第四十九章『北の廃神殿』
翌朝。
皇宮は緊張に包まれていた。
“北の廃神殿”。
その名を聞いた瞬間、
古参の騎士や学者たちは顔色を変えた。
帝国北部、
雪山地帯の最奥。
百年前、
大量失踪事件をきっかけに封鎖された禁忌の遺跡。
神殿ですら調査を打ち切った場所。
そこへ。
“誰か”がいる。
ガブリエラを呼ぶ存在が。
会議室の空気は重かった。
地図が広げられる。
レオンハルトが険しい表情で口を開く。
「本来なら立入禁止区域だ」
騎士団長も頷く。
「生還者はほぼいません」
ノクスが腕を組んだまま鼻で笑う。
「だから怪しいんだろ」
その通りだった。
禁忌。
封鎖。
隠された遺跡。
そこへ現れた、
神を復活させようとする者たち。
偶然のはずがない。
ガブリエラは地図を見つめる。
胸がざわつく。
呼ばれている。
あの場所へ。
レオンハルトが静かに言う。
「……本当に行くのか」
ガブリエラは迷わなかった。
「行かなきゃ」
もし、
あそこにいる誰かが、
また実験を続けているなら。
止めないといけない。
これ以上、
犠牲者を出さないために。
ノクスは即答する。
「俺も行く」
「当然のように言うね」
「当然だからな」
ガブリエラは少し笑った。
レオンハルトはそんな二人を見て、
わずかに眉を寄せる。
だが。
結局、
小さくため息を吐いた。
「……俺も同行する」
ノクスが露骨に嫌そうな顔をした。
「邪魔」
「お前に任せる方が危険だ」
「は?」
また始まった。
ガブリエラは思わず苦笑する。
だが。
そのやり取りさえ、
今は少し安心できた。
一人じゃない。
そう思えるから。
三日後――。
ガブリエラたちは、
北へ向かっていた。
雪が降る。
白銀の世界。
吐く息が白い。
馬車では進めない山道を、
騎士数名と共に歩いていた。
ノクスは寒さなど感じないような顔をしている。
レオンハルトも無言で進む。
だが。
ガブリエラだけは、
妙な感覚に襲われていた。
近づくほど、
胸の奥が疼く。
まるで。
身体の中の“何か”が、
反応している。
その時。
頭の中へ、
またあの声が響いた。
『もうすぐ』
ガブリエラが立ち止まる。
ノクスがすぐ気づいた。
「どうした」
ガブリエラは雪山の奥を見る。
そこには。
巨大な黒い塔があった。
吹雪の中でも分かるほど異様な存在感。
空へ突き刺さるような塔。
騎士の一人が震える声で呟く。
「……廃神殿」
空気が重い。
近づくだけで、
肌が粟立つ。
ガブリエラの胸が激しく脈打つ。
怖い。
でも。
行かなければ。
その瞬間。
塔の最上部で、
何かが光った。
金色。
あの瞳と同じ色。
そして。
頭の中へ、
笑い声が響く。
『ようこそ』
ガブリエラの呼吸が止まる。
次の瞬間。
地面が激しく揺れた。
轟音。
雪崩のように、
大量の白い“何か”が山から溢れ出す。
騎士たちが悲鳴を上げた。
「なっ……!?」
それは人間だった。
いや。
元人間。
白く変色した皮膚。
裂けた身体。
虚ろな瞳。
地下牢で見た怪物と同じ。
だが。
数が違う。
何十。
何百。
無数の“失敗作”が、
雪山を埋め尽くしていた。
ノクスが舌打ちする。
「……最悪だな」
怪物たちが一斉に、
ガブリエラへ顔を向ける。
そして。
狂ったように叫んだ。
『みこ……!!』
その声と同時に。
怪物の群れが、
一斉に襲いかかってきた。




