第五十三章『願い』
『ころ……して……』
その声は、
あまりにも弱々しかった。
ガブリエラの胸が締め付けられる。
偽神の巨大な身体。
蠢く肉。
無数の目。
その奥に、
まだ“人間”が閉じ込められている。
助けを求めながら。
永遠に苦しみ続けている。
雪山へ、
偽神の咆哮が響く。
轟音。
白い腕が振り下ろされる。
騎士たちが吹き飛ばされた。
「ぐぁっ!!」
血が雪へ散る。
レオンハルトが歯を食いしばる。
「負傷者を下げろ!!」
ノクスは黒炎を放ちながら舌打ちした。
「再生が面倒すぎる」
傷を与えても、
すぐ再生する。
まるで以前の神と同じ。
いや。
もっと歪だ。
苦痛だけで動いている。
ローブの人物は、
塔の上で満足そうに笑っていた。
『素晴らしい』
その声に、
ガブリエラの中で何かが切れた。
怒り。
嫌悪。
悲しみ。
全部が混ざる。
「……どうして」
ローブの人物が目を細める。
ガブリエラは震える声で叫んだ。
「どうしてこんなことできるの!!」
雪山へ声が響く。
ローブの人物は少しだけ沈黙した。
そして。
静かに答える。
『世界を救うためです』
ガブリエラの瞳が揺れる。
ローブの人物は続けた。
『人は愚かだ』
『争い、
奪い、
滅びを繰り返す』
金色の瞳が、
どこか悲しげに歪む。
『だから完璧な神が必要なのです』
その声には、
本気の信念があった。
狂っている。
でも。
ただ楽しんでいるわけじゃない。
本当に、
“救済”だと思っている。
ガブリエラは唇を噛む。
悲しかった。
こんなふうにしか、
世界を信じられなくなった人が。
ノクスが低く吐き捨てる。
「だからって、
人を壊していい理由にならねぇ」
ローブの人物は、
初めて笑みを消した。
『……では、
あなたたちは何を救えたのです?』
静寂。
『神を壊しても、
人はまた神を求める』
『苦しみは消えない』
『争いも終わらない』
雪山へ吹雪が吹き荒れる。
その言葉は、
痛いほど真実だった。
レオンハルトが剣を握る。
「それでも」
蒼い瞳が真っ直ぐ向く。
「人は、
自分で選ばなきゃいけない」
ローブの人物は黙る。
レオンハルトは続けた。
「誰かに支配されるためじゃない」
その言葉に、
ガブリエラは少しだけ目を見開いた。
昔の彼なら、
こんなこと言えなかった。
今は違う。
失敗して。
苦しんで。
それでも、
自分で選ぼうとしている。
ガブリエラはゆっくり前へ出る。
ノクスが眉を寄せた。
「おい」
ガブリエラは偽神を見る。
聞こえる。
泣き声。
助けを求める声。
『ころして』
苦しそうな願い。
ガブリエラは静かに息を吸う。
「……助ける」
ローブの人物が目を細めた。
「今度こそ」
銀黒の翼が広がる。
吹雪が巻き上がる。
神性と魔力。
二つの力が、
ガブリエラの身体で激しく脈打つ。
ノクスが顔を険しくした。
「無茶する気だろ」
ガブリエラは少しだけ笑う。
「バレた?」
「当たり前だ」
レオンハルトも近づく。
「一人でやるな」
二人の声。
その温かさが、
胸を強くした。
ガブリエラは頷く。
そして。
偽神へ向かって飛び上がる。
銀黒の光が、
吹雪の空を裂いた。




