第六十五章『眠れない夜』
ノクスが部屋を出ていったあと。
ガブリエラはベッドへ倒れ込んだ。
「…………」
静か。
なのに、
全然落ち着かない。
胸がうるさい。
レオンハルトの言葉。
ノクスの視線。
思い出すたび、
顔が熱くなる。
「無理……」
枕へ顔を埋める。
だが。
眠れない。
結局そのまま、
夜中まで悶えていた。
――――――
翌朝。
ガブリエラは寝不足のまま食堂へ向かった。
目の下が少し重い。
侍女たちには、
「顔赤いですが熱ありますか?」
と心配される始末だった。
違う。
原因は別だ。
食堂の扉を開ける。
すると。
既にノクスとレオンハルトがいた。
しかも、
向かい合って座っている。
空気が重い。
怖い。
ガブリエラが入った瞬間、
二人同時に顔を上げた。
「おはよう」
「遅ぇ」
また同時。
ガブリエラはぎこちなく席へ座る。
なぜか中央。
逃げられない配置だった。
すると。
ノクスが当然のように、
焼きたてのパンを皿へ置く。
「食え」
「え?」
「昨日まともに食ってねぇだろ」
ガブリエラが瞬く。
ちゃんと見ていたらしい。
少し胸が温かくなる。
だが次の瞬間。
レオンハルトが、
スープを差し出した。
「こっちも飲め」
「……ありがとう」
二人とも自然すぎる。
周囲の侍女たちは、
完全に察した顔で遠巻きに見ていた。
気まずい。
ものすごく気まずい。
ノクスがガブリエラを見る。
「ちゃんと寝たか?」
「……あんまり」
「なんで」
「誰のせいだと思ってるの!?」
即答だった。
ノクスが笑う。
レオンハルトまで口元を緩めた。
ガブリエラは羞恥で死にそうだった。
その時。
食堂の扉が勢いよく開く。
騎士が飛び込んできた。
「殿下!!」
レオンハルトが表情を戻す。
「どうした」
騎士は息を切らしながら告げた。
「神殿が……動きました」
空気が変わる。
ガブリエラの背筋が冷えた。
神殿。
あの偽神事件以降、
沈黙していたはずなのに。
レオンハルトが眉をひそめる。
「詳細は」
「各地で神官たちが失踪しています」
ノクスの目が細くなる。
「またか」
騎士はさらに続けた。
「それと……」
一瞬迷い。
低い声で言った。
「“聖女”が現れたと」
静寂。
ガブリエラの呼吸が止まる。
聖女。
その単語だけで、
嫌な予感がした。
レオンハルトも険しい顔になる。
「誰だ」
騎士は答えた。
「名は――
セレフィナ」
その名前を聞いた瞬間。
ガブリエラの頭に、
激しい痛みが走った。
「っ……!」
視界が揺れる。
知らないはずなのに。
その名を、
“知っている”。
遠い記憶。
血。
白い神殿。
そして。
誰かの笑い声。
ガブリエラの顔色が一気に青ざめた。
ノクスが即座に支える。
「おい!」
レオンハルトも立ち上がった。
「ガブリエラ!」
だが。
ガブリエラの耳には、
別の声が響いていた。
『やっと見つけた』
女の声。
冷たく、
美しい声だった。




