第六十七章『白き聖女』
皇宮の庭へ、
重い沈黙が落ちる。
白い聖獣。
その上に立つセレフィナ。
神々しいほど美しいのに、
空気が異様だった。
まるで。
冷たい刃を喉元へ突きつけられているみたいに。
ガブリエラは無意識に拳を握る。
セレフィナの金色の瞳。
あの目を見ていると、
胸の奥がざわつく。
怖い。
なのに。
どこか懐かしい。
セレフィナは微笑んだまま、
ゆっくり歩き出した。
白い神官服が風で揺れる。
騎士たちが即座に前へ出る。
「止まれ」
レオンハルトの声は冷たかった。
セレフィナは立ち止まる。
だが。
余裕の笑みは崩れない。
「警戒しないでください」
柔らかな声。
耳に心地いい。
なのに、
妙に不安になる。
ノクスが低く吐き捨てた。
「胡散臭ぇ」
セレフィナが初めてノクスを見る。
金色の瞳が細められた。
「魔王の子」
その言葉と同時に、
空気が張り詰める。
ノクスの赤い瞳が冷えた。
「その呼び方嫌いなんだよ」
黒い魔力が揺れる。
騎士たちが緊張した。
だが。
セレフィナは少しも怯えない。
むしろ、
楽しそうに笑う。
「噂通りですね」
レオンハルトが一歩前へ出た。
「目的は何だ」
蒼い瞳が鋭く光る。
セレフィナはようやく視線を戻す。
真っ直ぐ、
ガブリエラへ。
「迎えに来ました」
ガブリエラの呼吸が止まる。
「……え?」
セレフィナは優しく微笑んだ。
「あなたは特別な存在です」
「この世界を救える唯一の巫女」
その言葉に、
騎士たちがざわめく。
だが。
ガブリエラの胸には、
嫌悪感しかなかった。
まただ。
また、
“特別”と言われる。
それはいつも、
誰かを傷つける言葉だった。
ガブリエラは静かに言う。
「断る」
セレフィナの笑みが、
ほんの少しだけ止まる。
ガブリエラは続けた。
「あなたのこと、
信用できない」
空気が凍る。
普通なら、
聖女へ向ける言葉じゃない。
だが。
セレフィナは怒らなかった。
むしろ。
嬉しそうに目を細める。
「やはり面白いですね」
ノクスが完全に不機嫌な顔になる。
「馴れ馴れしく話しかけんな」
セレフィナはくすりと笑った。
「嫉妬ですか?」
空気が止まる。
レオンハルトが静かに目を細めた。
ノクスは露骨に舌打ちする。
「殺されてぇのか」
セレフィナは平然としていた。
むしろ、
全部見透かしているような顔。
ガブリエラは寒気がした。
この女。
危険だ。
それも、
今まで会った誰より。
その時。
セレフィナが突然、
ガブリエラへ手を伸ばした。
白い指先。
「こちらへ」
だが。
その手を掴む前に、
ノクスがガブリエラの肩を引き寄せた。
一瞬で距離が縮まる。
ガブリエラの背が、
ノクスの胸へぶつかった。
「触んな」
低い声。
怒りが滲んでいる。
セレフィナはその様子を見て、
小さく笑った。
「本当に大切なんですね」
ガブリエラの顔が熱くなる。
ノクスは否定しない。
それどころか、
ガブリエラの肩を抱いたままだ。
レオンハルトの空気がまた冷えた。
「ノクス」
「何だ」
「離れろ」
「嫌だね」
また始まりそうだった。
だが。
セレフィナは二人を見ながら、
意味深に呟く。
「……なるほど」
金色の瞳が細められる。
「それが、
あなたの“選択”ですか」
その言葉に。
ガブリエラの胸が、
嫌な予感でざわついた。




