第六十一章『抱き締める腕』
吹雪の空を裂いて現れた“影”。
巨大な黒竜だった。
漆黒の鱗。
赤い瞳。
雪山すら震わせるほどの威圧感。
騎士たちが息を呑む。
「竜……!?」
だが。
ノクスだけは舌打ちした。
「来やがったか」
ガブリエラが目を見開く。
「知ってるの?」
「……俺の使い魔だ」
「そんなの聞いてない!」
「聞かれてねぇ」
こんな状況なのに、
思わず叫び返してしまう。
だが次の瞬間、
黒竜が咆哮した。
轟音。
崩れかけていた天井が吹き飛び、
脱出口が開く。
ノクスが叫ぶ。
「飛べ!!」
レオンハルトが子供たちを抱え、
先に跳躍する。
騎士たちも続いた。
ガブリエラも少女を抱き締めたまま、
銀黒の翼を広げる。
だが。
床が崩れた。
「っ!」
足場が抜ける。
身体が落ちる。
少女が悲鳴を上げた。
その瞬間。
強い腕が、
ガブリエラの腰を掴んだ。
「危なっかしい」
低い声。
ノクスだった。
至近距離。
赤い瞳が真っ直ぐこちらを見ている。
ガブリエラの心臓が大きく跳ねた。
ノクスは片腕で彼女を抱えたまま、
黒い翼を広げる。
「掴まってろ」
「で、でも……」
「落ちたいなら離せ」
「離さない!」
反射的に、
ガブリエラはノクスの服を掴んだ。
その瞬間。
ノクスが少しだけ笑う。
「素直でよろしい」
「今そういうのいいから!!」
二人は吹雪の中へ飛び出した。
直後。
塔が完全崩壊する。
轟音。
黒い廃神殿は、
雪崩と共に崩れ落ちていった。
――――――
雪山の外。
騎士たちは、
助け出した子供たちを保護していた。
泣きじゃくる子。
呆然としている子。
リュシエはそんな子供たちを、
優しく抱き締めている。
ガブリエラはようやく息を吐いた。
終わった。
本当に。
長かった戦いが。
だが。
気が抜けた瞬間、
身体が大きく揺れた。
「……ぁ」
魔力切れ。
神性も使いすぎた。
視界が霞む。
倒れかけた瞬間、
再び腕が伸びる。
「だから無茶すんなって」
ノクスだった。
ガブリエラはその胸へ倒れ込む。
熱い。
安心する匂い。
鼓動が近い。
気づいた瞬間、
顔が熱くなった。
「ご、ごめ……」
「謝んな」
ノクスはため息を吐きながら、
ガブリエラを抱き支える。
その様子を見ていたレオンハルトが、
微かに眉を寄せた。
蒼い瞳が、
静かに細まる。
「随分自然に抱き締めるんだな」
ノクスがちらりと見る。
「嫌なら代わるか?」
「……いや」
空気が妙に冷えた。
ガブリエラは二人を交互に見て、
嫌な予感がした。
あれ。
なんか今、
火花散った?
ノクスは挑発するように笑う。
「お前じゃ支えきれねぇだろ」
レオンハルトも笑っている。
でも。
目が笑っていない。
「試してみるか?」
怖い。
周囲の騎士たちも察して、
そっと目を逸らした。
ガブリエラは慌てる。
「ちょ、ちょっと待って!?
今喧嘩するところじゃないから!」
その時。
リュシエが小さく笑った。
ガブリエラが振り返る。
リュシエは、
少し羨ましそうに三人を見ていた。
『……いいな』
小さな声。
ガブリエラは目を瞬く。
リュシエは俯きながら呟く。
『あったかい』
その言葉に、
ガブリエラは優しく笑った。
そして。
そっとリュシエの頭を撫でる。
「これからは、
一人じゃないよ」
リュシエの金色の瞳に、
涙が浮かんだ。
雪はまだ降っていた。
でも。
もうあの時みたいな、
冷たい雪じゃなかった。




