第四十二章『偽りの神託』
皇宮の外は、
騒然としていた。
雨の中、
怒号が響いている。
「神を返せ!!」
「災厄の女を処刑しろ!!」
「神を殺したから、
帝都へ呪いが降るんだ!!」
ガブリエラは窓際で立ち尽くした。
胸が冷える。
人々の叫びは、
まるで刃だった。
ノクスが舌打ちする。
「クソが」
騎士が青ざめながら報告を続ける。
「神殿残党が、
“神託”を流しています」
レオンハルトもすぐに部屋へ入ってきた。
表情は険しい。
「内容は」
騎士は震える声で答える。
「“神を滅ぼした災厄の娘を捧げなければ、
帝国は滅びる”と……」
空気が重くなる。
ガブリエラは静かに目を閉じた。
やっぱり。
こうなると思っていた。
人は恐怖すると、
“悪者”を求める。
それが今は、
自分なのだ。
ノクスが低く言う。
「外に出るな」
だが。
ガブリエラはゆっくり首を横へ振った。
「逃げたら、
余計に悪化する」
レオンハルトも眉を寄せる。
「今の民衆は冷静じゃない」
「分かってる」
ガブリエラは小さく笑う。
でも。
逃げ続けたくない。
もう、
誰かに決められる人生は嫌だった。
その時。
窓の外で、
悲鳴が上がる。
ガブリエラたちは即座に外を見る。
すると。
広場の中央で、
一人の少年が倒れていた。
痩せた、
十歳くらいの子供。
神殿残党らしき男たちが、
彼を囲んでいる。
「この子供は“穢れている”!」
「神への供物にしろ!!」
ガブリエラの瞳が揺れた。
その光景は、
あまりにも昔のカサンドラと重なる。
檻。
怯えた瞳。
助けを求める声。
胸の奥が熱くなる。
ノクスが気づいた。
「……待て」
だが。
もう遅かった。
ガブリエラは窓から飛び降りていた。
「ガブリエラ!!」
銀黒の翼が広がる。
民衆が悲鳴を上げた。
「化け物だ!!」
「災厄だ!!」
罵声。
恐怖。
それでも。
ガブリエラは止まらない。
広場へ降り立つ。
神殿残党たちが顔色を変えた。
「なっ……!」
ガブリエラは震える少年を抱き寄せる。
小さな身体。
冷たい。
怖かったのだろう。
彼女は静かに少年へ言った。
「大丈夫」
その瞬間。
神殿残党の男が叫ぶ。
「騙されるな!!
そいつは悪魔だ!!」
民衆がざわつく。
恐怖に染まった目。
ガブリエラの胸が痛む。
でも。
逃げない。
彼女はゆっくり立ち上がった。
そして。
静かに民衆を見る。
「……神は、
人を殺すためにいるの?」
ざわめきが止まる。
雨音だけが響く。
ガブリエラは続けた。
「怖いからって、
弱い人を犠牲にするの?」
誰も答えない。
神殿残党が怒鳴る。
「黙れ!!」
男は短剣を抜き、
ガブリエラへ向かって突進した。
だが。
次の瞬間。
黒い影が男を蹴り飛ばす。
轟音。
男が地面を転がった。
ノクスだ。
赤い瞳が冷たく光る。
「うるせぇよ」
レオンハルト率いる騎士団も到着する。
神殿残党たちが顔色を変えた。
レオンハルトは剣を抜く。
「全員拘束しろ」
騎士たちが動く。
残党たちは次々と取り押さえられた。
だが。
民衆の恐怖は消えない。
ガブリエラを見る目。
怯え。
疑念。
ノクスは舌打ちした。
「面倒くせぇ」
ガブリエラは少年を抱いたまま、
静かに俯く。
やっぱり、
簡単には終わらない。
その時。
小さな手が、
彼女の服を掴んだ。
ガブリエラが目を見開く。
少年だった。
震えながら。
それでも。
必死に彼女を見上げている。
「……ありがとう」
小さな声。
でも。
確かに届いた。
ガブリエラの瞳が揺れる。
民衆もざわついた。
“災厄”へ助けられた子供。
その事実が、
少しだけ空気を変える。
ノクスが隣で小さく笑う。
「悪くねぇ顔してる」
ガブリエラは涙が出そうになるのを堪え、
小さく笑った。
まだ終わらない。
でも。
少しずつなら、
変えられるかもしれない。




