。
まるで。
セレフィナは過去を知っているみたいだった。
その時。
セレフィナの視線が、
ノクスへ向く。
「魔王の子」
ノクスが眉をひそめる。
「その力はいずれ暴走します」
空気が止まった。
ガブリエラの顔色が変わる。
「……え?」
ノクスは無表情だった。
だが。
ほんの僅かに、
視線が揺れた。
セレフィナは静かに続ける。
「あなたの中の魔王因子は、
完全には眠っていない」
「災厄が近づけば近づくほど、
目覚めるでしょう」
レオンハルトが険しい顔になる。
「本当なのか」
ノクスは答えない。
沈黙。
それだけで、
答えになっていた。
ガブリエラの胸が締め付けられる。
思い返せば。
時々、
ノクスの魔力は異常なほど荒れることがあった。
怒った時。
ガブリエラが傷ついた時。
まるで制御できなくなるみたいに。
セレフィナは静かに言った。
「そして最後には、
あなた自身が最も愛する者を――」
「黙れ」
空気が震えた。
ノクスの声だった。
低く。
怒りを押し殺した声。
赤い瞳が、
恐ろしいほど冷えている。
周囲の騎士たちが息を呑んだ。
黒い魔力が揺らぐ。
吹雪が逆巻いた。
ガブリエラは咄嗟に、
ノクスの手を掴む。
「ノクス」
その瞬間。
ノクスの魔力が、
少しだけ静まった。
赤い瞳が揺れる。
ガブリエラは真っ直ぐ彼を見る。
「大丈夫」
ノクスが苦しそうに目を伏せた。
その顔を見て、
ガブリエラの胸が痛む。
怖かったのだ。
自分自身が。
セレフィナはその様子を見つめ、
静かに呟く。
「……もう始まっている」
レオンハルトが鋭く睨む。
「何がだ」
セレフィナは答えない。
代わりに、
ガブリエラへ小さな水晶を差し出した。
透明な石。
中で銀色の光が揺れている。
「持っていてください」
ガブリエラは警戒しながら受け取る。
触れた瞬間。
微かな温かさを感じた。
セレフィナは微笑む。
「それが、
あなたを導きます」
そして。
白い聖獣へ乗る。
風が吹いた。
去り際、
セレフィナは振り返らずに言う。
「時間はもう、
残っていません」
次の瞬間。
白い聖獣が空へ舞い上がった。
残されたのは、
重い沈黙だけだった。




